第35話 新年
年が明けた。
岡山の年始の節は特三の『山陽賞』。当然地二級の雑賀は出場資格が無い。
基本的に競竜場は二場で対になっており、岡山で重賞が行われている時は、対になる鈴鹿は平特が行われている。
竜障害は年に二回、六月末と十二月末に級別けが行われる。十二月の級別けで大熊厩舎は足切りすれすれで地一級に昇級。鮎川厩舎は地二級に残留。一度も出走していない諏訪厩舎は当然地二級に残留。
その関係で鮎川厩舎は鈴鹿競竜場に遠征しているが、大熊厩舎は岡山で『山陽賞』に出場するために残っている。
その大熊が諏訪厩舎にやってきた。
「なんだ。鈴鹿には行かなかったのか」
「去年の七月に会派から、無駄金を使うなって言われちまったんですよ。得点を一点でも取ったら遠征を許可してやるって」
「まあ、会派の言い分もわからんでもないかな。だけど、競争で得られる経験というのも馬鹿にならないと俺は思うんだけどなあ」
「同感です。でも会派の決定ですからね、どうしようも無いです。結果を出すだけですよ」
二人は同時に珈琲をずずとすすった。いつもお茶ばかり出ていた諏訪厩舎で珈琲が出てきている。何かが変わったと大熊は感じているらしい。先ほどから事務室内をキョロキョロと見回している。
「あ、遅ればせながら、地一昇級おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。篠原が頑張ってくれた成果だよ。俺の方は、正直まだ竜障害ってものが理解できてない。昇級って言っても、良い着を拾って小銭を稼いでるってだけで、まだ二着にすら入れていないからな」
「うちなんて昨年の獲得賞金はゼロですよ」
「実地研修の年だったと割り切ったら良いだけの話だよ。出足の良い竜もいれば悪い竜もいる。だからって出足の悪い竜が勝てないかといえば、そういうわけじゃないからな」
するとそれを聞いていた高遠主任が「落竜してなければそれで良い」と言って笑い出した。雑賀も思わず吹き出してしまう。
「そうやって笑うけどね、究極を言えばそういう事なんだよ。どれだけ良い成績でも厩舎が解散になったらそれで終わりなんだから。発走機が開いてすぐに落竜する騎手みたいに、開業初年度の成績見て挫けて解散した厩舎だって少なくないんだからね」
「俺も会派から言われましたよ。解散しますかって。まだ何もわかって無いのに挫ける意味がわからんって言ってやりましたよ」
「それは……遠回しに希望が見えないから解散してくれって言ってきたんじゃねえのか?」
「でしょうね。だけど解散なんてできませんよ。俺一人じゃないんだから」
その諏訪の発言を聞いて、高遠が小声で「良く言うよ」と指摘。またもや雑賀が噴き出してしまった。諏訪がじろりと高遠を睨む。高遠がぷいっと顔を背ける。ぶすっとした顔をする諏訪を大熊が笑った。
「しかし、なんだな。岡山競竜場所属の調教師の成績を見ると悲しくなるな。天一は無し、天二も吉江先生だけなんだもんな。競竜場別の成績見ても、断トツで成績悪いってんだもん」
「聞いたところによると、調教施設に何か不備があるんじゃないかって調査に来るらしいですね。俺は士気の問題な気がしてならないんですけど。茂木に行ってきましたけど、茂木は良い環境でしたよ。呑み屋も多くて」
「俺も鈴鹿に行ったんだけど、天国のような場所だったものな。そもそも競竜場のすぐ隣に宿舎があるんだよ。しかも呑み屋もあちこちにあるし、買い物だって簡単だし。ここが監獄って言われてる理由がよくわかったよ。ここは本当に酷い」
「だけど、拠点の変更って容易じゃないらしいですよね。天一に行って、最終節の『賞金王決定戦』で準決勝に残るくらいにならないと申請は受け付けてもらえないって聞きました」
地一級、地二級にいる現状ではほぼ不可能。改めてそれを実感し大熊も諏訪もぐったりと気落ちしてしまった。
「つまりは、ここをもっと盛り上げていく何かを考えていかないといけないって事なんだよな」
「どうしたら、この山の上の孤島が盛り上がるんでしょうね。最初は住めば都なんて言ってましたけど、もうそういう思いも吹き飛んじゃってますもんね」
「まずは何をおいても呑み屋だよ。寮まで電車で帰らないといけないってのは百歩譲って仕方ないとしてもだ。その帰った先の吉永駅の駅前に呑み屋が無いってんだもん」
「駅前に呑み屋できたら、競竜関係者で連日満席になるでしょうに」
その諏訪の発言を聞いた高遠が「嫌な呑み屋だ」とぼそっと呟いた。それに雑賀と大熊が大爆笑。
「今度、岡山の市の方に行った時に、呑み屋の親父にちょっと話してみっかな。諏訪君も行きつけの呑み屋に話してみてよ」
「そうしてみます。もう買い置きのママカリを肴に呑むのは飽きましたもん」
「ママカリ旨いけどな。さすがにな」
雑賀と高遠も苦笑いしながら無言で頷いた。
「さて」と言って大熊が椅子から立ち上がった。
「呑み屋も良いが、本業の方を頑張らないとな。すれすれで昇級したにすぎんから、気を抜いたらすぐに地二に逆戻りしちまうだろうから」
「そうですね。うちもせめて来年には地一に行けるように、ここから二月かけて修正していきますよ」
「俺はなんとか地一に残って待ってるから。なるべく早く一点挙げて、まずは遠征を許可してもらえよ」
そう言って大熊は右手を差し出した。その手を諏訪がぎゅっと握りしめた。
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