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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第27話 海外?

「まあね。一回二回観ただけで何かわかるようなら、とっくに先生も気付いていると思うんですよ。だから時間がかかるという事は覚悟の上です。時間稼ぎの意味もあるわけですからね。……で、なんですか、これ?」


 日曜日に優雅に竜障害を観戦した保科が、週明け早々、高遠主任に報告に行くと、呆れ口調でそう言われた。机の上には人数分の入場券と観戦券と指定券の領収書。それを指でとんとんと小刻みに叩いている。


「どうせなら良い席で竜障害ってものを観て貰おうと思ってだなあ……」

「俺、言いましたよね。入場料くらいなら何とか経費で落ちると思うって。これをどうやって経費で落とすんです? 福利厚生ですか? 賞金全く稼いで無いのに」

「いや、考えてみろよ。俺たちは厩務員だぞ。一般席で応援してる奴らに話を聞かれたら、竜券買って無くても問題になると思わないか? 実際、俺たちの予想で竜券買ってたら大儲けだったんだぞ」


 こっそり竜券を買わなかっただけ、よく我慢したと褒めろと言わんばかりの保科に、高遠も呆れて言葉が見つからない。


「保科さんには、この目的は言いましたよね」

「わかってるよ。だから団結のために、こうして慰労してんだろうが。次回からは二階席にするよ。それより、先生の足取りは少しは掴めたのかよ?」


 すると高遠は眉間に皺を寄せ、大きくため息をついてしまった。


「昨日、妻に先生の奥さんと娘さんを夕飯に誘ってもらったんです。奥さんの話だと、先生、いつ帰れるかわからないって言って家を出て行ったんだそうです。奥さんも奥さんで『亭主は元気で留守が良い』なんて言ってて」

「なんだそりゃ」

「うちの妻も、わかる、わかる、なんて言ってて、正直、泣きたくなりましたよ」


 本気で落ち込む高遠に、保科は両手を広げ、やれやれと呟き首を振った。


「じゃあ、先生の行方は家族も全く聞いてないのか」

「らしいですね。行き先や緊急の連絡先はおろか、いつ帰るとも言わずに出て行ったそうです。うちの妻が寂しく無いのかとたずねると、奥さんは『長期間いなくなるのは慣れっこ』なんて言ってました」

「まあ、遠征すれば普通に何日も家に帰らない事はよくあったからな。そういう思考になるのもわからんでもないか」


 そこまで話すと、高遠は指をくいくいと動かし、保科に近づくように促した。

高遠の声がこれまでに比べ何段も小さくなる。


「奥さんがぽろっと言ってたんですけど、一応念のためって、旅券を持って行ったらしいですよ」

「なぬ! 海外!?」

「しっ! 声が大きい! 念のためですよ。でも、そう言うって事は、本当に先生も行き先がわからなかったって事じゃないんですかね。俺はそう受け取りました」


 保科が腕を組み、小さく唸り声をあげる。ちらちらと高遠、雑賀を交互に見て、また小さく唸り声をあげた。


「海外か。ありえるかもな」

「どういう事ですか?」

「会派の奴らが、どっかの会派の先生が研修に行くという噂を聞きつけて、一緒に行ってみたらどうかって言ってきたんじゃねえか? 行き先はわからねえけど、もしかしたら海外って事もあるかもって判断したんじゃねえかな」

「もしもですよ。そうだとしたらかなり長期戦になりますよね。全然『ちょっと留守にする』じゃないじゃないですか!」


 そこまで言って高遠も苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「……そういえばそういう人でしたね」


 そう呟いた高遠に、雑賀と保科が同時に頷いた。


 ◇◇◇


 諏訪不在のまま、あっさりと二月が経過。季節は猛暑から酷暑へと移り変わっている。


 相変わらず、毎日のように厩務員は竜の世話を続けており、毎週それに雑賀が調教を施している。だが、どうしても諏訪がいないという事で徐々に徐々に不満は溜まっていった。

 その間、高遠は、あの手この手で諏訪の行き先を調べたのだが、痕跡すら掴めず。


 それならそれでと、高遠は保科、雑賀と協議し、先を見越して竜具の付け替えをどうしたら早くやれるかの研究を始める事にした。「これは先生が戻って来たら必ず重要になる事だから」「これは先生でもどうにもならない、厩務員たちの研究でしか結果の出せない事だから」そう言って厩務員たちに研究を促した。



「『七夕賞』も終わってもうて『英田記念』が始まりましたね。先生おらへんようになってもう二月。そろそろ帰って来てもらわんとなあ」


 竜房で寝藁をかき集めなら津田が呟いた。それに三村が作業の手を止める。


「私も最初はそう思うてたんですけどね。最近、来んのやったら、それでも良えかなって」

「いや、良かないやろ」

「大敗こくんを毎回見せられた五月六月はほんまにしんどかったんですよ。他んとこの厩務員にぼそっと『こいつら、恥ずかしないんか』とか言われたりして」

「……俺も言われたよ、それ。確かに、まともに勝負になるようになってから出走したいいうんはあるかもな」


 そんな二人の会話を保科と雑賀はじっと聞いていた。


「どうせやったら、先生が『これで勝てる!』って確信得てから帰って来て欲しいかなって。せめて地一級に上がれるくらい」


 三村の最後の一言で思わず保科は噴き出してしまった。さすがに黙っていられなかったらしく。大笑いしながら指摘した。


「あのなあ。せめてそこは『天一に上がれるくらい』って言ってくれよ」

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