第47話 鈴鹿競竜場
「ここが鈴鹿競竜場……」
あまりの岡山競竜場の違いに、諏訪厩舎の面々は全員呆然としてしまっている。まず外観からしてピッカピカ。所々ひび割れた壁を放置している岡山とは大違い。周囲は商業施設がひしめき合っている。鬱蒼とした木々が乱立している岡山とは大違い。最寄り駅から寮まで歩いて数分、そこから歩いて数分で競竜場という立地の良さ。もちろん道路は綺麗に舗装されている。最寄り駅まで何も無く、道路も木々の地下茎であちこちひび割れていて、さらに接続駅に寮があり、その接続駅にすら商業施設がほとんどない岡山とは大違い。
……あまりの格差に全員絶句してしまっている。
「これがシャバの空気なんやね……何もかもが輝いて見える」
「ほんまやね楓ちゃん。うちら、やっと刑期を終えたんやね」
「明日香さん。四か月だけの保釈やけど、外の空気を存分に味おうとこうね」
「そうやね。ああ、空気が美味しい!」
三村と石川の二人がそんな事を言い合っている。以前、多米騎手と安見調教師が来た際、岡山競竜場の事は『刑務所』『拘置所』『流刑地』と他の競竜場から蔑まれているという事を全員飲み会で聞いてしまっている。さらに大熊、鮎川の両厩舎の厩務員から鈴鹿が凄いという事を散々に聞かされている。それでも大袈裟に言っているだけ、話を盛っているだけと、皆自分を納得させていた。だが、こうして現実を目の当たりにしてしまうと、心が折れそうになってしまう。
「しょうがねえよな。八つの競竜場の中で、うちは断トツで評判が悪く、対になるここは断トツの高評価なんだから。首位とドン尻を比べたら、それはそうなるよな」
「そんな事言いますけど保科さん、今のところ何一つうちが勝っている所が無いんですよ。寮の部屋だって快適なんですから」
「いやいや、仁科。何一つって事はねえだろ。勝ってるところだってあるよ」
住めば都だという意味で保科は言ったのだが、仁科に「例えば?」とたずねられ、悔しい事に何も出てこなかった。やっと出たのが「自然豊か」であった。それすらも「山奥ってだけで何も勝っていない」と仁科は一刀両断。
「ほら、結局、保科さんだって何も出てこないじゃないですか」
「いや、何かあるよ。きっと。そうだ! うちの方が布団はふかふかだったぞ!」
「それ、みんなうちに来たがらないから、使用頻度が低いからでしょ」
そのやり取りに、大熊厩舎と鮎川厩舎の面々がくすくす笑っている。ちょうど一年前、彼らもほぼ同じような会話を行っていたのだそうだ。そう言って大熊と鮎川が笑っている。
「俺もここに来て知ったんだけどさ、今、岡山って天一級の調教師っていないじゃんか。実はさ、昔はいたんだけど、こっちに移籍しちまったんだってさ」
「そりゃあ、遠征のたびにこの格差を見せつけられるんじゃあねえ。あ、もしかして、妙に所属厩舎が少ないのって、そのせい?」
「それだけじゃねえよ。うちらがあそこに配属になったのも恐らくそのせいだ」
「おいおい、研修場じゃないんですよ、岡山は。ずっとそこに所属して生活しないといけないんですよ。それはちょっとあんまりじゃないですかねえ」
大熊と諏訪のやりとりに、鮎川は「全くだ」と言って頷いた。
競竜場の中に入って、諏訪厩舎の面々は唖然。岡山競竜場と違って驚くほど活気がある。まず厩務員たちの威勢の良い声がそこかしこから聞こえてくる。よく見ると調教場にいる竜の数が圧倒的に多い。
初日の調教を終え、三厩舎合同で呑みに行く事になり、そこで雑賀は真っ先にその事を大熊に指摘した。
「雑賀、ここの競竜場な、空き厩舎って無いんだってよ。竜障害が始まった時、多くの調教師がここか富士を希望したんだと」
「富士もここと同じ感じなんですか?」
「俺も行った事無いから知らんけど、行った人の話だと同じくらい綺麗で栄えているらしいな。で、初期の運用って七割稼働って決めてたらしくてな。で、競竜の頃の成績で上から何人って選んだんだって」
「……それって、ここと富士が一番質が高いって事じゃないですか。そんな事されたら、岡山所属って言いづらくなるじゃないですかねえ」
あえて返答はしなかったが、大熊も最初に話を聞いた時、同じ事を感じたらしい。わざわざそんな風に格差を付ける必要がどこにあったのだろうかと鮎川も指摘。
「岡山の酷さはちょっと置いておくとしてな、ここの整備への力の入れようは、俺もちょっと異常だと感じるんだよ。もしかしたら何か思惑があるんじゃねえかな」
「思惑って? 競竜場を順位付けして、成績順に調教師を振り分けていくとか?」
「アホか! そんな事したら岡山が荒くれ者だらけになって治安が崩壊しちまうわ!」
大熊と鮎川のやり取りに諏訪が腹を抱えて大笑い。雑賀も大熊の指摘が面白くて大爆笑。
「そうじゃねえ。そうじゃねえよ。もっとこう壮大な話だよ。夢のある」
「なんですか、それ。そんなもったいぶるような話ですか?」
「ああ、もったいぶるような話だね」
そう言って大熊は空になったコップを鮎川に差し出した。そのコップに鮎川が麦酒を注ぐ。その麦酒に口を付け、ぷはっと息を吐き出してから、大熊は右手の人差し指を立てた。
「世界選手権だよ! 世界選手権を鈴鹿でやるんだよ!」
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