8話【タケちゃんVSアルフォンスさん】
「よし!!完璧!!」
「ば、ぶ……」
ローズマリーを背負って、両肩にかかる紐をしっかり胸の前で結べばいい感じ。
保育園でバイトしてた時におばあちゃん先生から教わったことがこんなところで役立つとは思わなかった。
何事も経験ね。
もういい匂いがしてるキッチンに足を運び入れると、
「タケちゃん!!何か手伝うことある?」
「ロ、ロ、ロ、ローズマリー様!?何てお姿に!も、もうしばらくの辛抱でっせ……」
この世界にはおんぶ紐がないのか、紐で縛られてると勘違いしたアルさんは顔面蒼白。
私の背中で裸でオムツ姿になったローズマリーがゆさゆさ揺さぶられるのを見てアルさんが卒倒しそうになっている。
「大丈夫ですよ、落としませんから」
「おんぶ紐?あんたそれ作ってたの?ほんと裁縫だけは得意で…ってか聞いて?このおっさん人生で1回も包丁握ったことないらしい」
「えっ!?」
人生で1回も包丁を握ったことない方がヤバいと口角が引き攣ってしまう。
タケちゃん曰く何も出来ないアルさんの首を絞めあげて問いただしたら、家事全般何1つとしてやったことがないらしい。
怪訝な目で見てしまった私に気がついたアルさんは、
「当たり前やろが!!ここはシューキュー王国やねんから!!」
何がおかしいんだとばかりに大声を上げたけど、その言い方からしてどうやらこの国は男性優位の国みたい。
まぁ日本でも令和からやっとギリ平等になったみたいなものだし、この世界ならまだその価値観でも仕方ないのかな。
「はぁ?知らないわよそんなこと」
溜まった鬱憤を晴らすようにアルさんはこちらを睨んでるけれどタケちゃんには何も通用しない。
__それにしてもここは〝シューキュー王国〟って名前なのね。
そしてやっぱりここは王族の住む宮殿……っていうよりお城ってわけだ。
聞いたこともない国の名前に、やっぱり元いた場所とは全てが違うんだと確信して、まだまだ何もわからない状況だけど少しずつアルさんから情報を聞き出していかないとと気が引き締まる。
「どうでもいいから早く取り皿並べてよ」
「さ、皿まで俺に並べさせるんか?皿くらいならジブンが……いや、そないなことより人数分に分けてや?気ぃ利かせて___」
「お前が1番気ぃ利かせろやジジイ!!!」
アルさんに任せるのもめんどくさいから私がお皿を並べようかと言おうとするけどタケちゃんがそれを許さない。
……果たしてこの人がこの調子で私達がここに来た事情を聞き出すタイミングなんてあるのだろうかとため息をつきながら私は鍋をかき混ぜた。
「何もしないんならお前の分は無しね、腹空かせたままでいな!!」
「な、な、何でやねん!?何でそうなるん!?」
……あーあ、完全に怒らせちゃった。
タケちゃんはダメと言ったらダメ、絶対に譲らないんだから本気で謝らないと許して貰えないのに。
2人の様子を見守っているとタケちゃんは私からオタマを奪い無言でポトフを器によそったかと思うとスプーンですくって味見をした。
「美味いわぁ……我ながら染み渡る美味さだわぁ……でもおっさんの分は無いけどね、ほらわかちゃんあーん」
私にまで味見させてくれて、タケちゃんが節約することも無く好き放題具材をゴロゴロ入れたせいか本当に美味しくてビックリする。
こんなに美味しいのに食べられないだなんて勿体ないなぁ……。
しかもタケちゃんはこの短時間で作ったとは思えない程大きなお皿にありとあらゆる料理を乗っけていて、ポテトサラダとヒレカツにエビフライ、肉じゃがにハンバーグ……オムレツまである。
それを見ていたら私のお腹まで盛大に鳴ってしまい、背中のローズマリーも食べたいのかヨダレを垂らしている。
「さすが大きいお城なだけあるね……お金持ちすぎる……こんなに食材使ってもまだあるってこと?」
「うん、本当に何でもある。でも絶妙になんか食材が違うってか……まぁでも冷蔵室も凄かったしさすがチート!」
「チート?何それ?チーズの種類?」
ずっこけるタケちゃんに、チーズではないみたいだけどこんなに食材があってまだまだあるだなんて……。
腐らないわけないし、その量を使い切るくらいにはこの王国の料理人がたくさん作って振舞って食べさせていたってわけね。
「おっさんあんた暇でしょ?マリー呼んできて」
「さっきから何で全部俺にやらせようとするんや!!」
「えらい威勢がいいわね?その態度改めないなら絶対食わしてやんないからね!食べたきゃ今すぐ皿並べてマリーも呼びに行きな」
タケちゃんは斧みたいな長い包丁を掴むとアルさんの目の前にまな板とりんごを置いてバンと脅すように真ん中で真っ二つに割った。
まぁいくらアルさんが逆上したくても私の手の中にローズマリーがいる限りどうにもできないのよね。
渋々と王妃様を呼びに行くその後ろ姿に私とタケちゃんは顔を見合わせる。
「飯よりプライドってか?クソみたいなプライドだなおっさんは」
こればっかりはタケちゃんの言う通りで、私達女性が頼むこと全て嫌がるなんていくらベルハナの世界観とはいえそんなことある?
やっぱりベルハナは表のキラキラした部分しか見えないからコンテンツとして楽しめるのね。
「うちのクソ親父のがまだ出来るわ」
「だね、自分の箸だけはたまに出してるもんね」
「皿並べるだけで飯にありつけるってのに、無視してマリー呼びに行くなんてアホかよ。絶対飯抜きあのジジイ……ほんとこのチャーシュー王国?異常よ異常」
「ねぇ、これも味見していい?」
タケちゃんの大皿に盛った肉じゃがのジャガイモを指で摘んで口に入れるとこんなに味も染みていてるのに荷崩れしてないなんてさすがだなと感動してしまう。
「それジャガイモか里芋かわかんなくてさー。てかこのおかず全部白米案件なんだけど米らしきもんがないの、パンはあるのに」
「確かに、これはお米欲しくなる味だね」
背中に乗ったローズマリーもさっきからヨダレがとまらないのか私の背中がまあまあ濡れてる。
後で薄めてもう少し食べさせてあげようとポンポンのおしりを軽く叩いた瞬間、木の扉が開いた。