6話【王妃様の頼み】
「な、な、な、な、何やて!!」
「ぶっ……ぶっばっぶー!」
タケちゃんに盛大にディスられて固まり青ざめていたアルフォンスさんはようやく言い返すけれど、そう言われても仕方ないレベルだと思う。
とりあえず何も出来ないおじさんは放っておくことにして、ローズマリーは離乳食の味が気に入らないのか私の膝の上でイヤイヤと首を振っている。
「……ローズマリー、黙っていただきなさいね」
王妃様はそんなローズマリーを見て至極冷静に淡々と言い放つけど、赤ちゃんが簡単に言う事を聞くわけもない。
むずがって首を揺らすローズマリーに、
「ローズマリー、ほらあーんしな?アンタお腹空いてるんでしょ?」
「ぶぶーっ!」
タケちゃんがつんつんとローズマリーの顎をつついても何が気に入らないのか嫌がって全然食べようとしない。
仕方ないなーと呟くタケちゃんが割と強引にローズマリーの口の中へスプーンを突っ込むと驚いたのか何とか1口飲み込んでくれた。
.•♬キンコンカンコンキンコンカンコンキーン.•♬
するとどこからか喉自慢大会のベルの音が聴こえてくる。
ローズマリーを抱きながらまた天井を見上げてキョロキョロしてしまうけど勿論この部屋には私達しかいない。
……ていうか、さっきから時折急に聞こえてくるこの音は何なの?
同時にアルフォンスさんが落ち着きなくガタンと椅子から立ち上がるのを見て、タケちゃんは何もできねーなら座っとけよと睨みつけた。
「……ねぇ、タケちゃん、今また何か音が聴こえたよね?」
「あー?どうせさっきのクソ生意気な幼女達が玩具で遊んでんのよ。呑気なものね……ってほら、ローズマリーもっと食べなさいよ」
タケちゃんはローズマリーのぷくぷくした頬っぺをプニプニ摘んで促しているけど、この感じだとまた食べたくないとイヤイヤしそうだ。
「いっぱい食べてねんねしようね」
私も優しく促してみるけど無理やり離乳食を突っ込まれたくないのかローズマリーは頑なに口を閉じていて困ってしまう。
「わ、分かりましたで、こく……ローズマリー様!」
ところがタケちゃんに叱られて椅子に座っていたアルフォンスさんがまた忙しなくガタガタと椅子から立ち上がる。
「えらいこっちゃで、こ、これが正解なんや!ローズマリー様、お願いですから大人しく食べてください!!」
訳の分からない事を叫んで必死の形相でコメツキバッタみたいに赤ちゃんのローズマリーに頭を下げているけど一体どうしたの?
もしかしてタケちゃんに言われたことに傷ついて、猛反省の意味を込めてせめてものローズマリーに声掛けをしているとか?
「ぶ、ぶ」
あまりに真剣な様子にその気持ちが伝わったのか賢いローズマリーは静かに1口ずつゆっくり離乳食を食べ始めた。
「……う、うまっ、ま、まんま」
おずおずと喃語を話すローズマリーはまるで美味しいと言っているようで、やっぱりお腹が空いていたのねとホッとした瞬間、
.•♬キンコンカンコンキンコンカンコンキーン.•♬
再び喉自慢の鐘の音が何処からか鳴り響いた。
多分またあの幼女達が遠くで鐘を鳴らしているんだろうけど、中々音楽のセンスがあるというかいやに鐘を鳴らすのが上手いのね……。
それと同時に、鐘の音に合わせたみたいにタケちゃんのお腹の音も盛大に鳴った。
「てか腹減らね?」
「だね……この変なとこ来てから体感で2時間以上経ってるし、私達夕飯も食べてないもんね」
一体、ここが何処なのか、そして何故こんな所にいるのか。
未だそれすらも分からないというのにお腹だけは空くなんて、人間の体はつくづくよく出来てると思う。
「そうね……私もお腹が空いたわ……」
私達につられたのか王妃様までか細い声を出して内蔵が詰まってないみたいなお腹をさすっている。
「せやな、……ジブンらついでに王妃と俺の分の夕飯の準備もしてぇや」
続くアルフォンスさんの言葉にタケちゃんと私は顔を見合わせる。
「ご、ごめんなさいね貴方達……今ちょっとこの宮殿には料理人も誰もいないのよ」
「ええからはよちゃっちゃっと作ってや」
申し訳なさそうに頭を下げる王妃様と違って、アルフォンスさんの態度は私達の世界にいる図々しいおっさんそのものだった。
私はイラッとくるけど、そんな私より短気な人が1人いる。
「さっきからあんたは何様のつもりなのよ」
「は?何様て___」
「うるさい!!あんたはマリーと違って立派な血筋でも何でもないくせに図々しい!」
「な、何やて!?」
「どうせここに仕えてるだけのおっさんでしょ?それに何でアタシ達があんたに命令されないといけないの?」
半ギレのタケちゃんは私に離乳食の入った器とスプーンを押し付け立ち上がるけど、その気持ちは私にも良く分かる。
この心優しく美しい王妃様にお願いされるならまだしも、何故私達が見知らぬおじさんのために料理しなければならないのか。
「そ、そらジブンらが女やから……」
「はぁ────っ!?」
「す、ストップストップ!!」
火に油を注ぐのが上手いのはどこの世もおじさん特有なの??
今にも殴りかねない勢いのタケちゃんを慌てて手のひらを前に出して止める。
「タケちゃん落ち着いて!!ほ、ほら私達も何か食べなきゃだし…とりあえずここに1晩は泊めてもらわないと困るから、ご飯作る代わりに泊めておうよ」
「……それはそうだけど」
渋々という感じで身を引くタケちゃんに、
「もちろん客間を用意させていただきますわ。本当にごめんなさいね……それと出来るなら皆の分の料理を作って貰えないかしら……」
王妃様がわざわざ立ち上がって本当に申し訳なさそうにまた頭を下げた。
……うーん、よく出来た王妃様だ。
これくらい殊勝なところがあればベルハナのマリーもギロチンにかけられることも無かったのかなと思うほど中身が似ても似つかない。
「じゃあマリー、この保管庫の中の物何でも使っていいの?」
「もちろんです。ここはすぐに使う食材だけが入っていて……地下には氷や食材を冷やしておく冷蔵室もあるのよ。そこの食材も使ってくださいな」
「へぇー…それなら何作ろう」
王妃様の優しい態度と何の食材を使ってもいいという言葉にタケちゃんは打って変わって楽しそうに笑う。
そういえばタケちゃんは日頃からいつかお金を気にせずに好きなだけたくさん料理を作りたいって言ってたもんね。
タケちゃんは言葉使いも言動もかなりガサツで大雑把だけど、本当に料理だけは上手。
タケちゃんのキリキリに節約したご飯もとても美味しかったけど、こんなに豪華な宮殿の食材を使い放題だなんてまたとない機会に思えた。
「OK、じゃあ作ってあげる。1時間くらい掛かると思うからマリーは部屋で休んでてよ」
「まぁ……よろしいの?」
「うん、マリーは何かすっごくいい人な気がするしね。ローズマリーもおっさんに見させとくから心配せずにちょっと寝てきなよ」
「ろ、ローズマリー様くらい王妃が見といてくれれば___」
「それじゃマリーが休めないでしょバカ!!さささ、気にせずどうぞお部屋に戻ってくださいね、ご飯が出来たらこいつに呼びに行かせます!」
タケちゃんは半ば無理やり王妃様をキッチンから追い出し扉を閉める。
この一連のやり取りを眺めている間に、いつの間にかローズマリーの離乳食の器は空になっていた。