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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第44話 長井と競争

 五月に月が替わり、昨年も出走した『赤穂特別』の時期となった。


 地一級の篠原は準特の重賞『東海賞』に出走するために、鈴鹿競竜場へ遠征中。雑賀は長井と二人で調整棟に入った。


「雑賀さん、ちょっと小耳に挟んだんですけど、彼女できたってほんとですか?」

「誰から聞いたの、それ?」

「雑賀さんとこの楓さんっす」

「あの、お喋り……」


 特に恥ずかしがる感じもなく、落ち着いた態度を取り続ける雑賀。そんな雑賀に長井は質問を続ける。


「俺、彼女作る暇なんて全然無いんですけど、どうやってそんな時間作ったんですか?」

「おい、人を暇人扱いするんなよ。俺だって忙しさは変わらねえよ。いつも一緒に調整してるんだからわかるだろ」

「知ってますよ。だから、どうやってそんな時間を作ったのかって聞いてるんじゃないですか」

「たまたまだよ。偶然知り合ったの」


 どうも雑賀の回答が気に入らないらしく、長井はさらに追及の姿勢。だが、雑賀は平静そのもの。


「どんな娘なんですか? 年齢とか、雰囲気とか」

「大学生だよ。今二十歳って言ってたかな。雰囲気はどうなんだろう。俺は結構清楚系かなって思ってるけど。とにかく声が澄んでて可愛くてね。その声を聞いてるだけで癒されるんだよ」

「学生さんかあ。良いなあ。俺も癒されたいなあ」


 じっと長井が雑賀の顔を見続けてる。何となく何が言いたいのか見当は付くが、あえて雑賀からは何も言わない。


「ねえ、先輩!」

「なんだよ気色悪いなあ。お前、俺の事、これまで『先輩』なんて呼んだ事無えだろうが」

「じゃあ、これからはそう呼ぶ事にします。だから、女の子紹介してくださいよ」

「気持ち悪いからやめてくれ」


 精一杯の作り笑顔を向ける長井。そんな長井から若干距離を取る雑賀。


「お願いしますよ。こういうのは持ちつ持たれつじゃないですか。ね?」

「まあ、聞くだけ聞いてやるよ。それは良いんだけど、お前、音楽ってわかる?」

「音楽って、先生が曲弾いて、それに合わせて歌うやつ?」

「お前、そんな事言ったら怒られるぞ、紹介してもらった女の子に」


 その一言で、それまで前のめりだった長井が急に一歩引き下がった。


「まさか……音大なんですか、その娘?」

「音大っていうか、芸大な」

「すげぇ……雑賀さんって音楽わかるんですね」

「わかるわけねえだろ。だから助言してやってるんだよ。変な事言ったら怒られるぞって」


 色々と察した長井は、笑い出しそうになるのを必死に堪えた。口を開くと笑ってしまいそうで、じっと口を閉じている。


「あの『縦笛』がって言うとな、雑賀さんには同じに見えるかもしれないけど、あっちは何とかって楽器で、そっちは何とかって楽器なのよって言われるんだよ。俺、何回聞いても楽器の名前が覚えられねえのよ」

「縦笛って、小学校の時のアレだけじゃないんっすね」

「あんなの吹いてる奴一人もいねえよ」

「ええ! そうなんですか!? 俺の楽器の知識ってあの程度なんですけど」


 急に不安そうな顔をする長井を雑賀は鼻で笑い飛ばした。


 ◇◇◇


 雑賀も一節出場した感じで、徐々に勝負勘のようなものを取り戻し始めている。

 予選第一戦、雑賀は先行して四着。長井は逃げバテて五着。第二戦、そんな二人が激突した。


 これまで長井は篠原とは二度同じ競争になった事があるらしい。結果は二度とも篠原が先着。昨年はじたばたしている間に競争が終わってしまうというような感じだったようで、篠原には手も足も出なかったのだそうだ。そこから少しづつ慣れのようなものが出てきていると本人は言っている。


「俺が先着したら女の子紹介してください」


 そう言って長井は笑っていた。


 長井は三枠、雑賀は六枠。

 長井は逃げ戦術が得意らしい。発走機が開くと、果敢に先頭に躍り出た。対して雑賀は後方からの差しが得意。八頭中の四番手に位置取った。

 つづら折りを越え、ここから勝負所という所で、雑賀はすっと長井の竜に距離を詰めていく。

 先頭を走っている長井は最内ギリギリを回って最後の直線へ。一方の雑賀は少し膨らみ気味に最終角を回る。

 

 全ての竜が前傾姿勢で加速する中、長井の竜は一頭、また一頭と抜かれて行く。その内の一頭が雑賀であった。

 直線半ばで先頭に躍り出た雑賀。もしかしたらこのまま行けるかも! 初勝利は目前!

 その高揚が裏目に出てしまったらしい。最後に少しだけ拍を乱してしまい急失速。そこを外から二頭に抜かれ、三着で終わってしまった。逃げた長井は六着であった。


 競争を終え検量に向かう長井が、肩をがっくりと落としている。その背を雑賀がポンと叩いた。


「あれじゃあ勝てねえよ。お前は『逃げ』が全然わかってねえ。お前、何のために逃げを選択してるんだよ」

「それは、先頭にいれば埃を被らないから、竜が変に持久力を削られないからですよ。それに、同じように加速するんだから、なるべく前にいた方が有利じゃないですか」

「浅いよ、考えが。確かにそういう利点はある。だけど、それならみんな先頭争いするはずだろ。だけど上手い人ほど先頭にはこだわらないんだよ。お前、もう二年目だろ。そろそろ体だけじゃなく頭も使うようにしろよ」


 雑賀の言い方は少し叱責に近かった。そのせいで長井は少し不快そうな顔をしている。それに気付いた雑賀は、意識的に微笑みを作った。


「篠原さんと三人で天級に行くんだろ? この間そんな事言ってたじゃんか。逃げっていう武器を持とうっていう方針は間違ってない。だからそれを鋭利に研いでいけよ」


 背中をポンと叩くと、長井も嬉しそうな顔を作って何度も頷いた。

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