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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第53話 自宅療養

 二週間ほどで退院となり、そこからは自宅療養となった。

 骨折した部位が肋骨という事で、安静にしていないと治りが悪いと忠告を受けており、回復訓練もままならない。


 退院して寮に向かった雑賀だったが、諏訪厩舎の面々は誰もいなかった。しかも、雑賀の部屋も荷物が綺麗さっぱり無くなっている。

 呆然と立ち尽くしていると、後ろから「退院おめでとう」と声をかけられた。振り返ると、そこにいたのは鮎川厩舎の本庄主任であった。


「何、もう退院しても大丈夫なの? さすがに若いだけあるね。競技選手ってのもあるのかな」

「骨はまだくっついてないんですけどね。もう自宅療養で大丈夫だろうって。ところで、うちの人たちどこ行ったんですか?」

「あれ? 聞いてないの? 『四日市特別』は途中棄権になっちゃったから、一旦帰るって岡山に帰っちゃったよ」

「へ?」


 どうやら何も聞いてないらしいと思ったら無性におかしくなったらしく、本庄が大笑いした。ようは一人置いてけぼりを食らってしまった状態。「かわいそう」と言いながら笑っている。


「そうだ、俺、これから食事に行こうと思ってたんだ。雑賀君も一緒にどう? 退院祝いに奢るよ」


 退院祝いと言われてしまうえば、断るいわれは無い。本庄と雑賀は、寮を出て、鈴鹿競竜場へ向かう通りの中の一軒の食事処へと向かった。



 注文を終えると本庄は、おしぼりで手と顔を拭きながら、雑賀の顔を見て微笑んだ。


「いやあ、何気に雑賀君とこうして二人だけで話すのは初めてだね。開業からここまで、本当に諏訪厩舎は話題に事欠かないよね」

「良い事で話題に事欠かないんなら良いですけど、全て悪い事ですからねえ。先生が失踪したとか」

「あはは。でも、それだってさ、大きく羽ばたくための助走だって考えたら、今後に希望が持てるってもんでしょ」

「鮎川厩舎だって、一歩一歩確実に前に進んでるって感じじゃないですか」


 本庄はそれに対し何も返さず、そこで一旦話を止めてしまった。暫くして食事が運ばれてきて、そこからは食事の時間となった。二人だけの会話が初めてのせいで、なかなか話題が見つからず、ただただ食事に興じてしまっている。


 ある程度食べたところで、雑賀の方から話題を提供した。


「長井は良いものを持ってますよね。俺の開業時なんて、あそこまで落ち着いて乗れなかったですよ」

「そっか、雑賀君からはそう見えるんだね。やっぱり騎手とそれ以外では騎手の評価って違うんだね。うちではもう少し長井が上手く乗れたらって雰囲気になってるんだよ」

「え? そうなんですか? あんなに乗れるのに?」

「ほら、うちは皆経験が浅いでしょ。だから、どうしても実際に騎乗する長井に責任を求めちゃうんだよ。悪い傾向だって先生も言うし、俺もそう思ってるんだけどね」


 恐らくは長井もその雰囲気は感じているだろう。そう考えると、これまで自分たちの前では順風満帆であるかのような態度を取っていた長井が、急に全然違う、闇雲にもがき苦しんでいる姿に思えてしまった。


「確かに、長井は未熟です。でも開業二年目ですよ。それがいきなり大先輩たちと一緒に勝ち負けを競えっていうんですから、善戦してるだけでも凄いって思いますけどね」

「なるほどねえ。確かにそう考えれば。そうかもしれない。あとね、うちでは、あの逃げ一辺倒なのもどうかと思うって言われてるんだけど、それはどう思うの? 長井に逃げを極めろって言ったの雑賀君なんでしょ?」

「逃げって戦術の基本中の基本ですよ。逃げがやれなかったら、道中の流れが早いか遅いかも判断付かないんですから。それと、逃げて最後まで体力を余さず走り切らせるって、騎乗には非常に重要な事なんですけど」

「つまり、今は基本を確実に実戦できるように体に叩き込む時期だと雑賀君は判断したって事か」


 その本庄の言い方がどうにも気になり、雑賀は本庄の目をじっと見続けた。その視線に本庄も気付いたのだろう。小さくため息を付き右の眉を指で掻いた。


「うちではね、もしかしたら君が長井を追い落とすために、わざと変な助言をしたんじゃないかって噂も流れているんだよ。やはり、そこはどれだけ仲が良くても同業は敵だからってね」

「そんな! 俺と長井、篠原さんは、一緒に天一で暴れようって誓った仲なんですよ。そんなつまらない事しませんよ」

「わかってる。その件は俺も耳にしてるよ。だけど、うちもなかなか結果が出ないから、どうしてもそうやって他所に原因を求めてしまうんだよ。悪く思わないでくれ」


 「せめて一勝できれば」そう言って本庄は再度ため息をもらした。


「こんな事を俺が言うのも変かもしれませんけど、もう少し温かい目で見てやってください。俺も経験ありますけど、敗戦の責任を負わされてしまうと気持ちが萎縮しちゃって、余計に結果が出せなくなっちゃうんです」

「それもわかってるつもりなんだけどね……わかった。これから何かあったら俺があいつの側に立って擁護する。それはそれで、長井もきつい思いをするかもしれないけど、厩舎内の意識が変わるまで、そうしてみる」

「俺も調整棟なんかで篠原さんと色々と指導します。だから、あいつの心が折れてしまわないように、気を配ってやってください」


 本庄は最後に残っていたお茶を飲み干すと、穏やか笑顔を向けた。


「わかってるとは思うけど、雑賀君、俺がこんな話をしたなんて、あいつには言わないでくれよ」

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