第15話 開店休業
「ああ、くそっ。応募に全然人が来やしねえ。ここに来て厩舎開いてもうすぐ一月だぞ。どうするんだよ、これ……」
「大熊さんはまだ良いですよ。騎手だって決まったんでしょ? うちなんて調教助手すら決まらないんですよ? 決まってるのは一緒に付いて来てくれた本庄主任だけ。後は騎手の長井。全っ然っ応募が来ないんですから」
「そうだよな、鮎川は厩務員を一から集めるんだもんな。うちらよりどうしようもないよな」
「はあ……」と大きなため息を付きながら、おっさん二人が珈琲を口にする。どういうわけか、大熊調教師も鮎川調教師も、すっかり諏訪厩舎に入り浸りとなってしまっている。
二人の厩舎の騎手、篠原、長井や、柿崎主任、本庄主任も、自厩舎にいるより諏訪厩舎にいる方が多いのではと思うくらいである。
「うちはあまりにもどうにもならないので、会派に言って、競竜の厩舎に話をしてもらって人を斡旋してもらうようにしましたよ。それでやっと紀三井寺から二人。やってられないですね」
「会派か。その手があったな。とりあえずダメで元々、うちも会派にかけあってみるか。もし仮に予定より多く応募があるようなら諏訪くんたちにも融通するよ」
「ありがとうございます。双竜会さんなら、うちと違って規模が大きいですから来てくれる人も多いかもしれませんね。うちの潮騒会はどうにもダメですね。本社の社員は偉ぶってるだけで全然頼りにならなくて。ああ、思い出したら腹が立ってきた」
眉を寄せて怒りを顔に出して珈琲を飲む諏訪に、大熊も鮎川も苦笑いであった。
そんな厳しい現実に悩むおじさん三人を横目に、騎手の三人は週末に行われた競争についてあれこれと話をしていた。
各競竜場では、毎週末何かしらの競争を行っている。竜障害は一頭の竜が超長距離を走るため、同じ竜は連続して出走させてはならないという規定となっている。
開催日程は事前に決められており、二月間を一節として勝者を決定している。一月二月であれば、ここ岡山では『山陽賞』が開催されている。他場では、十勝で『生産監査会賞』、名取で『岩沼特別』、茂木は『真岡特別』、富士が『金杯』、鈴鹿が『安濃津特別』、阿蘇では『新春杯』、大鵬湾では『林辺特別』が開催されている。
ひとえに重賞と言っても、競争には格というものがある。格付けは上から特一、特二、特三、準特、平特。現在開催されている重賞では『生産監査会賞』が特二、『新春杯』が特三、『山陽賞』『金杯』が準特、残りは平特という格付けがされている。
「しっかし、重賞とはいえ、こんな山の中によくあれだけの人が来るもんだよね。正直ちょっと舐めてましたよ」
「本当だよね。俺もさ、会派から話があって小田原からここに来た時は、あまりの環境に愕然としたものな」
「あれ見ちゃうと、がぜんやる気が出てきちゃいますよね」
「お! よし、雑賀君、じゃあ、お昼の前に調整棟で汗を流してこようか。長井君も一緒にどうだい?」
良いですねえと言い合って、雑賀たちは事務室を後にした。そんな三人の背に大熊が「若いねえ」とぼそっと声をかけた。
◇◇◇
調整棟は三階建てのそれなりに大きな建物で、競争前の騎手がここで過ごす事になっている。中には宿泊部屋、風呂、食堂、修練部屋、談話部屋などがある。普段は出入り自由。騎手以外も利用しても良いが、機材使用は騎手優先。そして、公正競争の観点から手荷物等の持込みは厳禁となっている。財布、携帯電話なども全て入口で預ける事になっている。
修練部屋には様々な機材が置かれおり、筋力を増やす機材や、持久力を上げる機材など、様々な機材が置かれている。木馬と言われる、実際の竜の乗り心地を模した機材は非常に人気で、複数台置かれる。その中で、三人は足元のゴム板が回転する持久力を上げる機材を稼働させた。その上で足を前後させる事で走っていると同じような効果があるという代物である。
「先生たち、だいぶ苦戦してるみたいですね。うちの鮎川先生、出てきて郵便受け開いてため息っていうのが朝の日課になっちゃってますよ」
「残念だけど、俺たちは何もしてやれないからね。競竜学校では調教師と騎手は二人三脚なんて習うけど、こればっかりはね」
「俺たち、いつになったら竜に乗れるようになるんでしょうね……」
機材の上で走りながらため息を付く長井。そんな長井に篠原が「焦ってもしょうがない」と声をかけた。
「先生は先生のやる事をやってるんだ。俺たちは俺たちで、今できる事をやるしかないだろ。確かに無下に一月過ごしたように感じるけど、そのうち人も来るし竜だって来る。全ては時間が解決してくれるよ」
若さゆえに士気が衰えがちになる長井を中央にいる篠原が慰めた。すると長井の反対側で走ってる雑賀も小さくため息をつく。
「でもですよ、篠原さん。人を採用してもそこから一週間研修なんですよね。しかも未経験者だとそこからさらに一週間でしょ。これじゃあ、本当にいつ本格的に稼働するのやらって思いますよ」
「焦るな、焦るな。雑賀君、よく考えてみろよ。俺たちはここで体を作るっていう仕事があるじゃんか。だけど、厩務員の人たちなんて、やる事無いから毎日竜房の掃除で完全に腐ってるんだぞ。俺たちは厩務員で清掃員じゃないってぼやいて」
篠原の言う大熊厩舎の状況は、諏訪厩舎も全く同じだった。高梨も仁科も「これ以上どこを掃除しろと言うのやら」とぼやいているし、保科に至っては「竜が来たらあまりの綺麗さにびっくりする」なんて悪態をついている。
「お二人はまだ良いですよ。厩務員さんの顔が見れるんですから。うちなんて先生と本城さんと俺だけなんですよ。それで一月過ぎちゃったんです。焦るなって方が無理ってもんでしょ」
「そっか、鮎川厩舎は完全な新規開業なんだもんな。長井君はさ、鮎川先生から竜障害に行きたいって言われた時、正直どう思ったの?」
「競竜学校に入った時に最初に書面を書かされるんですけど、その中に竜障害を希望するかという項目があったんですよ。後から聞いたら、それに丸付けたの、俺の他は二人だけだったんです。で、その三人が見事に竜障害に」
雑賀と篠原は「竜障害、必至すぎ」と散々笑った後で、長井の肩を無言でポンポンと叩いた。
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