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第66話:魔法競技祭当日――風属性を極めし者

 ガブリエウは、一歩、また一歩と、パイヤンのほうへと歩み寄ってくる。焦点は定まらず、足取りはふらついたままだ。


 ――まだ精神支配を受けたままのガブリエウ君は、判断も行動も鈍っている。それが唯一の救い。でも、それでも正面からぶつかって勝てる相手じゃない……。


 この状況で自分にできること、ガブリエウに通用する能力とは何か。

 パイヤンは懸命に思考を巡らせた。


 ――だめだ……わからない……!


 焦りで鼓動が速まり、考えがまとまらない。

 パイヤンは深呼吸をし、自分に問い直した。


 ――逆から考えてみよう。

   今、僕にできないことってなんだろう?


 思考を逆転させた瞬間、これまでの戦闘の映像――防御壁がガブリエウの攻撃で砕かれる光景が鮮烈に脳裏を駆け巡った。


 ――風と土の混合魔法の前では、僕の防御は全く役に立たなかった。

   だったら、最初から防御なんて捨ててしまえばいい。


 パイヤンの瞳に、かすかな光が宿る。

 視界の隅には、依然として力なく地面に倒れ込んだままの少女の姿がはっきりと映っていた。


 ――スピードと回避、それが風属性の最大の武器だ。ケイトとメイナは、もう少しで安全圏まで逃げ切れるはず……。ガブリエウ君を引きつけながら、混乱に乗じてあの子を奪取し、一旦離脱して増援を待つ――。


 拳に力を込め、小さな勝機に希望を託した瞬間だった。

 パイヤンの視界は突如、ガブリエウが生み出した無数の結晶が展開される眩い光で覆い尽くされた。胸に宿りかけた希望は、瞬く間にその圧倒的な力に押しつぶされそうになる。


 ――来る……っ!


 額に滲んだ冷や汗が頬を伝い落ちる。焦りを振り払うように右手に魔力を集中させ、鋭い風の刃を放つ。同時に素早く後方へ飛び退き、間合いを取った。


 しかし、風の刃がガブリエウに届く前に、結晶が鋭い音を立てながら盾のように立ち塞がった。刃は触れた瞬間、弾けるような甲高い音と共に、あっさりと霧散した。

 その間にも、ガブリエウはゆらりと前進を続けている。


「なら、これはどうだっ!」


 即座にパイヤンはさらに強力な魔力を込め、竜巻を一直線に放った。唸りを上げる暴風が激しく渦巻きながら迫ったが、ガブリエウは依然として虚ろな目をしたまま、右手を緩慢に振り上げる。


 次の瞬間、無数の結晶がガラスの破片のような音を響かせながら高速で回転し、新たな竜巻を形成した。


 二つの竜巻は激しく衝突し、凄まじい轟音と共に拮抗した。

 だが、それも一瞬のことだった。パイヤンの放った暴風は、無慈悲なほど容易く威力を奪われ、空しく崩れ去った。


 次の瞬間、鋭利な結晶が閃光のごとくパイヤンへと殺到した。


 ――まずい……っ!


 咄嗟に全身へと激しい風を纏わせ、必死に後方へ飛び退いて攻撃を回避しようとした。鋭く尖った結晶の先端がもう少しで肌に触れる距離まで迫ったその刹那、目に見えない壁に激突したかのように、結晶が甲高い音を響かせながらピタリと停止した。


 パイヤンは一瞬呼吸を忘れ、その異様な光景を凝視した。結晶はそれ以上前に進むことなく、静かにガブリエウの元へと吸い込まれるように引き返していく。


「……攻撃範囲に制限があるのか?」


 パイヤンは小さく呟き、状況を整理するように目を細めた。


「それなら……!」


 意識的にさらに後方へと移動し、ガブリエウを引きつけながら距離を調整する。じりじりと接近してくるガブリエウの動きは相変わらず緩慢だ。それを冷静に確認すると、パイヤンは大きく息を吸い込み、決意を固めた。


 ――これであの子は完全にガブリエウ君の攻撃範囲の外だ。動きが鈍い今の君では、僕のスピードには絶対に追いつけない……!


