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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第14話 新人調教師

 水道が錆び付いているという指摘を受け、事務棟は業者を呼び、蛇口の錆び取りをしてくれた。諏訪厩舎の周囲は空き厩舎がいくつもある。もしかしたら想定よりも全く調教師が集まっていないのかもしれない。

 当然、水道の錆び取りを使っていない厩舎全てに施しても、使う時にはまた錆び付いてしまう。その為、作業は諏訪、大熊の両厩舎だけだと思っていた。ところが、空いている厩舎の一つの錆び取りも行っていった。

 その理由は一週間後に判明する。


「鮎川友長と言います。新規開業という事で、至らぬ点は多々あると思いますが、よろしくお願いします」


 諏訪厩舎にやってきた鮎川は、新人騎手の長井と二人で丁寧にお辞儀した。

 大熊が珈琲を飲みにやって来ていて、そこに鮎川がやってきた。先に大熊厩舎に挨拶に向かったら、ここだと柿崎主任に案内されたのだとか。


 鮎川の話によると、昨年末に競竜学校で研修を終え、雑賀たちが上尾で研修を受けていた頃、すでに開業している厩舎で実地研修を受けていたらしい。


「へえ。競竜と一緒に競竜学校を使わせる事になったっていうのは聞いてたけど、そうかあ、竜障害に参加する事を目標に競竜学校に行く人も出たのか」


「俺たちが一期生って教官は言ってましたね。実は二年前から募集していて、本来俺たちは三期生になるはずだったけど、応募が無かったんだそうで」


「それは何、人気が無かったって事?」


「いえ。試験の内容がわからなかったので、合格者が出なかったんだそうですよ。うちらの年には、こんな試験が出ますよっていうものが発表になって、それで三人合格者が出たって感じです」


 大熊と鮎川がそんな話をしている横で、諏訪が鮎川と長井の珈琲を淹れている。ついでに自分の分のおかわりも淹れているので、濾された珈琲が大きな瓶のような硝子瓶に溜まっていく。上に置かれた容器から珈琲が滴る度に、事務室内に酸味のある良い香りが漂っていく。


「鮎川さんは、どこの会派なの? 競竜と一緒で新人も会派の支援でやるんでしょ?」


「俺は山吹会ですね。お二人はどちらなんですか?」


「俺はそこの会旗見てわかるように潮騒会、大熊さんが双竜会。そっか、山吹会さんなんだ。あそこもうちと一緒で連合に入って無いから何かと大変なんじゃないの?」


 思わず苦笑いする鮎川の表情で、何となくだが、鮎川も自分と同じで会派の意向で竜障害に来たのだろうなという事が察せられた。鮎川もそれについては何も語らず、諏訪の淹れた珈琲を口にした。


「しっかし……ここはなまら田舎ですね。うちの実家の周囲は牧場だらけですから人の事は全然言えないですけど」


「ほんとだよな。先日、吉永駅の隣の和気駅で一軒居酒屋を見つけたんだよ。それがさ、行ったらびっくり。お客さんが全員竜の話をしてやがんの。隣の駅の居酒屋だぞ? しかもまだ吉永駅では居酒屋が見つからないんだよ」


「ええ! そうなんですか! 何それ……」


「だからさ、みんな麦酒の缶を大量に買い込んで冷やしてあるか、岡山駅の方まで行って呑んでるんだよ」


 鮎川は先日ここに来たばかりで、まだどのような場所かわかっていないらしい。諏訪の説明に絶望的な顔をしている。しかも買い物も車で和気駅まで行っている。おまけに酒のつまみも車で買いに行っていると大熊が説明すると頭を抱えてしまった。


「そんな状況で厩務員なんて募集して、来て貰えるんでしょうか?」


「岡山と姫路、福原に募集かけてるんだけど、一番期待してた福原からの応募は無いね。姫路も無かった。岡山からちょろちょろって感じ。それで今、津山にも募集をかけてる」


「で、状況の方は?」


「まだ全然。でも、やっぱり厩務員経験者の応募が無いのは痛いね」


 諏訪の口から語られる絶望的な話に、鮎川は特大のため息を付いた。なんで赴任先がここだったのやらと恨み言が思わず口をつく。


「そういえば、さっき新人が三人って言ってたけど、他の人はどこだったの?」


「一人は北国十勝、もう一人は豊日の阿蘇ですね。十勝は俺も知ってて、一面見渡す限りの放牧地のど真ん中にポツンと競竜場がある感じなんですよ。最初に岡山って聞いた時には、あそこよりはマシだと思っていたんですけどね」


 すると二人の会話を聞いて大熊が大笑いした。あまりにも笑い過ぎて、珈琲を零しそうになり、慌てて机に置いた。


「俺、先日呑み屋で他の先生に聞いたんだけどさ、阿蘇も酷いらしいぞ。一番のハズレはもちろんここらしいんだけど」


「え? そうなの? なんかあの時の説明では、近くに温泉街があって、それなりに集客が良いって言ってませんでした?」


「確かに言ってたね。問題はその温泉街が阿蘇山の麓で、競竜場まで鉄道で結構な距離を乗って行くって事なんだと。まあ、それはここも全く同じだけどな」


 大熊が大笑いする横で、諏訪は苦笑い。鮎川は呆れ顔をしている。そんな三人に、少し離れたところで聞いていた雑賀が口を挟んだ。


「でも大熊先生、温泉があって呑みに行けるんだから、ここより全然良いじゃないですか」


「まあな。だから言っただろ、一番のハズレはここだって。でもよう、鈴鹿と富士、大鵬湾は環境が良いらしいぞ。何せ都市から近い上に、競竜場の近くに寮も酒場もあるんだそうだ」


「おかしいなあ。ここも大都市岡山に近いはずなんですが。で、残り二つの名取と茂木はどうなんですか?」


「その二か所はそこそこだと聞いたな。それこそ可もなく不可もなくって」


 なんでこんなところの競竜場を、わざわざ改修までして開業に踏み切ったのやら。そう言って大熊は首を横に振った。もはや鮎川は言葉も見つからないらしい。そんな二人の肩に諏訪はポンと手を置いた。


「逆に考えましょうや。どこに遠征してもここよりは良いってな具合に」

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