第49話 勝利の報復
竜障害に来て初勝利を挙げた。もちろん雑賀も涙が出そうなほど嬉しかったのだが、それ以上に厩舎の人たちが大喜びしてくれた。そんな光景を目にすると、改めて競争成績が自分だけのものでは無いという事を実感させられる。
その喜びを雑賀はすぐに春香に電話をして伝えた。子供のようにはしゃぐ雑賀の話を、春香も自分の事のように聞いてくれた。
出会った当初、雑賀は素直に実は全く勝てていないという話をしている。その際、春香は「じゃあ転職するの?」と雑賀にたずねた。騎手として開業一年目というわけではない。少なくとも雑賀は春香よりもずっと年上なわけで、それだけの経験を積んできているはず。その雑賀が一勝もできていないと言う事は、それは才能が無いという事になるだろう。もうそろそろ、そういう決断も視野に入ってくる頃だろうと春香は思ったらしい。
話を聞いていくにつれ、徐々に状況というものを理解し始め、竜障害で一勝を挙げるというのが、容易な事では無いのだという事を知ってくれた。先輩も後輩も無い。露骨な実力社会。その中で実力上位の人たちを負かさなければならない。しかも騎手の腕だけがものを言う世界ですらない。乗る竜は厩舎の人たちが育てて、調教を施して、肝心の竜ですら各厩舎によって能力差がある。
そんな状況での一勝がどれだけ価値のある事か。厩舎関係者が一丸となって勝ち取った一勝。そう考えたら、雑賀が声を上ずらせながら喜んでいるのも頷けるだろう。春香の胸にもこみ上げるものがあり、思わず涙してしまったようで、声が上ずっていた。
「どうしたの? 春香ちゃん。もしかして、何かあったの?」
「ううん。違うんよ。重さんが嬉しそうなんを聞いてたら、私まで嬉しくなって、ちょっと感極まってしもうたんよ。ほんま、おめでとうね」
「そうなんだ。ありがとう。応援してくれて。俺さ、来週も頑張るよ。来年には昇級してみせるから、ずっと応援してよね」
「当たり前やん。ずっと応援しているよ。がんばってね!」
チュッと受話器の先で春香が唇を鳴らす。その音に雑賀の胸は高鳴り、やる気をみなぎらせた。
◇◇◇
「雑賀。気ぃ付けや。鈴鹿の奴らがお前の事を要注意人物扱いしとるで。俺も岡山の奴に声はかけたけども、どんな妨害してくるかわからへん。危ない思うたら、自分の身ぃを護る事を最優先に考えるんやで」
調整棟に入ってすぐに小早川が近づいて来て、そう警告を発してきた。言われてから周囲を見ると、何人かの騎手と目が合う。皆、こちらを睨んでいる。
「篠原みたいに惜しい着を積んで準決勝に上がる奴は目ぇは付けられへんのやけど、お前みたいに地二の分際で勝って準決勝に上がろうとすると、潰しに来られるんや。忘れとるかもしれんけども、ここは敵地やからな」
「妨害って何をされるんでしょうか?」
「わからん。わからんけども、そうやって病院送りになった奴を何人か知ってる。ええか、着を拾おうなんて考えんな。無事回って来る事を第一に考えるんやで。お前の後ろには厩舎があるんやからな」
最初はそんな馬鹿なと思っていた。だが、夕食を取っている時に、事故を装って食事に味噌汁を零してきた騎手がいて、それが本当だという事を実感した。小早川、篠原たちが鈴鹿の騎手たちと一触即発の状態となり、監視員が仲裁に入る事でその場は何とか収まったが、それでも不穏な空気は収まらなかった。
調整棟に入る前は、篠原も長井も、雑賀の初勝利で次は自分の番だと浮かれていた。だが、すっかりそんな気分は吹き飛んでしまっている。雑賀を守らねばという気分になってしまっている。
翌日の第二競争に雑賀は出走する事になった。八頭中五頭が鈴鹿所属。残り三頭が岡山所属。その時点で何やら嫌な予感が漂っていた。
雑賀の枠は四枠。発走機の扉が開くと、雑賀はいつものように中団やや後方に位置取った。
最初の鉤角を曲がり波打った路を走っている時に気が付いた。両脇を挟むようにぴたりと位置取られている事に。それでも最初はそういう展開の綾かもと思っていた。そこで短い向正面で少し位置を前に移動。すると両脇の二騎も一緒に位置を変えてきた。その時点で展開の綾などではないと確信。
だが、この二頭の思惑など想像に難くない。恐らくは、水濠、生垣、竹柵の飛越障害で両脇から絞ってきて落竜を誘う気だろう。ならばと雑賀はもう一度位置を下げ、後ろの竜の外側に変えた。両脇の竜も同じように位置を下げて来たが、内の竜は後ろに竜がいて下げられない。やむを得ずその竜は雑賀の進路を塞ぐように少し外目に位置を変えた。
その時点で雑賀はちらりと内側の竜に視線を移した。岡山所属の騎手である事を確認し、ほっと一安心。その体勢でつづら折りを抜け、いよいよ難関である二つの登坂障害と飛越障害に入る。
一つ目の台地のような登坂障害を抜ける。少し平坦な道を走り、その後で角度が鋭角で高さも高い登坂障害に向かう。すると、じりじりと前の竜が下がってきてしまった。このままでは衝突してしまいかねない。衝突しないまでも竜の顔を蹴られる恐れもある。やむを得ず、雑賀は後ろをちらりと見て位置取りを少し後ろに下げた。この際、一気に外に持ち出してしまった方が安全かもしれないと感じていた。
二つ目の鋭角な登坂障害は下りの坂が無く、跳躍台のようになっており、登り切った竜たちが一斉に飛び降りていく。雑賀の竜も頂上から豪快に飛び降りた。
ところがまたしても前の竜が邪魔。少し手綱を引き速度を緩めた。
その時、突然視界が暗くなった気がした。
そこからは何が起きたのか雑賀にはわからなかった。体中を鈍い痛みが襲い、息苦しさのようなものを感じ、気を失ってしまったのだった。
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