第3話 祝賀会
古くは『不来方』と呼ばれた盛岡。この地には古い伝説がある。
かつて鬼が頻繁にやって来て略奪を働いていたらしい。堪えかねた民たちは鬼退治を神に祈願。すると神は鬼を捕らえ、この地に二度と来るなと命じた。
『ここには二度と来るな』
それがそのまま地名となって不来方と名付けられた。
だが『二度と来るな』が土地の名前というのも、いささか乱暴だろう。そう考えた時の支配者が何か他に良い名は無いかと思案。
不来方は西を奥羽山脈、東を北上高地に挟まれた谷のような南北に細長い北上盆地にある。そこで『木の多く盛る岡』という事で盛岡に改称したらしい。
盛岡市は雫石川によって南北に隔てられている。西の雫石町から流れてきて、盛岡市を横断して南に流れている雫石川。その南に流れを変える辺りに東北道高速鉄道の盛岡駅はある。
盛岡駅から陸奥鉄道に乗って北上川を北上した高松という地に盛岡競竜場は建てられている。近くには「小金清水」という上質な湧き水が沸いている。この清水を飲んで、金運を上げてから勝負に挑むというのが来場者たちのゲン担ぎになっているのだとか。
『菊花杯』に勝利した諏訪厩舎は、翌日、知り合いの調教師や騎手を呼んで大宴会であった。場所はわんこそばで有名な蕎麦屋。
雑賀たちの住む瑞穂皇国は、四つの国による連邦制を敷いている。北から北国、東国、西国、南国。盛岡はそのうちの東国に属している。瑞穂皇国は恐竜の速さを競わせる競竜が非常に盛んで、東国と西国にいくつも競竜場が作られている。北国と南国には牧場が作られ、そちらでは竜の生産が盛んに行われている。
そんな瑞穂の競竜は階級制。上から伊級、呂級、八級、仁級で、新規開業は必ず仁級からとなっている。各級で賞金額の上位五人が上の級に昇級となる。逆に下位五人は下の級に降級となる。
諏訪は愛子競竜場で開業してから四年で八級に昇級、四年目の今年、やっと重賞を制覇する事ができた。
四年目の八級昇級も、昇級四年目の重賞制覇も、それなり早い方ではある。もちろん一部の天才と言われるような人はわずか二年で八級に昇級し、さらに二年で呂級に昇級していく。だが、そんな人は本当に一部の天才だけ。
四年で重賞を制したとなれば、これから先かなり昇級の期待は膨らむというものだろう。参加してくれている調教師や騎手が口々にそんな話をしている。そんな風に言われ、どの厩務員もニコニコ顔で酒を呑んでいる。
ところがそんな厩務員たちの中に一人、仏頂面で酒を呑んでいる人がいた。小笠原という厩務員で、年齢でいえば上から二番目、開業からずっと諏訪厩舎に所属している人物である。その態度が気になって、雑賀は席を移動した。
「小笠原さん、重賞制覇の祝いの席ですよ! もっと嬉しそうな顔しましょうよ」
「祝いの席ねえ。本当にめでてえのかねえ」
「ん? それどういう意味ですか?」
小笠原は諏訪調教師をじろりと見て、麦酒の瓶を雑賀の手にしているコップに注いだ。
「今、うちに所属している竜が順次放牧されてるのは知ってるよな。あの中に新竜が二頭いただろ。その二頭が転厩になるんだとよ」
「え? 俺、聞いてませんけど。本当なんですか?」
「ああ、転厩先の厩舎の厩務員から聞いたから間違い無いよ。呂級に昇級できる計算でもできたのかって言われてビックリしたんだよ。もしかして、うちの先生、引退する気なんじゃねえか?」
雑賀が視線を諏訪に移す。当の諏訪は、他の調教師たちと楽しく歓談しながら麦酒を呑んでいる。その顔には悲壮感のようなものは一切感じない。
「もしそうなら、専属の俺に一言くらいあると思うんですけど……それに引退って、まだ全然そんな歳じゃないでしょ」
「継続の意志の問題だから、歳はあんま関係ねえんじゃねえか? 心が折れるような事があったらそこで終わりなんだと思うなあ」
「でも……定例会議でもこれまでそんな話は全く出てませんよ。高遠主任だってそんな話一言も……」
そう言いながら、雑賀は参席者の中から主任厩務員の高遠を探した。やはり高遠も他の調教師と楽しそうに麦酒を呑んでいるだけ。
「俺が知らないだけで、先生が心が折れるような事が何かあったって事ですか? でも、全然心当たりが無いんですよね。思い過ごしなんじゃないですか?」
「新竜っていえば来年の厩舎の主力なんだぞ? それを転厩させた事が思い過ごしなわけないだろ。期待できない竜ならまだしも、どちらもかなり期待できる竜だったんだから」
「確かに……」
小笠原の言う事が筋があまりにも通っており、雑賀は急に不安に襲われてしまった。コップが手の震えで小刻みにゆれる。そんな雑賀の手に小笠原が冷たく冷えた麦酒の瓶を当てた。
「まだわからないけど、心構えだけはしておいた方が良いかもな。解散になった事を考えて、今の内から身の振り方を考えておいた方が良いかもしれんぞ」
「身の振り方?」
「解散って一般企業で言えば倒産だぞ。そうなったら俺たちは職を失うんだから、雑賀もどうするかは考えておいた方が良いんじゃないのか?」
『厩舎解散』
突然これまで全く考えた事も無かった単語を聞き、徐々に雑賀の頭が真っ白になっていく。
「俺は……先生を信じてます」
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