 その確信を胸に、パイヤンは全身に爆発的な風の魔力を集中させ、一気に上空へと飛び上がった。


 視界が一瞬で大きく開ける。眼下には無防備に横たわる少女の姿が鮮明に見えた。


 ――このまま風を最大限に操って一気に滑空し、あの子を抱き上げて離脱する……!


 凄まじい風が耳元で轟音を上げ、眼下の景色は流れるように後方へと飛び去っていく。猛烈なスピードで滑空しながら、パイヤンは胸の内に作戦成功への確かな手応えを掴んでいた。


 だが――その瞬間だった。

 視界に突如として、あり得ないはずのガブリエウの姿が割り込んできた。

 同時に、冷たく輝く無数の結晶がまるで無数の刃となり、パイヤンを切り裂かんばかりの勢いで襲いかかってくる。


「なっ……なんで!?」


 完全に虚を突かれ、思考が真っ白になる。防御も回避も間に合わない。

 次の瞬間、鋭い衝撃と共に無数の結晶が腹部や肩を容赦なくかすめ、肌を切り裂く感触と鋭い痛みが一瞬で全身を支配した。


「ぐぁっ……!」


 衝撃で身体が空中を激しく回転し、そのまま叩きつけられるように地面へ激突する。

 強烈な衝撃音が耳をつんざき、視界が激しく揺れ、何度も土埃を巻き上げながら地面を転がった。


 激痛に顔を歪ませながらも、パイヤンは震える腕で地面を掴み、必死に上体を起こした。

 視界の先には、淡々と無言で少女を静かに抱き上げているガブリエウの姿があった。その虚ろな瞳が、冷たくこちらを見下ろしている。微かに動く唇から、かすかな呟きが聞こえてきた。


「任務……優先……」


 パイヤンは全身に広がる激痛に呻きつつも、徐々にある奇妙なことに気づいた。

 確かに激しい痛みはある。しかし、自分が予想したような致命傷には至っていない――。


 ――そうか……ガブリエウ君は、僕と同じように風を纏って速度を上げていたんだ。風属性の魔法器を速度強化に使ったせいで、結晶には風属性を混ぜられなかった……。


 つまり、先ほどの攻撃は風属性と土属性の混合魔法ではなく、土属性だけの結晶だったのだ。だからこそ、土属性に有利な風属性を纏った自分には致命傷にならなかったのだと、パイヤンは瞬時に理解した。


 ――だけど……地上に降り立った今は、もう状況が違っていた。


 ガブリエウの虚ろな瞳に、再び冷たく不吉な輝きが戻る。その周囲には無数の結晶が静かに、だが凄まじい密度で空間を埋め尽くしていく。土属性と風属性が複雑に絡み合った結晶群は、これまでのどの攻撃よりも明らかに凶悪で禍々しい気配を放っていた。


 ――まずい……!


 パイヤンは焦燥に駆られて懸命に立ち上がるが、もはや間に合わない。既に目の前では、逃れる余地のない無数の鋭利な結晶が弾丸のような速度でこちらを狙っていた。できることといえば、風属性の防御壁を張って耐えることだけ。


 ――この防御壁を出した時点でもう僕の負けじゃないかっ……!


「うああああぁぁっ!」


 パイヤンは悲痛な叫びを上げながら目を強く瞑り、全身全霊の魔力を注いで防御壁を展開した。身体を貫かれる絶望的な衝撃を覚悟し、全ての筋肉が強ばった。


 だが――予想していた衝撃は一向に訪れなかった。


 その代わりに響いたのは、耳をつんざく激しい風圧、次々と切り裂かれ空中へと弾け散る結晶の甲高い破砕音、そして全てが終わった後に聞こえた、静かに刀を鞘に収める澄んだ音だった。


「パイヤン殿、よくぞ一人で耐えられた」


 落ち着き払った低い声音に導かれるように、パイヤンは恐る恐る目を開けた。

 そこには、堂々と自分を守るように立ちはだかる力強い背中が映った。

 風になびくマント、静かに鞘に収められた細身の刀、圧倒的な存在感――第一貴族、エドワードだった。


 ――エドワード公が……なぜここに……!?


