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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第32話 光る物

 結局、荷物を置いて一旦岡山駅に戻り、そこで夕飯代りに居酒屋で呑んで、寮に戻る事にした。翌朝、雑賀と多米ためは電車に乗り岡山競竜場へ。


「おいおい、この時間で電車が一時間に一本って。しかも単線。さすがにこれはどうなんだ?」

「一応、厩務員たちの通勤時間は一時間に三本も出てますよ」

「いや、三本()て……しかもこっから昼まで電車来ないじゃんか。急病の時はどうするんだよ。競争で怪我したらどうするんだよ」

「厩務員の中には車通勤の者もいます。誰かしらが乗せてくれますよ。救急車を呼ぶよりそっちの方が早いですしね」


 あまりに酷い環境に、多米も開いた口が塞がらない。最初は噂にたがわぬと思っていたのだが、ここまで酷いと噂以上といった感じだろうか。



 岡山競竜場前駅で下車した多米は、競竜場以外何も無いという求道的な環境に、思わず「ここは山寺か何かなのか?」とため息交じりに呟いた。だが、一度守衛を通って中に入ると、他の競竜場と全く変わらない光景が広がっている。多米はそれを不思議に感じたようで、厩舎に行くまでキョロキョロとし続けていた。


 昨日の朝の段階で、厩舎の方には事前にある程度の報告は入れてあり、その際、諏訪先生はいなかったという話もしてある。雑賀をちらりと見た高遠主任は一言、「ご苦労さん」と言って労った。その後、後ろから見覚えのある人物が現れ、思わず椅子から立ち上がった。


「おお! 多米君じゃないか! 久しぶりだね。仁級時代は色々とお世話になったね」

「高遠さんもお元気そうで何よりっす。なんか、貫禄が出ましたね」

「そうかい? このところ酒量が増えたせいかな。……誰かさんのせいで」


 ちくりと諏訪への苦情を言う高遠に、多米も苦笑いであった。


 雑賀と多米、二人でお土産を提出し、高遠がお湯を沸かしに流し台へ向かう。お茶を淹れる間、高遠と多米で昔話に花が咲いていた。あの時はああだった、こうだったと言っては笑い合う。そんな二人の会話に雑賀も笑みが零れる。


「しっかし、ここは酷いですね。いや、話には聞いてましたよ。でも、まさかこんなにだとは」

「その話ってのはどんな話なの?」

「いやあ、実際にここに所属している人が聞いたら怒り狂うんじゃないかというような内容ですよ。あそこは競竜場じゃないく、刑務所か拘置所だって」


 あまりに的確な形容に、高遠は腹を抱えて笑い出した。雑賀も俯いて肩を震わせる。


「いや、実際その通りだと思うよ。金貰ったって使う場所が無いんだものな。うちなんて、娘とカミサン、寮に数日だけ住んで、その後、岡山市内に貸家を借りちまって、そっちに住んでるもん」

「じゃあ、単身赴任なんですか?」

「電車で数駅の距離を単身赴任というかどうかはともかくな。洗濯機はあるし、食事は食堂があるし、風呂も大浴場があるし、家事っていったら部屋の掃除くらいだから、何も不自由は無いよ」


 それではまるで刑務所だと喉の奥まで出かけたが、多米はそれをぐっと堪えた。だが、その若干引きつった笑顔で、感じている事はバレバレだっただろう。


「ところで、うちの先生の行方は全くわからないの?」

「わからないですね。うちの安見先生と一緒に海外に行ったって事くらいしか。諏訪先生は一度帰るって言ってたんですけどね、安見先生が『天一に行くためには厩務員たちの自立心も大切だ』とか言っちゃって、その足で出ていってしまいましたから」

「いつ帰るかもわからないの?」

「以前に一度こういう事があったんですけど、その時は四か月くらいでした。だから年末くらいになるんじゃないですか」


 『年末』という単語に、高遠は両眼を伏せて後頭部を掻いた。さらにため息を付き、額に手を当てた。その姿に多米も苦笑いであった。


「ですけどね、高遠さん。競竜と違って竜障害は始まったばかりなんですよ。皆試行錯誤で、わからない事ばかりなんです。呂級出身の泉沢先生がいきなり海外に挑戦して、それなりに結果は出しましたけど、でも最後は全く歯が立たなかったんですから」

「海外視察が大切だってのはわかった。でもそんなん安見先生みたいに天二に行ってからで良いと思うんだが」

「諏訪先生もそうおっしゃってましたよ。でもそれじゃあ、遅いんだって安見先生は言ってました。独学で三年で学べる経験が、研修に行けば三か月で得られるだって。それでも周回遅れなんだって」

「周回遅れか。なるほどな。確かに、技術ってのはそういうもんかもしれん」


 雑賀の買ってきた乾燥苺のお菓子を高遠は口に入れ、ゆっくりと理解するように顎を動かしお茶で流し込んだ。その一連の行動で、安見の考えがある程度理解できたらしい。高遠が大きく頷く。


「なあ、多米君。一つ聞いても良いかな。安見先生は本気で俺たちが天一に行けると思っているのかな?」

「思って無ければ、『厩務員に一切情報を漏らすな』なんて指示、わざわざ出さないと思いますよ。数日講習してやれば済む話でしょうから。だけど、色々話した結果、最後は『今から海外に行こう』ですから、何か光るものを見たんだと思います」


 その多米の言葉に、高遠は力強い目をし、鼻から蒸気のように息を噴き出し、ゆっくりと頷いた。そして無言で右手を差し出した。


「ありがとう、多米君。わざわざこんな遠くまでご足労いただいて悪かったね。何も無いところだけど、ゆっくりしていってよ」

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