第19話 出走登録
まもなく五月。開業から四か月が経過し、諏訪厩舎はやっと初出走にこぎつける事となった。どうやら、大熊、鮎川の両厩舎も同様らしく、通りを歩く厩務員たちの鼻息が荒い。
厩舎の事務室の執務机に申請書という札の貼られた小さな棚がある。その中から出走登録の紙を一枚取り出し、厩舎名、騎手名、竜名、競争名に記載をし、鼻歌混じりで諏訪が事務棟へ向かって行った。
「雑賀君、どうなの? 二か月調教してきて。調教場で他の竜を見てるんでしょ? それこそ天二級の厩舎の竜を間近に見たりとかできてるよね?」
「どうなんでしょうね。正直なところを言うと、天二級とうちと、竜にそこまで差があるように思えないんですよね。確かに小回りが効いているなとか、障害への慣れが段違いだなというのは感じますけど」
「それは何、全体的な速度では負けてなさそうって事? だとしたら、初戦から結構やれるかもしれないね」
高遠主任はお気楽に笑っているが、乗り役である雑賀はそこまで楽観視はできなかった。むしろ、何かが変だと、違和感のようなものが徐々に湧いてきている。
「そういえば、ちょっと気になってるんですけど、厩務員さんたちの竜具装丁の訓練ってどうするんですか?」
「先生の話では、地一級に昇級できたら始めるって言ってたよ。地二級のうちは平特しか出れないから、竜の交換なんてしないからね」
「でも思うんですけど、急にやれって言われて、やれるもんなんでしょうか。今から徐々に訓練しておかないといけなかったり、するんじゃないのかなって俺は思うんですけど」
高遠は事務作業の手を完全に止めて、指を組んで雑賀の話に耳を傾けた。
「なるほど。それ、先生には言ったの?」
「いえ、まだ。その前に高遠さんはどう思うのかなって」
「で、あわよくば俺に先生を説得してもらおうと」
にっと笑う高遠。考えが見透かされていたと感じ、雑賀がポリポリと鼻を掻く。
「俺も地二級のうちから徐々に訓練する必要はあるとは思ってる。だけどまだ時期尚早って思ってるんだよ。坂崎と楓ちゃんの二人は、やっと竜具の装着に慣れてきたところだぞ。今それを急かしてみろよ。絶対に事故になるって」
「じゃあ、来年くらいから始めるという感じなんですか?」
「来年……そうだね。来年くらいになっちゃうかもしれないね。そこはね、保科さんの判断に委ねてるんだよ」
「納得いかないか?」とたずねる高遠に、雑賀は言葉に詰まってしまった。
「わかってるよ。大熊厩舎と鮎川厩舎は徐々にやってるのに、何でうちはって言いたいんだろ? 他所は他所、うちはうち。もしかしたら、この判断が後々正解だったって事になるかもしれないんだから。もちろん、逆もありえるけどね」
そんな話をしているところに諏訪が帰ってきた。能天気にも出走登録受付証を見せ付け、「もう後戻りはできないぞ」と言って笑い出した。
◇◇◇
それから数日後、いよいよ初戦となる『赤穂特別』の予選の日程が公表となった。
開催の一節は二月単位。前半の一月が予選で、この期間は毎週出走する事になる。だが、規約で同じ竜は二週連続して出走させられない。そこで一週毎に竜を代え、三頭いる竜を交代で出走させる感じになる。
競争は八頭で行われ、一着十点、二着六点、三着四点、四着二点、五着一点という点数が振られる。最終的に四週間での獲得得点の上位三十二人が翌月の準決勝に駒を進める。準決勝は四戦行われ、各競争の二着まで、計八人が決勝に残るという仕組みになっている。
「なんやろ? 出場してる厩舎の数が少ないような……」
開催表を手にした石川が真っ先にそう感想を口にした。
「そら岡山に所属する厩舎の数見たらねえ。こんだけ空きがあるんやもん。これでもここの競竜場に所属する半分近い厩舎が参加してるんよ?」
「他もこんな感じなんですかね。それともこの競争だけがこんな感じなんですか?」
そんな風に聞かれても、残念ながら三村もそこまで他場の事情に精通しているわけではない。代わりに保科が回答した。
「うちらは開業先って協会から一方的に指示されたんだよ。だけど、最初に競竜から来た人たちは希望が出せたらしいんだよ。ところが、その多くは富士と鈴鹿。結果的にその二か所に厩舎が集中して他は……って状況になったんだって」
「ええ、そんなん狡いやないですか。何で最初から『希望はあくまで希望や』ってやらへんかったんでしょうね」
「最初は『来ていただいた』扱いだったそうだからな。やっぱ止めたって言われたら、最悪開催が数年先延ばしになる事だってあったんだって。しかも岡山は断トツで希望が無かったんだとよ」
保科の説明のあんまりな内容に、三村も石川も呆れて感想も出なかった。
「でもお二人さん。ものは考えようだぞ。それって事はだ、ここの競竜場が得意な人が相対的に少ないって事になると思うんだよ。基本、平特ってのはそこに所属した厩舎と対になる競竜場の厩舎が参加する。つまり……」
「あっ! 地一級に上がりやすい!」
「そういうこった。地一級になれば、他所の競竜場への遠征も頻繁になる。地二級だと平特しか出れないから、遠征って言っても鈴鹿、せいぜい阿蘇だ。だから、さっさと地一級に上がらないとな」
問題は現状でどの程度通用するのか。それに関してはやってみなければわからない。保科もそう回答するしかなかった。
「ああ、週末が待ち遠しいですね!」
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