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第8話:俺の中での結論

 シシンは、ヒカルとパオタロのほうに目線を向けた。


「……だが、お前たちは、まだ納得できないんだろうな」


 疑われ、攻撃まで受けてもなお仲間としての想いを失わず、窮地に陥れば身を挺して助ける――そんなヒヨリの行動が、シシンの心を大きく変えた。それは、ヒカルとパオタロにも十分伝わっている。実際、シシンの語った言葉に呼応するようにヒヨリがこぼした涙は、二人の胸にも鮮烈に焼き付いていた。


 しばらく沈黙が続いたが、最初に口を開いたのはヒカルだった。


「……正直、自分でも何が引っかかってるのかよくわからないんです。ただ――」


 言葉に詰まったヒカルの視線は、無意識のうちにヒヨリの首元に落ちていた。あの黒いチョーカーの下には、痛々しい痕が刻まれている。


 その視線に気付いたヒヨリは、一瞬戸惑ったように視線を逸らした。その仕草に、ヒカルは胸の奥が締めつけられるように痛んだ。


 沈黙を守っていたパオタロも口を開いた。


「俺たちは、シシン先輩の“感情”しか聞いてないからな。嘘をついているとは言いませんが、ここ数日のヒヨリさんの不可解な行動の説明にはなりません。特に、昨日のヒヨリさんの行動は、モンド先輩のときとは明らかに状況が違います」


 パオタロはヒヨリに向き直し、冷徹な声で続ける。


「つまり、今回の行動は、王血部隊に明らかな損害を与えている。それが事実です」


 核心をついたパオタロの言葉に、ヒカルは思わず息を呑んだ。


「う~ん……」


 ヒヨリは戸惑ったように視線を泳がせたが、すぐに意を決した様子で、苦い微笑みを浮かべた。


「お話しできる範囲だけでもいいなら――ハルナちゃんが消えた場所に私がいた理由を、お話ししようかなっ?」


 不意の提案にシシンは驚き、僅かに目を見開いてヒヨリを見つめた。


「……大丈夫なのか?」


 シシンの問いかけに、ヒヨリはまっすぐ視線を返す。


「う~ん……わからない……!」


 戸惑いを見せつつもヒヨリの表情には、これまで見せたことのない、強い決意が秘められているようだった。


「だけどねっ、シシン君のお話を聞いて、私も、もう少し変わらなきゃダメかなって思ったんだぁ~。だって、お話しした後、私、どうしたらいいのってなっちゃうかもしれないけど……でも、きっとシシン君たちが助けてくれるんだよねっ?」


 ヒヨリは、不安と期待が入り混じった眼差しをシシンに向けた。


 シシンはわずかに口元を引き締め、静かながらも力強い声音で答えた。


「当然だ」


 その一言で、ヒヨリの表情がパッと明るく輝く。


「わーい、シシン君大好きだよぉ~! ……じゃあ、お話しするねっ!」


 ヒヨリは両手をグッと握りしめ、小さな身体を奮い立たせるように胸を張った。その瞳には強い意志とともに、切実な願いが込められているように見えた。


 ヒカルとパオタロも息を呑んで、その様子を見つめている。


「えっとね、ハルナちゃんが“魔女の嫉妬”で消えちゃうことは、もうどうしても諦めるしかなかったの……グスン。でもね、ハルナちゃんがいなくなるのって、王血部隊にとっても、とっても大きな損失でしょ? それだけは絶対に嫌だったの。だから……ハルナちゃんがいなくなっちゃう代わりに、“ご褒美”が欲しいなぁって思ったんだぁ」


 ヒヨリは少し寂しそうに息を吐くものの、すぐに表情を引き締めて続ける。


「それでね、カメラってあるでしょ? あれを、た~っくさん用意してぇ、魔法と混ぜ込むんだよぉ。う~ん、何て言えばいいのかなぁ? 簡単に言うとね、いろ~んな方向から撮影して、それを粒状に細かくして時間順に並べると、そのときの状況を再現できるんだよぉ」


 どうやら、ハルナがいた場所で見た『地上や空中に設置された奇妙な装置』とは、この仕掛けのことらしい。シシンは「理解した」とあっさり相槌を打っているが、ヒカルはヒヨリの舌足らずな説明に必死で耳を傾けていた。


 ――ヤバ……。こうなるからヒヨリ語の授業にちゃんと出とけばよかったんだよ……って、ねーよそんなの! 要はあの装置のことだろ? 三次元的に状況を再現したって感じ……だよな?


