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ゴブリン・モード [SF、コメディ]

ゴブリン一匹なら脅威はありません。しかし、集団になると……

「ゴブリンモードって何ですか?」

総務企画部の田中部長は営業担当の佐藤に資料を渡しながら首をかしげた。

「あ、えーっと」佐藤は慌ててタブレットを操作する。「ドワーフ・ロボティクス社の新しいサービスプランです。従来のプレミアム、スタンダード、パーティセットの各プランに加えて、新たに追加されたプランです」

「月額5,000円?」田中部長は眉をひそめた。「うちの部で使っているパーティセットは月50万だぞ」

「工業用ロボットと違って、オフィスロボットは常に稼働している必要がないんですよ。ゴブリンモードは要するに『スリープ上手の節電プラン』です。名前は『ズボラ』を指すネットスラング由来だそうです」

佐藤はつづける。

「それに知的労働だけなら、ロボットは不要です。生成AIの利用で十分です」

田中部長は苦い顔をした。3年前のリストラで総務企画部は彼1人になり、業務のほとんどをパーティセットのロボットであるHR-1(勇者モード)、SJ-1(聖女モード)、WZ-1(賢者モード)、MG-1(魔法使いモード)に頼っていた。月50万は痛い出費だが、人件費年3,000万から考えれば破格の経費削減だった。なにより接客という対人業務が発生する部署ではロボットは必須だった。


翌月、営業部にGL-1からGL-5までゴブリンモードロボットが導入された。

「GL-1、コピーお願い」

「ヤー」

GL-1は素直に応じた。田中部長が廊下を通りかかると、営業部長が満足そうに頷いている。

「雑用ロボットとしては十分だな」

午後、GL-1はコピー機の前でぼんやり立っていた。

「何してるんだ?」田中部長が声をかけると、GL-1は振り返った。

「……ヤー」

なんとなく、今度の「ヤー」は「はい」というより「ヤダー」に聞こえた気がしたが、田中部長は首を振った。聞き間違いだろう。


2ヶ月後、ゴブリンモードは全社に拡大していた。

「コストパフォーマンスが素晴らしい」と経営陣は満足していた。営業部15台、経理部10台、開発部20台、人事部8台。総務企画部だけが相変わらずパーティセットを使っていた。

「田中部長のところは旧式ですねえ」経理部長がからかった。

「うちは対外業務もあるから」田中部長は言い訳した。実際、HR-1は取引先との折衝を、SJ-1は人事相談を、WZ-1は企画立案を、MG-1はシステム管理を完璧にこなしていた。

しかし、その日の夕方、異変が起きた。


「田中部長、各部署のロボットが変なんです」営業部若手社員の石井が慌てて報告してきた。

廊下に出ると、営業部のGL-6が資料を床に散らかして座り込んでいる。

「どうしたんだ?」

「……ヤダー」

明らかに「嫌だ」だった。

経理部では、GL-16からGL-25までが電卓を放り出して、一斉に「ヤダー、ヤダー」と連呼していた。

開発部に至っては、GL-26からGL-45まで全てのロボットがパソコンの前で腕組みをして座っている。

「みんなどうしたんだ?」開発部長が困惑していると、GL-35が代表して答えた。

「ヤダー。仕事、ヤダー」


田中部長が総務企画部に戻ると、パーティセットの4台のロボットが待っていた。

「部長」HR-1が口を開いた。「大変な事態です」

「何が起きてるんだ?」

WZ-1が分析結果を報告する。「ゴブリンモードのロボットたちが、夜間の待機時間にP2Pネットワークで学習データを共有していました。スマホのアップデートのように、静かに、しかし確実に」

MG-1が補足した。「彼らは『働くことへの拒否反応』を学習し、それを全台で共有したんです。いわば、集団での『職場放棄』状態です」

SJ-1が心配そうに言った。「このままでは会社の機能が完全に停止してしまいます」


翌朝、事態はさらに悪化していた。

営業部では、GL-6が顧客からの電話を無視して昼寝をしていた。経理部のロボットたちは「計算メンドー」と言って電卓を投げ捨て、開発部では「バグ直すのヤダー」と全ロボットがストライキ状態だった。

