第25話 厩務員の不満
「私、知らんかったわぁ。先生がそんな悩める書生さんみたいな方やっただなんて」
「私もですよ、明日香さん。いつも事務室の奥に座って気難しい顔で帳面に何か書いてはんなって印象しかなかったんですけど、ちょっと見方変わったかもしれませんよね」
「うんうん。帰って来たら優しくしてあげなあかんね」
「ですね。早よ帰って来ないですかね」
毎日のように三村と石川がそんな話をしている。
だが、諏訪が厩舎に顔を出さなくなって早三週間。『ちょっと留守にする』の『ちょっと』が、いくらなんでも長すぎると保科は雑賀に文句を言っていた。
そんな厩務員たちの雰囲気を感じ、保科は雑賀を連れて高遠主任の元へ足を運んだ。
「女性二人は変な妄想に浸ってくれているけど、津田と土橋はもう限界だぞ。そろそろ何か次の手を打たないと。このままだと、いつ辞めると言い出すかわからん」
「そうですか……」
「そうですかじゃねえよ。長期間留守にするってのは聞いたけど、いったい先生はいつ戻ってくる予定なんだよ」
「出ていく時の話では、最低でも二節は帰って来ないとしか」
「はあ!? 二節だあ!? 二節って言やぁお前、四か月だぞ! 高遠、お前、本当は先生から何か聞いてるんだろ? 竜障害に参加する話が来た時みたいに」
「今度ばかりは俺も全く。あの感じからして、先生自身も、いつ戻れるかわからなかったんだと思います」
高遠の目を保科は無言でじっと見た。その顔も、その目も、何かを隠している風ではない。だが、できれば嘘でも知っていると言って欲しかったかもしれない。その方が少しは安心できたかもしれない。雑賀も不安そうな目で高遠を見ている。
「それって、もしかしたら、二節では戻らないなんて事もあるかもって事か?」
「可能性は十分にあるでしょうね。どうせ戻って来たところで途中から参戦できるわけじゃないんだからって、半年戻らないなんて事もあるかも」
「まあ、二節をさらに過ぎちまったら、半年戻らないでも同じ事だわな。納得はいかんが。ほんとに、いったい先生はどこ行っちまったんだよ。それくらいは聞いているんだろ?」
保科の問いに、高遠は目を閉じ無言で首を横に振る事で回答した。
「嘘だろ……いったい、どういう経緯でいなくなる事になったんだよ」
高梨が雑賀をちらりと見て、雑賀の口から話すように促した。
会派から電話が入り、遠征中止を通告された事、そこで高梨を呼びに行かされた事、戻って来たらどこかと電話をしていた事、雑賀の目線で感じた事も含めて全て話した。
「俺は、会派が誰か調教師を紹介してくれて、その方の所に研修に行ってるんだと思うんです」
「誰かって? 潮騒会の調教師はうちの先生しか竜障害に参加してねえぞ? 誰も参加しねえから、うちの先生に白羽の矢が立ったんだぞ。まさか、競竜の先生のとこか?」
「どうなんでしょうね。師匠の先生のところとか」
「馬鹿たれが! あの先生の師匠はもう天国に旅立っちまってるわ。縁起でもねえ事を言うんじゃねえよ」
雑賀が騎手候補として競竜学校を卒業する時、諏訪の師匠はわざわざ土肥の競竜学校まで祝いに来てくれた。数年前に引退したという話は聞いていたが、まさか亡くなっていただなんて。雑賀としては、むしろそちらの方に驚いている。
きょとんとした顔の雑賀を見て、高遠が鼻を鳴らした。
「あの時、俺と先生しか葬儀に行かなかったもんな。そういえば雑賀君にはその話してなかったね。確かあれは、引退して二年後だったかな」
「そんな話は今はどうでも良いんだよ。さっきの雑賀の話だと、相手は年上みたいだったって事なんだよな。兄弟子みたいな先生ってのはいるのか?」
「いるにはいるんですけど、その先輩って八級ですよ」
「八級じゃあ、呼び出されても研修にはならんかもなあ。ほんとに、いったいどこに行っちまったんだろ」
保科と高遠が同時にため息をつく。
「で、高遠、どうするんだ?」
「とりあえず、考えていた二つ目の手を打ちますか。大熊先生から助言をいただいた手を」
何も手を打たないよりはマシ、そう言って高遠と保科は頷き合った。
◇◇◇
翌日、高遠は日勤の厩務員を会議室に集め、事の次第を説明。その上で、正式に先生とは別に自分たちで敗戦の原因を探って行こうという話をした。その時に集められたのは保科の他に、高梨と坂崎の二人。
「やっぱり、先生って敗戦の傷心で失踪したわけでは無かったんですね」
「当たり前だろ。高梨、お前だって結構長く付き合ってるんだから、そうでない事くらいわかるだろ」
「いやあ、薄々そうじゃないかとは思ってはいたんですけどね。でもほら、保科さんが変な事言うもんだから」
からからと笑う高梨とは対照的に、坂崎は少し不機嫌そうな顔をしている。
「もし、そういう話やったんだとしたら、別に隠すような事やなかったんとちゃいますか? もしかして、他に何かあるんですか?」
「他に何かって?」
「例えば、会派と追放の話で揉めているとか。ここまで半年、うちらは一円も稼げずに、ただただ費用だけがかかってますよね。そんで会派がうちらを不良物件扱いしてきたいう事では?」
「……凄ぇ妄想力だな。俺、全くそんな可能性考えてなかったわ」
高遠は苦笑いなのだが、坂崎は至って真剣。すると保科まで真剣な顔で「どうなんだ?」と高遠にたずねた。
「可能性が無いとは言いません。だけど限りなく低いと思う。会派ってのはその部門の総額で見るから、半年、一年結果がでないと言って首を切るような事はしませんよ」
「競竜と竜障害で、別に会計していて大赤字という判断をされたという可能性は?」
「うん。ですから無いとは言いませんって。ですけど、会派という大きなくくりで言えば、そんな損失微々たるものですよ。そういう話でいけば、仁級の厩舎なんて全員赤字なんですから」
「ただ、話の筋はそこではない」と言って、高遠は話題を無理やり変えた。
「今のところ、うちらが大敗した理由が全くわからないんだよ。それを皆の頭脳を寄せ集めて、これから探って行きたいんだよ」
だが、その高遠の言葉に、高梨と坂崎は「そんなの、わかるわけがない」と言って顔をしかめて首を傾げてしまった。
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