第20話 初陣
ついにこの日がやって来た。
ここ岡山競竜場に来て四か月。やっと初めての出走にこぎつけた。今節の開催は平特『赤穂特別』。
競争で公正を期すために、騎手は前日に調整棟といわれる寮のようなところで過ごす事になる。ほぼ自由に過ごす事はできるのだが、禁止されている事もある。当然、喧嘩などはご法度なのだが、それ以外に外部との接触が禁止されている。もちろん携帯電話の持込みも不可。わずか一晩だけであるが、電脳も触る事が許されていない。もし違反すれば、問答無用で一節出場停止という処分が下される。
初めての競争で緊張している雑賀は、篠原、長井と共に言葉数少なく部屋の隅で小さくなっていた。その姿ですぐに初出走だと気付かれたようで、先輩の騎手たちがからかってきた。
どうしても勝負の世界であるから、口の汚い者というのはいる。やれ「緊張で小便漏らすなよ」だの、「ぶるって竜から落ちるなよ」だの、「こっちに迷惑かけてくるんじゃねえぞ」だのと言って大笑いしている。
「福間、新人いびってなんか楽しいんか?」
一人の騎手が後ろからそんな言葉を投げかけた。
「なんや、小早川。何ぞ文句でもあるんか?」
「お前、さっきからうっさいねん。黙って聞いとればごちゃごちゃと。お前かて初戦はブルブルにブルっとったやないか。よう人の事が言えるな」
「なんやと、貴様!」
福間が小早川の胸倉をつかむ。
「なんや、この手ぇは。出場停止になりたいんか?」
「ワレ、そないに新人の前でええ恰好がしたいんか?」
「そんなんとちゃうわ、ボケ。ごちゃごちゃうっさい言うてんねん」
一触即発の雰囲気に、雑賀たちが慌てて二人の間に入る。それで周囲もマズいと感じたようで、二人の仲裁に入った。さすがに、これ以上大ごとになったら困ると思ったようで、二人とも大人しく矛を収めた。
読んでいた本を手に部屋に戻ろうとする小早川の下に、雑賀たちが駆け寄る。
「あの、先ほどはありがとうございました」
「なんや勘違いしとるようやけど、お前らのためにやったんとちゃうわ」
小早川は三人の顔も見ずに自室へ向かってしまった。
翌朝、食事を取った後で体重測定が行われる。
騎手には斤量というものがある。同じ競争に出るにしても、地一級の騎手と地二級の騎手では斤量が異なる。当然地二級の騎手の方が軽い。さらにそこから、参加初年度の騎手は特別に斤量を軽くしてもらえる。斤量を軽くしてもらえるのは良いのだが、その分節制しないと簡単に斤量を越えてしまう事になりかねない。
なんとか体重を維持できており、雑賀たちはほっと胸を撫でおろした。
まずは第一競走。早くも篠原の出番がやってきた。
篠原は発走後から果敢に先頭を走り、最終角までなんとか先頭を維持。だが、そこで力尽きてしまい、最後の直線で失速。結果は八頭中の六位。
一競争挟んで第三競争。次は長井の出番。
長井は篠原を見ていたせいで、先頭では無く三番手を維持した。だが向正面の反転角で二頭に抜かれ、その後なんとか必死に食らいついていくものの、最後の直線で息切れ。結果は七位。
そして、第四競争。雑賀の出番となった。
調整棟を出ると、目の前は下見所になっており、そこで厩務員が竜に引き綱を付けて曳いている。その竜に騎手が乗り込み、一枠から順に競技場に向かって行く。
競技場に入ったら、まずは出走展示。競技場の途中の柵が外され、途中まで走ってそこで正面直線に戻ってくる。
展示が終わると、各竜は一旦、発走地点横にある装丁場に戻ってくる。ここで竜に異常が無いかを確認し、もし異常が見つかれば、その時点で棄権を申請する。
「持久力に欠ける竜だから、なるべく道中はゆったり追走させ、後半に勝負をかけよう」
諏訪からの指示に無言で頷く雑賀。
保科に手伝われて『キキョウメング』の背に乗せられた鞍に跨る。『メング』の気合いは十分。力強さのようなものを感じながら、ゆっくりと競技場へ竜を歩かせて行く。
一頭一頭、発走機に収められ、各騎手が全身を発走に集中させる。
グポン
発走機が開くと同時に、全竜が一斉に走り始めた。
まずは直線。少し行くと最初の鉤角となる。約百度に折れる鉤角を曲がると、すぐに次の鉤角がやってくる。この時点で雑賀は八頭中六番手。
二個目の鉤角を曲がると登坂障害がやってくる。最初の登坂は低く長い、二つ目の登坂は短く急。
二つ目の登坂障害を飛び降りると、緩い反転角となり、それを超えると向正面。ここまではかなり順調で、『メング』も手応え十分。
向正面には飛越障害が三つ設置されている。竹柵(=竹箒が並んで置かれている)、生垣(=土塁の上に柾が植えられている)、水濠(=低い生垣障害の奥に浅い水堀)の順で飛び越えていく。
無事三つの飛越障害を飛び終えると、次は急な反転角。その後、二つの鉤角を曲がり、二つの反転角を連続で曲がるつづら折り。
そのつづら折りを越えた辺りからが勝負所となる。鉤角を二つ曲がり、最後の直線。
雑賀が腰から鞭を取り出し、『メング』に見せる。ところが、『メング』は加速の体勢である前傾姿勢を取ってはいるものの、全然速度が上がらない。
「お、おい! 嘘だろ?」
最後の直線に入ろうとしたところで、あっさり後ろの二頭が追い越していく。
「なんでだよ! おいったら!」
手綱をしごいても、何度鞭を見せても、全く速度が変わらない。前の竜がみるみる遠く離れていく。すでに残りの七頭が終着した中、ポツンと一頭終着板を駆け抜ける事になった。
大差シンガリ負け。
諏訪厩舎の初戦は、ほろ苦いどころか、絶望的な着順であった。
よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。




