第26話 観戦席
高遠が状況を公開してから、厩務員の中では喧々諤々の議論が起こっていた。
まずは当然の事ながら、何でそんな大事な事を自分たちに隠していたのかという不満。それは特に女性二人の声が大きかった。
「うちらは黙って竜の世話だけしとったらええって、高遠主任はそういう考えなんですかね。失礼な話やわ」
「ほんまやね。なんや役立たず扱いされたみたいでムカつくよね。だから先生、逃げてもうたんと違うの?」
「うちらで原因考えよう言うてたそうやけど、先生にもわからへん事が、うちらにわかるわけないやないですかねえ」
昼食の最中にもそんな話をして周囲に賛同を求めていた。他の人たちも、同様に感じたようで、いない諏訪ではなく、いる高遠への不満が募っている。
そんな女性二人に保科は言った。
「俺も何も聞かされていなかったから、お前たちの怒りはわかるよ。だけど、ふと考えてみたんだよ。もしもだ。最初にその話をしたらお前たちはどういう反応だったかなって」
「どういうって?」
「きっとこう言うんじゃないか。私たちは先生に捨てられたんだって」
「それは……確かにそう言うやろうけど。でもですよ、だからって黙ってる事ないやないですか。厩舎の一大事を」
三村の言い分もわかる。実際保科もその通りだと思っている。一緒に聞いていた雑賀は、事情を知っていて黙っていただけに非常に居心地が悪かった。
「厩舎の一大事か。確かにな。だったら、お前たちも厩舎の一員として、高遠の言うように原因を自分なりに考えてやってくれよ。さっき二人は言ったよな。蚊帳の外扱いがムカつくんだって」
「それは……確かに言いましたけど。だけど、うちらで原因なんてわかるわけないやないですか……」
自分の発言を理路整然と指摘され、石川の発言は最後尻つぼみになってしまっている。だが、そんな石川を他所に、保科は少し考え、諭すように言った。
「それはどうなんだろうな。見る角度によって見え方が異なるという事はあるもんだよ。雑賀は雑賀の方向からしか見れないし、先生も先生の方向からしか見れない。だけど俺たちの見る角度は、そのどちらとも違うんじゃないか?」
「えっと……それはどういう?」
「例えばだ、観客の目線で競争を見てみるとかな。彼らが何を基準に竜券を買っているか、それがわかれば、自分たちに足らない何かを探れたりするかしれないだろ」
「ほな毎週竜券買うんですか? それって経費申請しても大丈夫でしょうか」
石川のあまりにアホな発言にその場の全員が噴き出してしまった。さすがにそれは三村が黙っていれなかった。
「楓ちゃん、それはさすがにがめついわ。そんなん言うから西国の女性は金にうるさい言われるんよ」
「だって。少ないお給金から竜券買うんでしょ? お仕事で。そこはさすがに厩舎が持ってもらわんと」
「ほんで勝った時には楓ちゃんのお財布に入るんやろ? そんなん高遠さん顔真っ赤にして怒りはるで」
「勝った時は、それは役得言うもんですやん」
あんまりな会話の内容に、保科も雑賀も開いた口が塞がらなかった。
「冗談はさておき、保科さん。さすがに全部こっち持ちいう事は無いですよね?」
「入場料とお茶代くらいなら経費で落として貰えるんじゃねえか?」
「え? そんだけ? 軍資金は?」
「出るかバカタレ! そもそもうちらは竜券の購入はご法度だ!」
頭が痛いと言って保科は両手で抱えてしまった。
◇◇◇
さっそく、その週末から休日の者で時間に余裕のある者は、競竜場に来て競争を見る事になった。初回は、保科、雑賀、仁科、土橋の四名。案の定というか、高遠が経費として認めてくれたのは入場料だけだった。
正面直線の前に観戦席は用意されており、大きくわけて四階建てになっている。
一番下は地上で、簡易椅子が設置はされているものの、その多くは立見席。二階は有料観戦席で席も一階よりは良い椅子となっている。ここに入るには入場券とは別に観戦券が必要になる。三階も有料席だが、いわゆる指定観戦席で、各席の椅子はふかふか。机も専用の机が備わっており、個室も用意されている。ただし、入場券とは別に観戦券と指定券が必要となる。
保科も高遠へのせめてもの抗議なのだろう。指定観戦席を人数分購入し、領収書を発行してもらった。ただし、飲み物は自腹。一応、高遠に交渉はしてもらった。だが高遠から、麦酒片手に観戦する気だろうと指摘されてしまい、飲み代までは出して貰えなかった。
竜障害は全部で八会場あり、それを十勝と名取、茂木と富士、鈴鹿と岡山、阿蘇と大鵬湾という感じで二つづつ別け、片方を昼開催、もう片方を夕開催としている。つまり同時開催は四会場。その四つの会場が時間を置いて順々に競争を行っていき、一日八競争を行う。
今回、岡山競竜場は夕方開催であり、第一競争は十六時頃から。
ここまで三競争を観戦し、四人の予想はかなり的中している。そこはさすがに毎日のように竜を観察しているだけの事はある。
「しかし、保科さん。観ただけじゃ何もわかりませんね」
「まあ、今回初回だしな。雑賀、お前はどうなんだ?」
保科と仁科の視線を集めたが、雑賀は無言で首を横に振った。
「そうかあ。高遠から報告しろって言われているけど、何と報告したもんかなあ」
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