第41話 痴話喧嘩
こんな深夜に若い男女がこんなところで何を話すんだろう。二人が入って来た時点では、その程度の感想しかなかった。
そんな風に思っていると、二人は雑賀の真後ろの席に向い合せで腰かけた。店員が注文を取りに来ると、飲み物と簡単なツマミのようなものを注文。一人は麦酒、一人は苺果汁。そこからは黙ったまま。注文した料理が届くと、やっと会話を始めた。
「あんなとこで、一人で何してたん? こんな時間に運動やないよね」
「寝付けへんくて、少し体を動かそうかと……」
「へえ。で、何で遊具で遊んでたん? 素直に言うてまえよ。誘われ待ちしとったんやろ?」
「私……そんなつもりは……」
そう言って言葉を濁した女性。
ここまでの会話を客観的に聞いた感じでは、総合運動場の公園で一人でぼんやりしていたところに、連れの男に声をかけられたといったところだろうか。だとすると、そんなつもりは無かったは、いささか言い訳として難しいんじゃないだろうか。現に一緒にここに付いて来ているわけだし。
「なあ。これからさ、ちょっと夜の道、走りに行こうや。真っ暗な町って綺麗やで」
「私、もう帰ります……」
「なあ、ここまで付いて来たいう事は、君かてまんざらでも無いんやろ。そんな連れん事言わんでもええやん」
女性は黙ってしまっている。それはそうだろう。逃げて帰る事もできただろうに、一緒に付いて来たのだから。
ただ、この男もどうかとは思う。相手は明らかに男を警戒している。自分なら、まずは何か楽しそうな話をして、和やかな雰囲気を作ってから、どこかに誘うなりなんなりするのに。
「あの、もう帰っても良いですか? 明日も学校あるんで」
「何言うとんの。学校なん休んだらええがな。単位足らんほど遊んどんの? そうやないんやったら一日くらいええやん。なあ、朝まで一緒に遊ぼうや」
「もう眠いんで。帰らせてくれませんか」
帰るって言ってるのに、大概しつこい男だなと、雑賀は呆れていた。ただ一方で、これくらいの図々しさと押しの強さが自分にあればなとも感じていた。
……この店で少しうたた寝するつもりが、すっかり目が覚めてしまっている。
「自分、ええ加減にしいや。優しく言うてやってれば調子こきおって。お前がここに行きたい言うから来てやったんやぞ。眠いから帰る? はあ? 何言うてんねん」
「だって、やらしい事する気なんでしょ? そんなん嫌やもん」
「誰もそんな事言うてへんやろが。一緒に車で遊びに行こう言うてるだけやんけ。そんなんはその後の話やろが」
思わず吹き出しそうになってしまった。その後でするんじゃん。じゃあ、彼女の言ってる事、合ってるんじゃん。この男、存外心が素直だな。欲望に忠実とも言えるが。
「車でどこに行こういうんです? どうせ、山の上のやらしい宿でしょ。絶対嫌やわ」
「単に夜の道を車で走るだけやがな。山の上や無うても行き先はたくさんあるよ」
いやいや、お前、その行き先全部やらしい宿だろ。内心で雑賀はそう指摘した。この男、結構面白い奴だなとも感じている。もしかして、これがこの男の誘いの手口なのかもしれないが。
「それってお寺とか神社とかとちゃいますよね」
「こんな時間にそんなけったいな場所行きたないやろ。気色悪い。化け物とか出そうやんけ」
「私からしたら、やらしい宿も同じです」
「同じなわけあるか! そっちは出るとしたら俺だけや」
出るだろ。お前という化け物が。何で西国の人の会話というのは、こう面白いのだろうか。雑賀は少し男性が羨ましく感じていた。
「お前なあ、仲間呼んで回したってもええんやぞ。そうなったら精神壊れるまでやられまくりや。それと俺だけとどっちがええんや」
「どっちも嫌です。ねえ、もう帰ってええでしょ」
「うん言うまで帰さへん」
急に不穏な事を言い出し、後ろの席がピリピリとした緊迫感を醸し出した。もしかしたら、何とかしてやらないとマズい事になるのではないか。そんな風に雑賀は感じ始めていた。でも、咄嗟には何の方法も思いつかない。
「……わかった。ほな、仲間呼ぶわ。薬が効いてくるまでちいと怖い思いするかもしれへんけど、そっからは何も考えんでも良くなるから安心せい」
「何で……何で私がそんな目に遭わんといけないんですか……私が何したいうんですか……」
急に泣き出してしまった女性に、舌打ちする男。数人の店員が雑賀の後ろの席をちらちらと見ている。
このままでは大変な事になる。その思いが、変な正義感となって雑賀の心の奥の何かを突き動かした。
「すみません!」
雑賀は颯爽と手を挙げて店員を呼んだ。
「えっと、この甘食の苺って、今の旬のやつですか?」
「え? あ、はい。来月くらいまで旬のものを加工しています」
「じゃあ、これ、お願いします」
店員はこのやりとりの間も、後ろの席をチラチラと見ている。接客の態度として、その態度はどうかとは思うが、今の状況ではやむを得ないだろう。
店員が来ている間、男は一言も喋らず、女は泣きっぱなし。店員が去った後で、男は大きくため息をついた。
「めんどくさっ。もうええわ。いらん時間使ったわ。くそっ」
ガシャンという音が聞こえ、思わず振り返る。そこにいた男は短髪で眼光鋭く眉を剃っており、どっからどう見てもチンピラのそれ。こんな男に誘われて、この女性はひょいひょい付いて来たのかと思うと、それはそれでどうなんだと思う。
「なんや? 見せもんとちゃうぞ、おら!」
ふんと鼻をならし、不機嫌そうな顔で男は店を出て行った。
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