2話【どこだここ】
………。
……………。
「ねぇっ!わかちゃん!わかちゃんってば!!しっかりして!!」
「___い、痛い痛い!何でブツのよ!!」
突然パンパンと頬を二度強く叩かれ、耳元でタケちゃんの大声が響いた。
私はようやく我に返って頬をさすりながら目を開けて
周囲を見渡すと、そこははあまりにも豪華絢爛な場所で、一瞬夢か現実か分からなくなる。
……ど、どこなのここは!?
隣に座り込むタケちゃんの頬っぺをギューっと抓って
みると、
「いだいいだいばかぢゃんー」
リアルな感触といつもと同じタケちゃんの反応にやっぱり夢じゃないと確信した。
手を離して2人で改めて周りをゆっくり見回すけど、
どこをどう見ても私達がさっきいた場所とは別世界
だった。
私たちは 美園座の入口横のベンチに座って玉塚のポスターを眺めていたはずなのに、今はまるで外国の宮殿のような深紅の絨毯が敷かれた長い廊下に座り込んでいる。
私は怖くなって思わずタケちゃんの腕にしがみついた。
「わ、私たちって……」
「多分あれから出てきたよね」
タケちゃんが指差したのは、廊下の壁にかけられた金色の豪華な額縁に入った絶世の美男子の全身肖像画。
「こ、これは梓志保様……じゃなくて、オスカール様!?」
そこには梓志保様扮する男装の麗人オスカールにそっくりな肖像画がかけられていて、驚きで言葉を失う。
オスカールと同じ青いサファイアみたいな美しい瞳に吸い込まれそうになり、うっとり見つめていると、
「こっちの方が髪が短いけど、わかちゃんの好きな人にそっくりだね」
タケちゃんの言葉でこの人物がオスカールとは別人だと気づいた。
確かにこれがオスカールなら蜂蜜色の綺麗な金髪が背中まで靡いてるはず。
でも実際肖像画に描かれているのは王冠を被ったセンター分けの短髪で、明らかに男性の骨格をしていた。
指輪などの宝飾品から想像するにどうやら王子様のようで、大きなカフのついた腰が隠れるほどのウエストコートには金糸や銀糸がこれでもかと縫い込まれている。
「えー?私たちこっから出てきたんじゃないの?」
急に立ちあがったタケちゃんはその〝エセオスカール〟の肖像画をバシバシ叩いた。
タケちゃんは首を傾げて不思議そうに眺めているけど、そんなことよりもこの空間そのものが1番信じられない。
長い廊下の壁は美園座の壁と同じ色鮮やかな朱色に塗られていて、そこには肖像画がズラリと並んでいた。
天井には壮麗な天井画と見たこともない輝きを放つクリスタルのシャンデリアがいくつも吊り下げられているけど、一体アレはいくらするのかしら……。
素晴らしく豪華絢爛な内装、でもここを掃除するの大変だろうな……って、そうじゃなくって!
「な、なんでこんなところにいるんだろうね」
「えーなんでだろ?…てかこっちの小さい肖像画さっきのポスターのマリー?とやらに似てない?」
別の肖像画の前でまた同じポーズを披露するタケちゃんを押し退け、その美しい女性のお顔をじっと見てみる。
確かにタケちゃんの言う通り、花橋さんが演じる王妃
マリー・トワントネットにそっくりでビックリした。
それから2人で手を繋いで廊下を歩きながら他の肖像画も見てみるけれど、エセオスカール様風の男性はともかくなぜ愛人役のフェルゼントが2枚も描かれているんだろう?