 地下牢を出たエドワードは当初、アーヴィングのもとへと向かっていた。

 だが途中、一斉通信でアーヴィングがカイエンの救護要請を出しているのを耳にすると、もはや自分が向かう理由はなくなったと判断し、そのままガブリエウとの交戦が報告されていた“戦闘訓練場・一”へと進路を変更していたのだった。


 エドワードは振り返らず、穏やかに口を開いた。


「しかしパイヤン殿、君はまだ風属性の真髄というものがわかっていないようだ……」


 その時だった。ガブリエウが再び静かに動きを見せ、風と土を融合させた大量の鋭利な結晶を容赦なく空中に展開すると、二人を標的に猛然と撃ち放った。


「風属性とは――」


 エドワードは静かに刀の鞘へ手をかけ、ゆったりとした動きで構えを取る。次の瞬間、刀身に込められた風の魔力が淡い輝きを放ち始めた。

 彼は静かな呼吸で間合いを見極め、攻撃が射程内に完全に入った瞬間、流麗かつ疾風の如き速度で抜刀した。


 一刀目が鋭い閃光を放ち、空気を切り裂く鋭利な音と共に鮮やかな風が舞った。

 それを起点として、視認できないほどの速さで次々と刀が振り抜かれ、空間を埋め尽くしていた結晶群は寸分違わず次々と細かく切り裂かれていく。


 結晶は細かな破砕音を立てながら砕け散り、儚い残光と共に風の余韻に溶けるように霧散していった。


「――このように、全てを一瞬に凝縮した爆発的な速度と鋭さ。それこそが風属性の真価。速さとは単なる武器ではなく、己の覚悟や研ぎ澄まされた心を乗せるための器なのだ」


 エドワードは静かにそう言い終えると、悠然とした所作で刀を再び鞘に収めた。


「さて、パイヤン殿は安全な場所で待機していてください。あとは私が引き受けよう」


 その落ち着いた声音に、パイヤンは小さく頷いた。

 全身は傷と疲労に覆われていたが、エドワードへの尊敬の念が胸に深く刻まれていた。


 瞼を閉じれば、傷ついて倒れる仲間たちの姿が鮮やかに蘇る。あんな悲しい光景は二度と見たくない。だが、自分は結局、ガブリエウに対して何もできなかった。今のままでは誰も守れないことは明白だった。


 パイヤンは己の未熟さを改めて知らされていた。顔はうつむき、傷ついた身体を引きずるようにして物陰へと退いていった。


 エドワードは静かにガブリエウへ視線を移した。

 虚ろな瞳、ふらついた足取り。精神支配を受けていることは明らかだった。


「ガブリエウよ……お前は心が弱いが故に、そのような精神支配に操られてしまうのだ……」


 ガブリエウはエドワードの言葉に全く反応を示さない。ただ淡々と風と土の属性を融合した無数の鋭い結晶を再び生成し、容赦なくエドワードへと放つ。しかしその攻撃は、先ほどと同じように、エドワードの研ぎ澄まされた剣技によって軽やかに切り裂かれ、霧散してしまった。


 ――だが、まだ間に合うかもしれぬ。


 状況からすれば、ガブリエウは単に精神支配を受けているだけだ。自らの意思でこのクーデターに加担したわけではない。


 ――なんとしても、この子だけでも救わねばならん。


 そう決意したエドワードだったが、次の瞬間、予想外の事態が起きた。


「ぐぅあああああああああああああああああああああ……っ!!!!!」


 突如としてガブリエウが苦悶に満ちた咆哮を放つ。

 それまで虚ろだった瞳に一瞬だけ正気の光が灯ったかと思うと、瞳孔は大きく広がり、全身が激しい震えに襲われた。まるで内側から何かが爆発したかのような激しい苛立ちや激情が抑えきれず溢れ出し、全身から荒々しい風の魔力が渦巻き始めた。


「ガブリエウ……!?」


 エドワードが僅かに動揺したその瞬間、ガブリエウは弾けるように地面を蹴り、轟音を伴って猛然と突進してきた。


「――速い……!」


 予想を遥かに上回る速度で間合いを詰めるガブリエウに、エドワードは一瞬、驚愕に息を呑んだ。

 しかしすぐに冷静な瞳を取り戻し、深く静かな呼吸とともに鞘へと手を伸ばす。静寂を帯びた構えのまま刀身に鮮烈な風属性の魔力が静かに流れ込む。鋭い抜刀を決めようとした、まさにその刹那――。


 エドワードの足元が、突如として泥のように柔らかく崩れ落ちた。


 ――な、なんと……!!


