第59話 決勝
「雑賀、お前、初の決勝やろ。大丈夫か、膝震えたりしてへんか?」
「緊張も興奮もしてますから、さっきから震えっぱなしです」
決勝を前に、調整室で雑賀と小早川は隣の椅子に腰かけて温めた牛乳を飲んでいる。心を落ち着けるには温めた牛乳が良いと小早川が言うので、雑賀もそれに倣っているという感じである。
「思い出すな。俺も最初に決勝に残った時、ガッチガチに緊張しとったわ。決勝いうたかて、観客がそこまで増えるわけやないのにな。それやのに、競技場入ったいうだけで手ぇの震えが止まらへんかった」
「で、どうなったんですか?」
「発走機が開いたらビクッとしてもうて出遅れ。後はもう、がむしゃらに追って、堂々の最下位や」
たかだか三年前の話なのに、ずいぶんと懐かしいと小早川は静かに笑った。そんな小早川の話を温かい牛乳を飲みながら、雑賀は真剣に聞いている。
「最後の直線行く前に鞭を取ろうとしたんやけどな、鞭が無いねん。しゃあないからひたすら手綱しごいたんやけどな。帰って来てから先生にどん叱られてな。『何で鞭使わへんねん!』って」
「競争中に落としてしまったんですか?」
「そん時は俺もそう思うててん。ちゃうねん。ちゃんと腰に付いてんねん。舞い上がってもうてたんやなあ。あん時の失敗は忘れたくても忘れられへん。まだ、たまに夢に見るしな」
「ビクッてなって飛び起きるやつですね」
小早川が笑い、それに合わせて雑賀も笑う。堂々と落ち着き払った小早川と一緒にいると、徐々にだが緊張がほぐれてくるのを感じる。
競竜も同じなのだが、主競争というのは最後から二番目に組み込まれている。一日八競争が行われるため、第七競走が決勝戦となる。それ以外は一般戦。長井や篠原はそちらにまわっている。
ここまで競争に集中してもらおうと雑賀から距離を取っていた長井と篠原だが、逆に緊張してしまっていると感じたらしい。途中から会話に参加し、取り留めの無い話をし続けてくれた。だが、それでも一競争が終わる毎に、徐々に緊張が雑賀の体を強張らせる。そんな雑賀に長井がポンと手を置いた。
「先に行ってきます。頑張ってください」
そう言って下見所へ向かって行った。
さらにその後、篠原も同じように雑賀の肩を叩いて下見所へ向かって行き、またも小早川と二人で取り残された。
「篠原はまた二着か。そやから、武器を作れ言うとんのやけどな。アカンな。持前の器用さだけでやってるうちは勝てへんって言うんやけどな。このままやと長井に先、勝たれてまうぞ」
「篠原さん、自分の武器が何かわからないらしいですよ。器用さじゃないかって言ったら、それって器用貧乏って事じゃないかって不貞腐れてました」
「わかってへんなあ。器用さが武器なんやったら、貧乏にならへんように、万遍無く磨いてったらええのに。全てを高い水準で使えるんやったら、それはそれでごつい武器になるのに」
そんな事を言い合っていると、係員がやってきて準備をお願いしますと案内してきた。
下見所に向かうと、いつもと同じように保科が竜を曳いて歩いていた。決勝だからといって別に何も変わらない。強いて言うなら、いつもより気持ち観客が多い程度。
相変わらずの少ない観客を見て、雑賀はわざわざ気持ちを口に出した。
「なんだ。緊張して損した」
それが聞こえたらしく小早川がくすくすと笑い出した。
――
鈴鹿の田は大きな実りを付け頭を垂れています。
平特競争「亀山特別」決勝、間もなく発走の時刻が近づいてまいりました。
天候は晴れ、土の状態は良。
全八厩舎による競争。
現在、枠入りが順調に行われています。
大外八枠、諏訪厩舎雑賀が発走機に収まり体勢完了!
発走しました!
ぽんと飛び出したのは七枠箸尾。
そのまま箸尾が先頭を走ります。
先頭は箸尾、鈴鹿渡辺厩舎、その横、五枠芳賀、岡山山岡厩舎、次いで二枠長牛、鈴鹿戸次厩舎、その外に四枠岩松、鈴鹿栗山厩舎。
そこから少し離れて、一枠植松、鈴鹿松野厩舎、三枠小早川、岡山佐藤厩舎。
後方に六枠駒井、鈴鹿柏山厩舎と、八枠雑賀、岡山諏訪厩舎で全八頭。
現在蛇行路を過ぎ、これから向正面、短い直線に入ろうという所。
各竜ここまで大きな駆け引き無く、順調に走っています。
後半の障害に向け、体力温存といったところでしょうか。
おっと、つづら折りに入って最後方の八枠が、やや遅れたか。
先頭はつづら折りを抜け、これから後半戦、登坂障害に入ります。
前半の時計は早め。
前四頭、少し熱くなってしまっているのか。
一つ目の登坂障害を抜け、これから二つ目。
各竜、坂の上から一斉に飛び降ります。
ここまで隊列に大きな動き無し。
反転角を回ってこれから飛越障害に入ります。
徐々に後ろの竜が上がって来て差がつまってまいります。
竹柵! 生垣! 水濠!
おっと、ここで最後方だった八枠が仕掛けた!
三枠も仕掛ける!
一枠、六枠はまだじっと待機!
最終角を回って、最後の直線に入りました!
先頭はまだ七枠!
四枠、二枠が並びかける!
五枠は早くも一杯か。
四枠、二枠が一気に七枠を抜き去る!
直線残り半分!
外から二頭が上がってくる!
八枠三枠が竜体を合わせて一気に上がってくる。
前四頭が完全に一杯になった!
八枠、三枠が叩き合う!
残りわずか!
八枠か、三枠か!
二頭並んで終着!
二頭並んでの終着!
内の小早川か、はたまた外の雑賀か。
どうやら写真判定となるようです。
――
着順掲示板には三着に四、四着に二、五着に七を表示している。一着と二着が空欄で「写」の文字を表示。
「危なっ。お前が上がるんに付いて行かへんかったら、抜けられとったわ」
「小早川さん、もしかして狙ってませんでした? じゃなきゃ、あんなに完璧に俺に合わせて追わないですよね」
「ははは、バレたか。お前は勝負勘みたいなんが非凡やからな。お前に合わせたったら行ける思うてたんや。あわよくば最後にちょろっと抜けたろうってな」
二頭の竜が隣り合わせで歩いている。その上で二人の騎手が嬉しそうな顔で言い合いをしている。
すでに他の竜は検量に帰っており、二頭の竜も検量に向けて引き返して行く。すると、観客席から大きな歓声が沸き起こった。
二人が同時に掲示板に視線を送る。それを見て、小早川が手を差し伸べた。
「重賞初制覇、おめでとう。しっかし、どえらい配当になっとるな。これ、取れた奴おんのかな? さあ、このまま観客の前行って手ぇでも振ってこいや。罵詈雑言を聞いてこい」
雑賀はその手を取ると、口元をほころばせ、無言で頷いた。
顔を小早川からスカスカの観客席に向け、ゆっくりと『キキョウタテナシ』を歩かせた。
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