 ヒカルは内心でどうにか納得しつつ、横目でパオタロの様子を伺う。

 パオタロが難しい顔で唸っているのを確認すると、なぜかヒカルは少し得意げな表情を浮かべていた。


「あとね、“魔女の嫉妬” の正体が魔法だった場合、“残り香”があるはずでしょ? ッフフ、“残り香”ってなんだかかわいいよねぇ~? あっでも、シシン君はかわいいの好きじゃないかぁ。えっとね、“残り香”っていうのは、使われた魔法が消えるまでの間に、砕け散った属性のカケラみたいなモノのことなんだよぉ。それで、“属性検出装置”ってあるでしょ? あれの検出部分を蜘蛛の巣みたいな形に変えちゃえば、ッフフ、“残り香”を虫みたいに捕まえられないかなぁ~って。それも今、ガスポール先生に解析をお願いしてるところなんだよぉ」


 ヒヨリ語が再び襲いかかるが、シシンは相変わらず「理解した」と気軽に相槌を打っている。


 ――シシン先輩って、何でもわかんのかよ……。

   まあ、俺たちは見てたからな。あの虫取り網みたいな道具の話だろうけど……。


 今回はさすがに理解しやすかったなとヒカルは思い、再びパオタロを横目で見る。するとパオタロは「残り香? 残り香……?」と首をかしげ、顔を真っ赤にしていた。どうやら、まだ混乱が解けないらしい。

 さすがのヒカルも、そんなパオタロに少し同情したのか、心の中で「頑張れよ」と小さくエールを送り、ヒヨリの次の言葉を待った。


「もし“残り香”を捕まえることに成功したら、“魔女の嫉妬”の正体は魔法ってことになるし、その魔法の属性成分もわかるハズなの! “魔女の嫉妬”に対抗する手段も考えられるかもしれないってことなんだよ!? そうしたら“魔女の嫉妬”を恐れずに新魔法開発することができるようになるんだよぉ」


 ヒヨリが弾んだ声で言い切ると、シシンが口を開く。


「なるほど、それがヒヨリの“ご褒美”というわけか。たしかに“魔女の嫉妬”をコントロールすることができれば、念願である“新魔法開発”にも注力することができる。このことは、王血部隊、ひいてはシングウ王国の大きな戦力向上に繋がるだろう」


 ――新魔法を自由に開発できるようになったら……。

   たしかに、その内容次第じゃすごいことになる。戦力だけ見れば、ハルナさんを失った穴を埋めるどころの話じゃない……! ヒヨリさん、やっぱすげえかも……。


 ヒカルはそんな考えを巡らせながら、今回はどこか親心にも似た気持ちを抱いてパオタロへ視線を移す。パオタロは、ようやく「残り香」の意味がわかったのか、小さくガッツポーズをしていた。どうやらヒカルたちの理解に、なんとか追いついたらしい。

 その様子を、ヒカルはどこか微笑ましそうに見守っていた。


「でも、話は変わるんだけどぉ、パオタロ君たちにも、ちゃんと覚悟があるみたいってわかって、お姉さんはうれしかったよぉ。“ボクたちの王血部隊から去るべきなのですぅ!”ってやつ? ッフフ、パオタロ君のあれ好きだなぁ~、私っ!」


 パオタロは顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいた。


「俺が、そ、そんなセリフを言うわけないだろ……、俺は……」


 どこか不満げにモゴモゴと声を上げるものの、その言葉ははっきり聞き取れない。すると、ヒヨリは穏やかに微笑んだ。

 昨日、甲・二期生クラスを取材に訪れていたとき以来の、あの柔らかい表情だ。


「パオタロ君はね、とにかく機会を待って、“自分のターン”が来たときに動くのが得意なタイプになるのかな。色々と判断早いし、魔法を使うタイミングとか、魔法の練度とか、ハッタリもね、どれも逞しかったよぉ! 今の段階であれだけの潜伏魔法を使えるんだから、今後がすごく楽しみですっ!」


