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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第40話 経験値

 四着、四着、二着、六着。合計十点。残念ながら雑賀は準決勝には残れなかった。だが二着一回という成績は、この先にかなり希望の持てる大きな成果であった。

 この結果を見て、篠原が呑みに行こうと雑賀と長井を誘った。


 一年も都会から離れたところに住んでいるせいか、三人共に岡山市の中心街に行く事を億劫に思うようになってしまっている。諏訪たちも同様のようで、岡山駅より、三つ手前の古都駅の周辺の居酒屋に行く事が多い。雑賀たちは、もう一つ手前の上道駅で呑む。

 だが、たまにはもう少し市街で呑もうという事になり、岡山駅の一つ手前、岡山総合運動場駅まで足を延ばした。


 岡山市には野球、蹴球(=サッカー)、避球(=ドッヂボール)という三つの職業球団が本拠地を置いている。さらに竜杖球の球団もある。それら競技場以外にも、陸上競技場、武道館、屋内水泳場、庭球場、総合体育館が集中して建設されているのが岡山総合運動場である。


 全国どこでも同じなのだが、運動場や賭博場と酒場は切っても切れない。それなのに岡山競竜場の近くには酒場が無い。しかも最寄り駅周辺に無いだけでなく、そこから電車に乗って接続する吉永駅にすら酒場が無い。そのせいで、『刑務所』と陰口を叩かれてしまっている。


 そんな競竜場周辺とは異なり、駅から総合運動場へ向かう通りには、これでもかという具合に食事処と居酒屋がひしめき合っている。まさに選り取り見取り。いつもの、居酒屋を探して歩くという状況とは真逆の景色に、三人も若干興奮気味。

 ところが三人は、どうにも中央通りの煌びやかな店構えに気後れしてしまったようで、そこから一本入った少し年季の入った串焼きの店の暖簾をくぐった。


 入った瞬間に串焼きを焼く煙で目がチカチカする。だがそれが良い。串焼きの焼ける香りが三人の空腹の胃袋をぎゅっと握って離さない。決して広くはない店内。決して多くは無い客。その中の座敷席に三人は案内された。


 大瓶の麦酒と串焼きを適当に注文してから、改めて店内を眺め見る。厨房はこの店の大将だろうか、おじさんが一人と、もう一人若い男性が仕込みを行っている。厨房を取り囲むように席があり、そこに常連客と思しき人が数人腰かけている。


 おじさんと同じくらいの年の女性が給仕をしている。恐らくは、おじさんの奥さんなのであろう。その女性が大瓶とお皿に何本か串焼きを乗せてやってきた。

 まずは何をおいても乾杯。ぐびっと麦酒を喉に流し込み、ぷはっと体の奥底から息を吐き出す。そして串焼きに手を伸ばす。思った以上の当たりだと感じ、三人の頬が緩む。


 最初に口火を切ったのは長井であった。


「まいっちゃいますよね。雑賀さんったら、復帰していきなり十一点なんだもんあ。俺なんて二点っすよ。大外をまくられたような気分ですよ」

「何言ってんだ長井。雑賀は競竜で八級まで行ってるんだぞ。お前とはそもそも積んできている経験値が全然違うんだよ。これが本来の姿なんだ」

「もちろん、それはわかってますって。俺はもう少し徐々に調子が上がっていくんだろうなって思っていたんですよ」


 食べ終えた串焼きの串を前後に振って喋る長井。それを篠原と雑賀は微笑ましく見守る。


「その辺がさ、経験値って奴なんだよ。な、雑賀」

「ですね。何て言うかな、一つ一つ経験して引出しを作っていくわけよ。だけど、使わないと錆び付いて開かなくなっちまうんだよ。でも引出しそのものは残ってる。だからその錆びを取れば、あっちこちの引出しが開くようになるんだよ」

「それそれ。まさにそんな感じ。だから長井も、点数がどうのなんてつまんない事に気をとられず、今はどんどん引出しを作っていくこった」


 二人の先輩の話を聞き、真剣な顔で頷く長井。そんな長井を見ながら、篠原と雑賀が麦酒を喉に流し込む。


「篠原さんたちは、その引出しってどうやって増やしていったんですか?」

「色々試すんだよ。気にせずやれるような事ってのはもう体に染みついたものだから、あえてやる必要はない。毎回毎回、新たな試みってのを試すんだよ。それで手応えのようなものを自分で分析するんだ」

「ええ! そんな事をやってるんですか? 俺なんて毎回ただただ必死にもがいてるだけですよ」

「わかってねえなあ。その『もがき』ってのが『新たな試み』ってやつじゃねえか。最初は誰だってそんなもんなんだよ」


 「だよな」と篠原は雑賀に同意を求めた。


「ですね。思い出すなあ。最初に騎乗した時、頭の中真っ白で、気が付いたら競争終わってたんだよね。もちろん最下位で。そこから、まずは落ち着こうとか、周囲をよく見ようとか、そんな事している間に、ふっと視界が開けたんだよね」

「あ、俺も最初そんな感じでした。その感覚、俺もありましたよ!」

「そこを抜けてるんなら、もう最初の段階は越えているわけだから、それこそ、篠原さんが言ってるみたいに、後は引出し作りして、成績のムラを無くす事だよ。良い時は良いけど、悪い時はどん尻ってのは引出しが少ない証拠だよ」

「なるほど、そういう事なんだ! 雑賀さん、教え方上手いっすね。うわ、早く騎乗してえなあ」


 麦酒で酔って赤ら顔になった長井が目を輝かせる。少し小刻みに揺れているのは、体が気持ちに素直に反応しているのだろう。そう思うと、雑賀も篠原も思わず頬が緩む。


「便所行ってきます!」


 その一言で雑賀と篠原はがっくりしてしまった。


 ◇◇◇


 少し遠い駅で呑んでいるので、いつもより終電が早いという事を三人共すっかり忘れていた。余裕を持って会計を済ませたつもりであったが、駅に着いたらもう終電を残すだけとなってしまっていた。


 ところが、そこで雑賀は自分が上着を脱いで串焼き屋に置いてきてしまった事に気付いてしまった。「明日取りに行ったら良い」と篠原が言い、「美味しかったから明日も行こう」と長井が笑う。だが「お店に迷惑がかかってしまうから」と言って雑賀は店に戻った。


 ここから店に戻ったら終電はもう無い。でも始発までどこかで時間を潰せばいいやくらいに雑賀は考えていた。季節は三月末。まだ空気は肌寒いが、町中が桃色や薄墨の花で彩られ実に風流。それを見ながら夜明けを待つのもオツなものだなんて考えていた。


 考えてみたら、岡山に来て、こんな風にのんびりと町を散策する機会など無かった。総合運動場は、そこかしこに桜の花弁が落ちている。

 だけど、残念ながら風流だと感じたのは最初の一時間ほど。酒が抜けてくると、とたんに寒さを感じてくる。そこで朝まで営業している食事処を見つけ、朝まで過ごす事にした。


 珈琲と軽食を注文し、ぼんやりと外の景色を眺める。すると入口の扉がカランカランという音を立てて開き、新たなお客がお店に入ってきた。

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