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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第31話 多米騎手

 翌朝、大宿で宿泊費の精算をし、岡山に帰ろうとくるりと踵を返すと、なんと待合席に多米ため騎手が座って優雅に珈琲を飲んでいた。

 まさか無視をするわけにもいかず、とりあえず挨拶に向かう。


「おはようございます、多米さん。何か御用でした?」

「おお、おはよう。今から帰るのか? 遥々遠くから来てくれたからな。見送りをしてやろうと思って待ってたんだよ」

「わざわざありがとうございます。じゃあ、一緒にお土産を選んでもらっちゃおうかな」


 雑賀が微笑みかけると、多米も微笑み、さあ行こうと言って背をぽんと叩いた。



 駅に到着し、隣の百貨店の土産物の一角へと向かう。すると、多米はすぐにその内の一つを指差した。


「これなんかどうだ? この辺りは苺の栽培が盛んでな。それを饅頭の餡に練り込んだものだ」

「おお、美味しそうですね!」

「これなんかも良いぞ。この辺は昔、武家政権を建てた人の地盤だったところでな。その人の使ってた印を象った最中だぞ」

「おお、学校の授業でやりましたよ。へえ、これも良いですね」


 どちらかといえば、苺の方が喜ばれるかなと、雑賀は苺の饅頭と、その隣の苺の菓子の箱を手に取った。すると多米が、餃子味に味付けされた煎餅の箱を手に取った。なんで多米までお土産を買っているのだろうと気にはなったが、特にそこは指摘せず精算所へと向かう。すると、やはり多米もその後ろに並んだ。


 その後、駅に入り自動券売機で切符を購入。すると多米も券売機で券を購入。恐らく見送りの為に入場券を購入したのだろうと雑賀は思っていた。

 ところが……ではこれでと電車に乗り込むと、多米も乗り込んで来た。


「ちょっと、多米さん! どこまで来るんですか!」

「どこってお前、岡山だよ。お前の厩舎を見に行くんだよ。ほれ、宿泊の荷物も持ってきてる」

「う、嘘でしょ……」


 プシュという空気が抜ける音がして、多米の背後で扉が閉まった。



「俺さ、実はまだ、岡山競竜場って行った事無いんだよ。岡山で重賞やってる時って、茂木や富士、名取でもやってる事が多くてさ。九月の『英田記念』の時は富士で『皇室大賞典』やってて、そっちに出るからなあ」

「じゃあ、これまで一度も?」

「これまで一度も。なんせ、岡山は八つの競竜場の中でも断トツに人気が無いものな」

「そりゃあ、競竜場の前に呑み屋すら無いんですからねぇ。終電も馬鹿みたいに早いし。その電車に乗ったところで乗り換え駅に呑み屋が無いって、もはや馬鹿にしているとしか思えないです」


 雑賀のあまりの散々な論評に、多米も大笑いであった。


「対になる鈴鹿競竜場は八つの競竜場で一番人気なのにな。あそこは良いぞ。何せ郡府だろ。客の入りも盛り上がりも他とは段違いなんだよ! しかも年末には『賞金王決定戦』も行われるんだぜ」

「へえ、そうなんですね。茂木と対になってる富士はどうなんですか? あそこも評判ですよね」


「富士も良いよ! その鈴鹿と人気を二分しているだけの事はある。なんせ、甲府と駿府っていう二つの郡府を繋ぐ路線に建てられているからな。ここも客入りが段違いなんだよ。しかも春の大賞典『富士王冠』が開催されるんだもんな」


 少し興奮気味の多米に比べると、雑賀はかなり温度差がある。それもそのはず。天二級の多米の出走するのは全国の重賞、それも特二、特三が主戦場。一方の地二級の雑賀は平特しか出られない。おまけに会派から鈴鹿遠征の中止を通達されるという体たらく。


 徐々に多米もその事に気付いてきたらしい。少しづつ興が醒めてきてしまった。


「雑賀。一年目で躓いたくらいが何だよ。先は長いんだよ。お前たちだって競竜では仁級を抜けて八級に上がったんだろ。だったら何も諦める事なんて無いじゃん。諏訪先生だって諦めて無いから研修に出たんだぞ。お前が諦めてどうする」

「別に俺……諦めてなんて……」

「目が死んでるんだよ。今のお前。だから最初誰かわかんなかったよ」


 雑賀が開業した年、同じ愛子競竜場に所属していた多米は、他の会派だというに先輩騎手として何度も指導をしてくれた。翌年からは多米は八級に上がってしまったのだが、その教えのおかげで雑賀も八級に上がれたんだと思っている。

 その多米からの指摘は、非常に胸に刺さるものがあった。


 俯いている雑賀の髪に多米は手を置き、くしゃりと乱す。


「ほら。顔を上げろ。胸を張れ。下を見たってしょうがないだろ。後ろを見たってしょうがないだろ。俺たちが目指すのは『天一』。目標がある方向は上だ」


 天井を指差し、どうだと言わんばかりのやんちゃ坊主のような顔をする多米に、雑賀は思わず吹き出しそうになってしまった。


「上手い事言いますね」

「だろ! 俺、前からこれ考えててさ。いつか誰かに言ってやろうって思ってたんだよ」

「それ、言わなかったら、めちゃくちゃ恰好良かったですよ」


 二人は顔を見合わせ、同時に笑い出した。



 来た時とは異なり、帰りは一旦幕府まで行き、そこで駅弁を購入。東海道高速に乗り換え、皇都駅まで行き、さらに山陽道高速に乗り換えて岡山駅に到着。


「おお、岡山都会じゃんか! なんだよ、聞いてたのと全然違うじゃん!」


 岡山駅に着いた時は多米もそんな風に言っていた。ところが、そこから在来線に乗ると、どんどん人里を離れて、周囲の風景が寂しくなっていく。

 吉永駅で降りた時には、あまりの長閑な風景に多米は声も出なかった。さらにもう競竜場に行く電車が無いと聞いて絶句。宿は無いから寮を仮の宿とするしかないと聞いて呆然。泊まるところがあるなら、もう呑みに行こうと言ったら、呑み屋が無いと言われ膝から崩れ落ちてしまった。


「……想像の何倍も酷いとこだった。来るんじゃなかった」

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