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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第28話 諏訪からの封筒

「なぬ? あいつあれから一回も顔見せてないの? もう二か月だぞ? 嘘だろ?」


 鈴鹿から戻った大熊が、お土産の『志ら玉』というお餅を片手にやって来た。

 大熊厩舎にしても、鮎川厩舎にしても、七月から十月の四か月間は鈴鹿遠征。わざわざ諏訪の様子を見に、大熊一人で帰って来たのだが、まだ諏訪はいなかった。


 大熊、高遠の二人に、雑賀がお茶を淹れて差し出す。すると高遠はお餅の包装を開けて、一つを大熊、もう一つを自分に取り分けて、残りを雑賀に渡した。


「これが本当なんですよ。二か月間、一切音沙汰無しです。てっきり会派の指示でどこかに行っているんだと思ったのですけど、先日、その会派から最終節の『倉敷特別』には出れそうなのかって問い合わせがありまして」

「おいおい……なんだそりゃ。で、今、竜の調教はどうしてるんだよ」

「事前に入ってた調教計画に沿ってやって貰っています。ただ、先生がいないので放牧ができなくって。俺の方で修正修正でなんとか乗り切っている状況です。ですけど、その調教計画も残り少なくなってまして」


 高遠は湯飲みを両手で持ち、ずずと啜ってからため息をついた。それはため息の一つも付きたくなるだろう。大熊が憐みの目で高遠を見る。


「で、どうすんの? 諏訪が来なければ『倉敷特別』に登録はできないだろ」

「もはや年内一杯お休みなんでしょうね。もう厩務員たちも今年中に帰って来てくれれば御の字なんて言ってますよ。で、地一に上がった際に必要になる竜具の早装丁の研究しています」

「もし諏訪が戻って来なかったら無駄になっちうな」

「その時は別の厩舎で雇ってもらうだけです。技術は無駄にはならないですからね」


 憮然とした顔でお土産の餅を噛み切る高遠に、大熊はもはやかける言葉が見つからなかった。


 ◇◇◇


 それからさらに一月が経過。九月もそろそろ終わりに近づいて来た。暑かった日々も、台風の訪れを期に徐々に空気が冷え込んでいく。朝夕はずいぶんと肌寒くなった、そんな声がちらほらと聞こえ始めたある日の事。諏訪厩舎に一通の茶封筒が届いた。表には岡山競竜場の住所と『諏訪厩舎』と書かれており、裏には何も書かれていない。


 諏訪が不在であるため、代わりに高遠が封を切った。中身は数枚の紙。そこにはこの先の調教内容が記載されている。

 高遠が勢いよく椅子から立ち上がった。そのせいで椅子が派手な音を立てて転倒。


「どうしたんです? 高遠さん。誰からですか?」

「先生からだ!」

「え!?」


 雑賀も勢いよく椅子から立ち上がり、慌てて高遠の下へと近づく。


「調教計画だけで、うちらに対する手紙みたいなものは無いですね」

「ふざけやがって……こっちがどれだけ苦労してると思ってやがるんだ」

「これだけほっとかれてしまうと、余程の土産を持って帰って来ないと誰も許してくれませんよ」

「まったくだ……ん?」


 高遠が封筒をまじまじと見て、目を細めて眉を寄せる。その後、ゆっくりと雑賀の方に視線を移した。


「雑賀。保科さんと本多君を呼んで来てくれないか。これから緊急で会議をする」


 コクコクと何度も頭を上下させ、雑賀は事務室を飛び出して行った。



 呼び出された保科と本多は、まず諏訪から封書が来たという事に酷く驚いた。これにより、少なくとも諏訪は国内にいるという事がわかった。だが同時に、まだ諏訪は戻る気が無いという意思表示でもあり、かなりガッカリした顔をした。


「で、会議って何を話し合うんだ? いよいよ先生に愛想尽かして、皆で転厩先でも探すか?」


 カラカラと笑う保科に本多も雑賀も苦笑い。だが高遠だけは至って真面目な顔をしている。


「保科さん、その封筒を見て何か気付く事はありませんか?」

「封筒? これがどうした? 別段変わった事はないようだが?」


 何故か匂いを嗅ぎだした保科を、高遠はじっと見つめた。


「何か変な匂いでもします?」

「いや。紙の匂いがしただけだ。で、この封筒がどうしたんだ?」

「そこに薄っすらですけど、逓信ていしん省(=郵便、通信、運輸を司る省庁)の印が押してありますよね」


 保科、雑賀、本多の三人はハッとした顔をして封筒を覗き込んだ。


「消印か! 本当に薄っすらでよくわからんな……どこだ、これ?」

「恐らく、書いてあるのは『毛野けの』だと思います」

「毛野郡って事は……茂木競竜場!」


 高遠がこくりとうなづく。それを見て保科たちの顔がぱっと明るくなる。


「つまり、先生はそこのどこかの厩舎にいるって事か!」

「恐らくは。それで、雑賀君に先生を探しに茂木に行ってもらおうと思うんですが、どう思いますか? その間の調教は本多君にやってもらって」


 保科が本多を見てから雑賀に視線を移した。


「雑賀、行けるか?」

「わかりました。連れ戻す事ができればそれに越した事は無いですけど、仮にそれができないとしても、せめて、帰って来れない理由だけでも聞いてきたいと思います」

「そうだな。それがわかれば、うちらもまだ待とうという気になれるものな」


 満場一致。だが、まだ高遠には何か考える事があるらしい。それに気付き、保科がどうかしたのかとたずねた。


「いえね。茂木にどんな調教師がいるんだろうって考えていたんですよ。俺はこれでも先生とは厩務員時代からの付き合いですので、先生の知ってる調教師なら、ある程度面識があると思うんですよ」


 「ちょっと待っててくれ」と言って、高遠は会議室を出て行った。その後、一冊の雑誌を持って戻ってきた。雑誌は年に四回協会が発行している会報。それをペラペラとめくっていく。その中の茂木競竜場の調教師名鑑の部分を開いた。上から順に調教師の名前を見ていく。その中のかなり後半の人物、そこで高遠は指を止めた。


「もしかしたらこの人かもな。雑賀。向こうに行ったら、まずこの人を当たってみてくれないか」

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