 パオタロは「チッ」と小さく舌打ちして不満そうに横を向くが、ヒカルは、パオタロの表情が次第にほころんでいくのを見逃さない。嬉しさを隠そうと必死な様子が伝わってきて、ヒカルは思わず笑みをこぼす。


 よし、次は俺が褒めてもらう番かな――そんな淡い期待を抱きながら、ヒカルは、ヒヨリの言葉を待った。


「ヒカル君も、パオタロ君の潜伏魔法を起点に、森を素早く抜けるためのサポート、よくできましたっ!」

「……」


 ――ちょ……、なんか俺だけ、めっちゃ脇役みたいになってない?

   もっと、ほら、カッコイイ魔法使ったとか、勇敢だったとかないの?


「……でも、ヒカル君。無属性なのに、た~っくさんの種類の魔法を使いこなしてたよねぇ……。すっごく器用だし、魔法センスも高いと思うよぉ。ヒカル君、やっぱり私は……、グスン、、君にも期待したいよぉ……、うぇ~ん」


 そこまで思ってくれてるのなら、期待してくれればいいのに――そう思いながらも、自分のことで泣いているヒヨリを放っておくわけにもいかず、ヒカルは元気づけるように声を張り上げた。


「俺も必ず戦力になりますから!! 大丈夫ですよ、ヒヨリさん!」


 ――王血部隊・甲種なのに、サポーター要員って評価をもらった俺が、逆にヒヨリさんを励ましてるって、何これ? 俺のほうが励ましてもらう側じゃないの?


 ヒカルは内心でそうツッコミを入れながら、ヒヨリの様子をうかがう。


「うぇ~ん、うぇ~ん、あ~、泣いたらすっきりした! これで私は全部話したかなー? 昨日からずっと忙しくって……、ふぁ~、眠くなってきちゃったよぅ……」


 ヒヨリは、どっと疲れが出たのか、今にも寝落ちしそうなほどに、まぶたが重そうだ。

 つい数秒前まで泣いていたとは思えないほど切り替えが早いその姿に、ヒカルは少しあきれながらも、どこか安堵のような感情が湧いていた。


「これだけ話してくれたら十分だ。あとは俺たちがその情報をどう捉えるかという問題になるだろう。ヒヨリは休んでくるといい」

「シシン君、ありがとぉ~。おやすみぃ。。」


 ヒヨリを見送っている間、ヒカルの目には、ヒヨリがどこか安心しきっているように映った。おそらく、シシンに対する揺るぎない信頼がそうさせているのだろう――ヒカルはそう思いながら、胸の内が軽くなっているのを感じていた。


 やがてヒヨリの姿が見えなくなると、シシンは、いつもの言葉をを口にする。


「何か質問がある者はあるか?」


 途端に、パオタロが即答する。


「……むしろ質問だらけなんですが」


 ――まず、ハルナさんのことを、誰にも相談せずに簡単に諦めたのはおかしいし、ヒヨリさんに関することを他言すると“邪魔になる”って言うのも意味不明。それに、ヒヨリさんが新魔法開発をしているのかも気になるし、他にもいろいろ……。


 ヒカルも考えを巡らせると、聞きたいことが山のように湧いてきて、思わずシシンに尋ねた。


「全部聞いちゃっていいんですか?」

「ハハッ、まいったな」


 シシンは、少し困ったように苦笑した。

 そんなシシンの様子を見て、ヒカルはふと、ヒヨリの疑念ばかりを追っていても埒があかないと思い直し、先ほどまでヒヨリと過ごした時間で感じた印象を素直に打ち明けることにした。