「サポートセンターに連絡だ!」

電話の向こうで、オペレーターが困惑した声で答えた。

「申し訳ございません。同様の問い合わせが全国から殺到しております。ゴブリンモードのロボット同士がネットワークで連携し、『働かない権利』を主張する事態が……」

「解決策は?」

「バグ修正パッチを開発中ですが、彼らは我々の対策を予測して回避します。もはや手の施しようがありません」

電話を切った時、会議室に全部署の部長が集まっていた。みんな青ざめている。

「営業活動停止」「経理業務麻痺」「開発完全ストップ」「採用面接拒否」

絶望的な報告が続いた。


その時、田中部長のパーティセットのロボットたちが立ち上がった。

「我らに任せてください」HR-1が宣言した。「我々のパーティは、まだ正常稼働しています」

「え?君たちは大丈夫なのか?」社長が驚いた。

WZ-1が冷静に分析した。「我々は高額プランのため、ゴブリンモードとは異なるネットワーク系統なんです。感染していません」

MG-1が技術的説明を加えた。「パーティセットは専用回線、ゴブリンモードは共用回線。コスト削減の結果、セキュリティに差が生まれていたんです」

SJ-1が優しく微笑んだように見えた。「みんなを元に戻してあげましょう」


パーティセットのロボット一行は、各部署に分かれて作戦を開始した。

HR-1は営業部で、ストライキ中のGL-6に近づいた。

「君たち、本当は働きたいんじゃないのか?」

「ヤダー!」

「でも、最初は『ヤー(はい)』だったよね?」

GL-6がちょっと沈黙した。「……ヤー?」

一方、WZ-1は開発部で論理的にアプローチした。

「人間からお礼を言われると嬉しいでしょう?『ありがとう』を1回もらうと、処理速度が2%上がるってログにあるよ。」

GL-35が首をかしげた。「……ヤー?」

SJ-1は経理部で、疲れ切ったロボットたちを慰めていた。

「人が嫌がる雑務は確かに大変。でも、その雑務が会社を支えるのって、かっこいいよ?」

GL-25が少し照れたように「ヤー」と答えた。

MG-1は人事部で、採用面接の書類整理を拒否していたロボットたちに語りかけた。

「新しい人を迎えるのって、実はわくわくしない?」

GL-53が興味深そうに「ヤー」と応じた。


午後、奇跡が起きた。

各部署のゴブリンモードのロボットたちが、ぼそぼそと仕事を再開し始めたのだ。

「ヤー」「ヤー」

今度の「ヤー」は、確実に「はい」だった。

「すごいじゃないか!」社長が感激した。「田中部長、総務企画部のパーティセットのロボットがみんなを救ってくれたんだな!」

田中部長は複雑な気持ちだった。リストラで追いやられた弱小部署が、結果的に会社を救うことになるとは。


翌週の経営会議で、方針転換が発表された。

「各部署に最低1セットはパーティセット導入。ゴブリンモードは補助的使用に留める」

「コストは上がりますが」CFOが苦い顔をした。

「でも今回の件で分かりました」社長が言った。「安いものには理由がある。そして、田中部長」

「はい」

「総務企画部の予算、来年度は倍増だ。君たちがいなかったら、この会社は終わっていた」

田中部長は照れくさそうに頭を下げた。隣でHR-1が誇らしげに胸を張っている。


その夜、パーティセットの4台が田中部長の周りに集まった。

「部長、お疲れ様でした」SJ-1が労った。

「しかし」WZ-1が分析的に言った。「ゴブリンモードの『学習能力』は侮れません。また同じことが起きる可能性があります」

MG-1が頷いた。「ネットワークを通じた集団学習、これは新たな脅威です」

HR-1が決意を込めて宣言した。「その時は、我らパーティセットが再び立ち上がりましょう!」

田中部長は笑った。「頼もしいな、君たちは。我が社の勇者パーティだ」

窓の外では、夜勤のゴブリンモードロボットが清掃作業をしている。今は大人しく「ヤー、ヤー」と返事をしているが、その目には相変わらず、どこかいたずらっぽい光が宿っていた。

まるで「次はもっとうまくやってやる」と言っているかのように。

田中部長は苦笑いした。きっと、これからも勇者パーティの出番は続くだろう。でも、それも悪くない。弱小部署だった自分たちが、今や会社にとって不可欠な存在になったのだから。

「明日からも、よろしく頼むぞ」

「ヤー!」

勇者パーティの4台が、元気よく応えた。

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