 完璧に整えたはずの態勢は一瞬で狂い、身体が無防備に前へと傾く。ガブリエウにとってエドワードは、幼い頃から何よりも憧れ、誰よりも超えたい目標だった。その研ぎ澄まされた剣技が、強靭な足腰と完璧な踏ん張りによって支えられていることを、ガブリエウほどよく理解している者はいなかった。だからこそ、今の一瞬を完璧に狙うことができたのだ。


 ――この体勢ではまともに戦えぬ……だが、逃げることも叶わぬか。


 エドワードは崩れかけた体勢のまま必死で立て直しを図り、万全の態勢で迫りくるガブリエウの一撃を、せめて一太刀でも受け止める覚悟を固めた。


 ガブリエウの両腕には、強烈な輝きを放つ風属性の刃が形成されていた。その瞳は依然として虚ろだったが、その動きには一切の迷いがなく、完璧にエドワードの急所を狙っている。瞬間、地面を深く踏み込み、二刀を振り下ろすように鋭い刃が放たれた。


「ぐぅ……っ!」


 エドワードも即座に抜刀し、渾身の力で一撃を放った。しかしガブリエウの左腕の刃が正確無比な軌道でそれを容易く弾き、続く右腕の刃が無防備となったエドワードの胸へと深々と突き刺さった。


 胸を貫く強烈な衝撃に、エドワードの瞳が大きく見開かれた。

 貫かれた傷口からは鮮血が溢れ出し、赤い花弁となって散っていく。


 その瞬間、ガブリエウの瞳に徐々に――だがはっきりと、正気の光が戻っていった。状況が徐々に明瞭になるにつれ、その瞳は驚愕と底知れぬ恐怖に満たされていく。


「ち、父上……ボ、ボクは一体……何をして……」


 震える視線をゆっくりと下げると、自らの右腕が父エドワードの胸を無残に貫いていることに気付いた。父の胸からは真紅の血が、まるで堰を切ったかのように溢れ、ガブリエウの腕を熱く濡らし、赤く染め上げてゆく。


 ガブリエウの頭の中は完全に真っ白になった。呼吸が止まり、胸が激しく締め付けられる。全身が氷のように硬直し、ただ心臓の鼓動だけが狂ったように耳の中で響いていた。


「み……見事な動き……だったぞ……ガブ……」


 エドワードは力なく微笑むように口元を緩めたが、次の瞬間、その唇から鮮血が吐息とともにこぼれ落ち、微かな音を立てて地面を赤く染めた。その温かく赤い雫は、ガブリエウの指先にも伝わり、震える身体をさらに冷たく凍り付かせた。


『本部、了解した。よくやったイチサンセン、これで精神操作の影響もなくなるだろう。直ちに救護部隊を急行させる。その場で待機し、絶対に無理はするな。いいな?』


 エドワードの腰に取り付けられた通信機から冷静な声が無情にも響き渡ったが、その言葉はまるで遠い別世界の出来事のようだった。





ここまで本作を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

そして長らく更新をお待たせしてしまい、心よりお詫び申し上げます。


このたび、本作の**序盤の物語構成を大幅に見直した“新作”**の連載を開始することにいたしました。

テンポ良く物語へ入り込めるように再構築したうえで、

中盤以降は本作のストーリーに合流する形を取っています。


そのため誠に心苦しいのですが、

本作の更新は一旦ここで中断とさせていただきます。


本作を応援してくださった皆さまの感想やブックマークは、

どれも作者にとって大きな励みでした。

ここまで読んでいただけたことに、心から感謝しております。


もしよろしければ、新しく生まれ変わった物語

『異世界で変な魔法ばかりやらされてるんだが、 死ぬリスクが高すぎる』

の方も楽しんでいただけると嬉しいです。


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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