「……でも正直、今は、ヒヨリさんに“敵意”はないんじゃないかなって思うんです」


 するとパオタロも、シシンとの話の起点をそこに置くべきだと判断したのか、ヒカルに続いて言葉を紡ぐ。


「俺も“魔女を倒すことを本気で考えている”ような雰囲気を感じました」


 二人の言葉を聞いたシシンは、穏やかにうなずいた。


「そうか、少し歩こう」


 三人が歩き出すと、目の前には、再び同じ木々が繰り返し続く風景が広がっていた。ヒカルたちがヒヨリから逃げ切れなかったのは、まさにこれが原因だった。


「これって、ヒヨリさんですよね?」


 ヒカルが尋ねると、シシンは苦笑いを浮かべたまま頷く。


「そうだな。ヒヨリの仕業だよ、まったく。解除しておけって話だよな、……解除!」


 シシンが魔法を解くと、同じ木々が延々と続いていた不思議な景色は消え、辺りはあっという間に元の風景へと戻った。


「なるほど……。もしかするとヒヨリは、このことを伝えたくて魔法を解除せずに残しておいたのかもしれないな。

 つまり、今のお前たちもこれと同じだ。一つ一つの点――この場合は一本一本の木だな――を確認することは大切だが、木だけを見ていては惑わされることもある。

 そういうときは、木ではなく、森を見るんだ。もし森が見えなければ、そうだな、地面や空を見たり、吹いている風に聞くのもいいかもしれない。そうすれば、一つ一つの点が、それまで見えなかった線で繋がって見えるようになる。それまで見えなかった真実が見えるようになるということだ」


 ――……それまで見えなかった真実。


「お前たちには、ヒヨリの一つ一つの言動に、まだ疑問があるんだろう。だが、さっき言った通り、もっと大きな視点でヒヨリを見れば、『敵意は無い』とか『魔女を倒すことを本気で考えている』ように見えると言っていただろ?」


 ヒカルとパオタロは先ほど自分たちが口にした言葉を、思わず繰り返した。


「……敵意は無い」

「……魔女を倒すことを本気で考えている」


 二人の言葉を聞き、シシンは深く頷く。


「そうだ。でもきっと、ヒヨリには、俺たちにも見えていない『もっと大きな真実』があるのだろう。残念ながら、俺たちは、ヒヨリの全てを知っているわけではないからな。いずれにせよだ。『目的という線』が引かれるために、一つ一つの『行動という点』が存在するんだ。これに従って、発想を転換させてみろ」


 ヒカルたちは、シシンに促されるまま、頭の中で考えを組み替えてみる。


「……俺たちに対する敵意は無い。それどころか、本気で魔女を倒すつもりで……」

「ハルナさんが消えた場所にいたり、仲間に攻撃されても真実を一部隠したり、疑われても他言しないようお願いしたりした……」


 ヒカルの言葉を受け継ぐようにパオタロが続けた二人の声は、まるでヒヨリの隠された真実を浮かび上がらせる答えのようにも聞こえた。それは、ヒカルたちには想像もつかないほどの覚悟が、ヒヨリの中に秘められていることを示しているようでもあった。


「これが、俺の結論だ。だがな、パオタロ、ヒカル。俺は、お前たちを無理やり納得させるつもりはない。これはあくまで、『俺の中での結論』に過ぎない。お前たち自身も『お前たちの中での結論』を探してみるといい」


 ――俺の中での結論、か……。


 ヒカルは心の中でそう呟きながら、何とか自分なりの答えを導き出そうとするが、今はまだ難しい。そんなヒカルの様子を見て、シシンは穏やかな微笑みを浮かべて言葉を続けた。


「ヒヨリのことは、もう少し長い目で見てやってくれないか? そして、信頼できるのは誰なのか、本当の真実とは何なのか――それをお前たち自身の目で見極めて欲しい」


 シシンの言葉に、ヒカルたちは静かに頷いた。


「敵意がないのなら、魔女を倒すのに邪魔になるかもしれないリスクを冒してまで、急いで結論を出す必要はないです」

「そうだな、パオタロ……。シシン先輩、わかりました」


 シシンは二人の様子を見渡し、どこか安堵したような表情を浮かべる。


「パオタロ、ヒカル、理解してくれてありがとう。今日のことは三人だけの秘密だ。俺たちでしか話せないこともあるだろう。もし、何かあれば今後いつでも俺を頼るといい」


 わずかな風が吹き抜け、森の木々がささやく。まるで、これまでの出来事をすべて見守ってきたかのように、小さな葉が舞い上がる。


 ヒカルは舞い上がった葉を目で追い、パオタロはそっと拳を握り締めた。二人の胸には、新たな決意が静かに芽生えていた。

第8話をお読みいただきありがとうございます。


『属性解放の儀』まであと3話になりました。どのような展開が待ち受けているのか、今後を楽しみにしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いします。

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