うーん、何のヒントにもならないな……。
美術館感覚で並ぶ絵を眺めていると、ある肖像画の前で足が止まった。
「……53」
「ここって外国なのかな?英語でもないし文字も読めないけど、数字だけは分かるね」
「分かった!ここ何となくフランスっぽいしこいつは
ルイ53世じゃない?読めないけど前の文字が2文字だし絶対ルイ53世だよ」
「タケちゃんってばそんな名探偵みたいに言ってるけど、これがルイなら53は多すぎるよ」
「えー?これ1個だけアホほど派手な額に入ってるし、
絶対こいつが王様だよね?……うわーこの息子まじで良かったね、美人なママの遺伝子全部受け継いでさ」
タケちゃんはイケメンな王子が少し目の細い小太りの王様じゃなくて、王妃のパッチリ二重と華奢な骨格に似て良かったねと言いたいらしい。
「劣性遺伝子に打ち勝ったのよ、こいつは!」
エセオスカールの肖像画をバンと叩いたタケちゃんはガハガハと笑っていて、勝手にエセマリーとエセオスカールを親子だと決めつけている。
その姿を見ているとなんだかもうこの異空間を受け入れているように思えて、いつも通りの鋭い観察眼と余裕たっぷりの姉のおかげでだんだん私の不安も少しづつ消えていった。
「でも、ベルハナのマリーとオスカールは王妃と近衛隊長の関係性だよ」
「いーや、こいつらは絶対親子だね!私には分かるもん!この廊下は多分家族の肖像画を飾ってあるとこなんだよ!」
そう言われるとそんな気もしてきて、タケちゃんの言うことが当たっているならエセオスカールとエセフェルゼント2人は兄弟ってことになる。
「これぞ親ガチャ成功ってヤツね」
「そうね。……ところでそんなことよりここにいても
拉致が開かないよ?どうする?」
「えぇー?そのオスカル?の肖像画から出てきたわけだしもう1回壁尻やる?頭をこう、ここの股間に擦り付けたら戻れるんじゃない?」
「壁尻、聞こえてたんだ……」
抱き上げてよというタケちゃんの命令通りその腰を抱えて持ち上げるけど、あまりの軽さにまた痩せたみたいで心配になる。
さっき叩いたエセオスカールの肖像画の股間にグリグリと頭を擦り付けるタケちゃんだけど、まるで吸い込まれていく気配がない。
ついにキレたタケちゃんが肖像画に頭をゴンゴン打ちつけて始めると、
「あかんあかん、何しとんねん!!」
突然、正面の扉が開いて関西弁の男がバタバタと慌ただしく走ってきた。
関西弁の男はロングコートに……何ていうんだろう?
チョッキのようなものを着ていて、袖口に飾りのついたシャツに首から黒いリボンをぶら下げている。
地味めのピッタリとした長ズボンに膝丈のブーツまでどう見ても玉塚歌劇団のベルハナの世界と同じで、貴族に仕える者の服装をしていた。
でもそんなことより、
「あかん…失敗やとは思うとってんけどほんまに__」
「ねぇわかちゃん、こいつベルハナのアンドリューじゃね?」
「名前が全然違うよタケちゃん、この人はアンドレークだよ!」
項垂れながら肖像画から離れるよう指示するその男はベルハナのアンドレークにそっくりだった。
思わず上げた私の声は予想以上に廊下に響いき渡った。
アンドレークは驚いたようにパチパチと瞬きしているけれど、その風貌で関西弁ってあんまり似合わないのね……って違和感はどうでもよくって。
「アンドレークでもアンドリューでもないんやけど…
とりあえず今は説明が先や、大広間までお嬢ちゃん達を案内するで」
次々襲いかかる奇妙な状況に頭が追いつかない私たちをアンドレークが優しく手招く。
私たちにできるのはとりあえず彼に従って着いていくことしかできなかった。
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アンドレークに連れられてたどり着いた場所はどうやら大広間のようで、廊下をはるかに超える豪華な内装に私達は空いた口が塞がらない。
ピカピカに磨かれた大理石の床に彫刻が施された金の柱、高い天井には廊下の100倍も豪華な彫刻と絵画が埋め込まれていて、まるでベルハナの宮殿そっくりの世界が広がっていた。
そこかしこにクリスタルのシャンデリアがキラキラと
輝きこれでもかってくらい並んでいて、テレビのスタジオセットでもこんなに豪華な空間は見たことがない。
「……王妃、お連れしました」
「ねぇ、あれ肖像画のマリーじゃん、神遺伝子の大元」
「ちょっとタケちゃんってば静かに」
そして玉座に君臨する王妃様はシャンデリアよりも美しく輝いていて女神そのものだった。
その顔はやっぱり玉塚歌劇団のトッブ娘役花橋美月さんが演じるマリーにそっくりで、こんな美しい人がこの世にいるのかと驚嘆する。
目を凝らして見ると、美しい王妃様が何かを抱えていることに気づく。
それが赤ちゃんだと気づいて服の色合いから女の子かなと微笑んでいるとタケちゃんが私の服の裾をぐいと
引っ張った。
「……あんた、あそこにオスカルいるよ」
「えっ、オスカール様!?」
タケちゃんが指差す方向を見ると、どっからどう見ても梓志保様そっくりの美人が立っていて思わず腰を抜かしそうになる。
腰まで届くウェーブががった濃い金髪に切れ長の大きな目、そしてすらりと伸びた長身までまさにポスターで
見た梓志保様のオスカールそのもの!
フランス近衛隊長のような青い服装は男装の麗人オスカールと寸分違わず、王妃から少し離れた場所に立っていた。
実はここは玉塚歌劇団の舞台かどこかなのと疑いつつ、神々しいまでの容姿に見とれていると、
「無礼だぞ女!!」
「何て言葉を口にするんだ!!」
オスカールの横に立つ銀髪の14、5歳くらいの男の子
2人が見るからに横柄な態度ででこちらへ向かってこようとした。