第34話 海外の噂
安見調教師が来て一週間になる。
安見は笑流会という会派に所属する調教師で、潮騒会に所属する諏訪とは別会派である。だが、安見の諏訪への接し方は完全に師弟のそれで、雑賀たちへの指導も大先生という感じであった。
もちろん、この一週間は毎日のように仕事が終われば飲み会であった。諏訪はそこまで酒量が多い方では無いが、安見は完全に酒豪。酒があれば飯はいらんという質の人である。しかも厩舎にいる時はどこかピリッとした雰囲気を醸すのだが、一歩居酒屋に入ると陽気なお爺ちゃんで、厩務員と目線を合わせて馬鹿騒ぎをする。おかげで、一週間ですっかり厩務員たちも安見との距離が縮まった。
そうは言っても、やはり会派が違うため、表向きは毎日厩舎に遊びに来ているという事になっている。もちろん、表立って指導はしない。あくまで厩舎の事務室で応接椅子に腰かけて、通りかかる人に助言をするだけ。後は今日はどこに呑みに行こうかという話だけである。
もういくつ寝ると新年、そんな日付に安見は茂木に帰る事になった。では忘年会をしようと言って、安見のお気に入りの岡山市内の居酒屋を予約。瀬戸内の船盛を前に安見の送別会を行う事になった。
奥に諏訪、安見、高遠主任が座り、その近くに女性二人と雑賀、保科が座っている。女性二人もこれまで何度も安見と一緒に呑みに行っており、すっかり親睦を深めているようで、麦酒を注ぎまくっている。
かなり酒が入ったところで、安見がとんでもない情報を口にした。
「そういえば諏訪君、世界選手権にここ瑞穂が加わるかもって話は聞いたかい?」
「……え!? それ本当ですか?」
「おや、ペヨーテで聞かなかったのか? ああ、そっか、お前さんはあまり向こうで酒を呑まなかったものな」
「俺は普通に呑んでましたよ。先生が呑みすぎなんですよ」
諏訪の指摘で雑賀たちがどっと笑い出した。言われた安見も大笑い。
「俺はこれでも昔に比べたら全然呑めなくなってるよ。歳と共に酒量は減るとは聞いていたが本当だな」
「いや、それで減ったって。昔どんだけ呑んでたんですか。よくそれで肝臓がいかれませんね」
「昔はそれはもう仕事終わりに呑み始めて、そのまま飲み続け、早朝に厩舎に行く事も……」
「ちょっとちょっと! ここの人たちが真似したらどうするんですか!」
諏訪の小気味良い指摘が心地いいのか、安見はずっと笑い続けている。そのせいで全然話が本題に入らないので、痺れを切らした高遠が話を元に戻そうと、世界選手権の話を振った。
「ああ、そうだったな。ペヨーテではもう話題になっているそうなんだよ。ほれ、瑞穂で竜障害が始まって、いきなり泉沢先生と吉弘騎手が世界選手権に挑戦しただろう。あれで、是非瑞穂でもって事になっているのだそうだ」
「でもですよ、世界選手権って今の瑞穂の竜障害と同じ日程で、年六回の開催場所って決まってますよね。だとすると、どこかが落ちるって事になりますよね」
「当然そうなるだろうな。その候補ももう決まっておるような事を言っておったよ」
現在の開催は、一月からブリタニス、ゴール、呉越、デカン、パルサ、ペヨーテの順。
ブリタニスは中央大陸の西の島国、ゴールは中央大陸西部の国、呉越は中央大陸東部の国、デカンは中央大陸南部の国、パルサは中央大陸中部の国、ペヨーテは瓢箪大陸北部の国。
表向きでは、ペヨーテとパルサの主導で国際竜障害連盟を作った際に、連盟設立に協力してくれた国の中から四か国が選ばれたと説明されている。だが、開催地の選考には、込み入った事情が発生していると噂されている。
ブリタニスとゴールは連盟設立後に遅れて加入した国で、無理やり入り込んできた感がある。しかも初回の開催では、ブリタニスではなく中央大陸西部の半島国家ポンティフィシオ、ゴールではなく中央大陸西端の国イベロスだった。
デカンは連盟設立時からの参加ではあるが、そこまで積極的では無かった。そのため、初回の開催はデカンはなく斧刃大陸南端の国ムテトワであった。
呉越に至っては、当時は大金という別の国であったのが、崩壊して呉越国になっている。
この六か国の開催に瑞穂が交代で入るという噂があるらしいのだが、残念ながら安見も、どこと入れ替えかまでは聞いていないのだそうだ。
すると、諏訪が麦酒の瓶を安見に傾けて「自分が聞いたのは少し違う話」と言い出した。
「俺が聞いたのは、今開催している予選を止めてしまって準決勝と決勝だけにしようって話でしたね。そうすれば今の六か国から十二か国に開催国を増やせるとかなんとか」
「ほう。じゃあ、もしかしたら複数の案が出ているのかもしれんな。だとしたら、まだそこまで話は詰められていないのかもな」
「でしょうね。でも、もし安見先生の言う方向で瑞穂が入ったら、確実に揉める事になるでしょうね。開催には多額のお金が必要だし、見返りとして開催地が受ける恩恵というのは莫大でしょうから。それが無くなるわけですからね」
「どこと交代になっても当然恨みは買うし、嫌がらせは受けるだろうな。何人も死者が出るような事態になるかもしれん。仮に呉越国であったら、破壊工作くらいは仕掛けてくるだろうな」
すると、そこまで聞いていた高遠が素朴な疑問を口にした。
「一つ疑問なんですけど、ちょっと考えれば揉めるのがわかりきっているのに、なんでそれを押してまで瑞穂で開催がしたいんでしょうね」
「あくまで俺が聞いた範囲だぞ。一部の開催で不正が横行しているらしいんだよ。それがどこの開催かは言って無かったが、金を掴ませばどんな不正も見逃して貰えるって有名になっているらしいんだ。瑞穂はそういうのに厳格だから、瑞穂を入れて清潔な印象にしたいんだそうだ」
「そんな事しそうなのって、呉越かゴールくらいじゃないですか?」
「パルサだって怪しいもんだぞ」
六開催で公正が怪しいとしてすぐに三カ国の名が上がる。半分が怪しいとなれば、それはてこ入れが必要と判断もされるだろう。聞いていた全員が妙に納得してしまった。
「まあ、なんにしても、そうとう揉める事が予想される話だ。なかなか決まらないだろうさ」
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