第11話 研修開始
翌日から、竜障害協会本部の大会議室で研修が行われた。
竜障害に挑戦しようという人は諏訪だけじゃないようで、他にも幾人かの調教師が参加している。
その中に前橋競竜場に所属していた大熊護秀という調教師がいた。同じ東国の八級調教師だったという事で、諏訪と大熊はすぐに意気投合。初日の研修が終わるとすぐに呑みに行こうという話になった。
「諏訪さんは国はどこなんです?」
「信濃ですね。信濃って南北に長いんですけど、南の方です。大熊さんは?」
「俺は越後の直江津。越後は東西に長いんだけど、西の方だね。越後っていうと米って思うだろうけど、うちは味噌が有名なんだよ。もちろん酒もね」
大熊が麦酒の瓶を左右に振ると、諏訪は大笑いした。
「諏訪さんのとこは、厩務員三人も付いて来てくれたんだね。羨ましい限りだよ。うちなんて主任の柿崎さんと筆頭の小国さんが渋々付いて来てくれただけで、他の厩務員は全員ダメだった。騎手にまで断られちまったよ」
「全員ですか? またどうして?」
「話をしてから、厩務員の中で残るか付いて行くかで揉めちゃってね。最終的に団結されちゃったんだよ」
「やっぱり。うちもそうなる事を危惧してギリギリまで言わなかったんですよ。それでも半分以上脱落です」
大熊も最後まで公開時期は迷ったらしい。だが厩務員の中で噂になってしまい、公開に踏み切ったのだそうだ。
「稼げないかもしれない上に仕事も増えて、さらに競争にも参加しないといけない。どう考えても、付いて行ってもろくな事は無いって言われちゃったよ。会派の指示なんだから仕方ないじゃないかって言いたかったよ」
「じゃあ、大熊さんは渋々こっちに?」
「半分はね。でも興味はあったよ。一番下の級じゃなければ、少なくとも八級よりは全然稼げるからね。仮に世界戦に出れれば伊級の競争より全然賞金良いんだもん。夢はかなりあると思うんだけどね」
そう大熊は言うのだが、諏訪は苦笑いであった。すると大熊の厩舎で主任をしていた柿崎がそんな諏訪に麦酒を注いだ。
「厩務員はどうしても一番下を見ますからね。競竜と違って常に重賞に挑戦する感じでしょ。しかも一番下の地二級だと平特しか出れないでしょ。そこだけ見たら、最低保証が無くて競竜の仁級より酷そうって思いますよね」
「説明だと地一級に上がれば特三まで出走できるようになるって言ってましたよね」
「天一級の厩舎相手に特三で勝てるようなら、厩務員の士気は爆上がりでしょうけど。どうなんでしょうね。普通の厩務員は、やっぱりそれは難しいって考えるんじゃないですか」
「彼の方が余程道理がわかっている」と諏訪は大熊を笑い飛ばした。大熊はそんな諏訪に「柿崎には夢が無い」と指摘。冷静に現実を分析する事はもちろん重要だが、夢や希望を持たなかったら競争の世界はつまらないと。
「夢の話はともかくとして、現実問題、研修が終わってから人材募集して、その人材に研修させて、竜の受け入れして、そんな状況で初出走なんていつになるんでしょうね」
「それだよね。どう見積もっても準備に一か月はかかるんだよな。しかも、そこから竜を鍛えるって考えると。初出走は早くて五月。それまで全て会派からの支援金でやっていかないといけないんだよね」
「その間に厩務員に離脱なんてされたら目も当てられませんね。うちは調教助手が来てくれなかったから、そこも雇い直しですし」
諏訪、大熊の話を聞いて、柿崎と高遠が前途多難だと言い合った。
◇◇◇
研修は座学ばかり一週間。午前の部と午後の部があり、開始が九時半で、十一時半で休憩、十三時半に再開し、終了は十五時。そこで一旦解散になるのだが、どこの競竜場の所属になるかわからないため、どの人も単身赴任の形で来ている。そのため、夕方に再集合して居酒屋へ直行となってしまう。駅の近くに串焼き屋があり、そこでかしら串と串餃子、麦酒を注文するのが日課になってしまっている。
最終日近くになると、すっかり諏訪と大熊は打ち解けて、まるで十年来の戦友のようになっていた。
「いよいよ明日配属先の発表かあ。一週間が一瞬だったなあ」
「ですね。大熊さんはどこの配属を希望しているの?」
「そうだなあ。やはり大きな重賞の行われる鈴鹿か富士かな。ああいう大きな大会を毎年目の前で見れたら士気みたいなものが上がると思うんだよ」
「なるほどね。確かに、それはありますね。それなら富士が良いかもしれない。毎日富士山を間近に見ながら調教したり競争したりできるってのは嬉しいかもしれない」
調教師二人がそんな話をしているせいで、厩務員たちも好き好きにあっちの競竜場が良い、こっちの競竜場が良いと言い合っている。
竜障害の競竜場は全国に八か所。北から十勝、名取、茂木、富士、鈴鹿、岡山、阿蘇、大鵬湾。十勝が北国。名取、茂木、富士、鈴鹿が東国。岡山、阿蘇が西国。大鵬湾が南国。厩務員たちが名を挙げているのは、茂木、富士、鈴鹿。全員が東国の出身であり、やはりそこは同じ東国が良いらしい。
その日は全員が、来週からの自分たちの赴任地に思いを馳せながら期待と不安の中、麦酒を傾けた。
◇◇◇
そして翌日。
その日は講習は無く、一人一人に研修終了の終了証が手渡された。全ての人に終了証が行きわたったところで、大会議室に協会の理事長が現れた。
理事長は田中吉雄というらしく、年齢はまごう事無き老人。非常に体格が良く、顔も丸顔、頭髪は真っ白で、毛量はかなり寂しい事になっている。
まずは長々と話をされる。その後、調教師だけが呼び出され、会長の前に整列させられた。最初に大熊が呼ばれる。
「大熊護秀。貴殿に岡山競竜場への配属を命ずるものとする」
その瞬間、大熊厩舎の面々が互いに顔を見合わせた。その顔は一様に戸惑った顔。後ろ姿しか見えないが恐らくは大熊本人もかなり戸惑った顔をしているのだろう。
その後、二人の調教師を挟んで、諏訪の番になった。
「諏訪昌頼。貴殿に岡山競竜場への配属を命ずるものとする」
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