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第63話:魔法競技祭当日――ニイチセンVSヒヨリ

「こちらニイチセンのミヤコです! 王血館、敷地内にある墓地周辺にてヒヨリさんから攻撃を受けています! 指示をお願いします!」


 専用通信機を起動し、ミヤコは切迫した声で作戦本部に状況を伝えた。その隣では、カイトが荒い息を整えつつ、不気味に静止したままのヒヨリを鋭く警戒している。


 二人は、ヒカルが新魔法“モラタ”を使用した際に出現した謎の少女を捜索するため、王血館の本館から別館まで徹底的に調査していた。だが、少女の痕跡は全く見つからなかった。

 最後の望みをかけて向かったのは、最近敷地内に新設された墓地だった。そこにいたのが、静かに佇むヒヨリだったのだ。その表情は冷たく虚ろで、明らかに普段の彼女とは異なっていた。


 戸惑ったカイトが思わず彼女に声をかけた瞬間――ヒヨリは突如として敵意を込めた強烈な魔力を放ち、二人に攻撃を仕掛けてきたのだ。二人は辛うじて距離を取ったが、状況は急速に緊迫感を増していた。


『待て……ヒヨリが本当に攻撃しているのか!? ニイチセン、状況が理解できない!』


 作戦本部の総指揮代理であるカエイの声にも、明らかな動揺と混乱が滲んでいた。当然だろう。あのヒヨリが王血部隊を攻撃するなど、誰にも想像できない異常事態なのだから。


 しかし、カイトもミヤコも、その通信に応答している余裕はなかった。


 さっきまで遠くで静止していたヒヨリが、全身に風を纏い、猛烈な勢いで距離を詰めてきている。その右手には、見る者を震え上がらせるほど膨大な魔力が圧縮されていた。


 ――速すぎる。逃げるのは無理だ。


 ミヤコは一瞬で覚悟を決める。


「カイト、防御壁だ! 二人の呼吸を合わせるんだっ!」


 ミヤコの緊迫した指示にカイトが頷き、二人は同時に魔力を集中させた。

 一卵性ボーナスが発動し、互いの属性値が共鳴を始める。まるで身体の奥底から熱が込み上げるような感覚が全身を駆け巡った。


 カイトが繰り出した炎は激しく渦を巻き、赤々と燃え盛る防御壁を形成する。そのすぐ隣で、ミヤコも地面から分厚い土の壁を隆起させ、それらを絶妙な精度で重ね合わせていく。


 二人の属性が完全に調和した防御壁は、見る間に巨大かつ堅牢な障壁へと変貌を遂げていた。


 しかし次の瞬間――猛烈な爆炎が防御壁を飲み込み、耳をつんざく轟音が響き渡った。防御壁はかろうじてその衝撃を耐え切ったが、表面は激しく揺らぎ、衝撃波によって足元が揺れ動いた。肌を焼くほどの熱風と内臓を震わせる衝撃が二人を襲い、否応なく戦慄が背筋を走る。


「ヒヨリさん……! どうして俺たちを攻撃するんですか!?」


 カイトの叫びには、怒りよりも戸惑いが強く滲んでいる。しかし返答はない。煙がゆっくりと流れていく。だが、ミヤコはその不自然な動きに違和感を覚えた。


「カイト、後ろだ!!」


 その警告とほぼ同時、背後から爆発的な風圧が襲いかかる。カイトが振り返った瞬間、そこにはすでにヒヨリが迫っていた。彼女の纏う風圧は凄まじく、その進路上の草木や土が容赦なく吹き飛ばされていく。


 カイトは反射的に渾身の業火を放っていた。そのタイミングを見計らったように、ミヤコも一瞬の迷いもなく土属性の魔力を重ねている。二人の攻撃が完璧に連動し、凄まじい爆発が発生した。無数の鋭い破片が激しい衝撃波とともに広範囲へと飛び散り、辺り一帯を揺るがした。


「ば、ばかやろ、ミヤコ、やり過ぎだ! ヒヨリさんが死んじまうぞ!!」


 カイトは血相を変え、顔色を真っ青にして叫んだ。その目には明らかな動揺と焦燥が浮かんでいる。

 だが、ミヤコは額に汗を滲ませながらも険しい表情で、煙の奥に意識を集中させていた。


「カイト、俺たちが相手にしているのは、あのヒヨリさんだよ。一撃だけで致命傷を負わせられるような甘い相手じゃない。それより今、僕たちは生き残れるかどうかの瀬戸際にいるんだ。一瞬も気を抜くなよ」


 ミヤコの視線の先には、風と火を全身に纏い、再び襲い掛かろうとするヒヨリの姿があった。その目は相変わらず虚ろで無表情だが、冷たく確実に二人を見据えている。


「あの虚ろな目……俺たちを認識しているかどうかすら怪しい。カイト、あれはおそらく精神操作だよ。市街地で見た民衆とは比較にならないほど深く、複雑な魔法をかけられているんじゃないかな」

「精神操作だって……!? そんなもの、一体どうやって止めるんだよ!?」


 カイトは声を震わせた。動揺が隠し切れない。


 その時、ミヤコの持つ通信機から、シシンの緊迫した声が響き渡った。


「甲種部隊長シシンより全部隊へ通達。エドワード殿とヒカルは無実だ。繰り返す――エドワード殿とヒカルは無実である。各隊、エドワード殿と接触次第、その行動を支援せよ」


 通信は続く。


「それからヒカル! 新魔法“モラタ”を使用した状態なら、戦闘の支援が可能なはずだ! すぐにニイチセンの救援に向かえ! 俺もすぐに向かう!」


 ヒカルがついにニイチセンに戻ってくる――その予想外の通信内容に、カイトとミヤコは思わず顔を見合わせた。


 だが、その一瞬の隙をヒヨリは見逃さなかった。彼女は全身に纏った風と火を威圧するように膨れ上がらせると、さらに速度を増して一気に距離を縮めてきた。


 ――しまっ……!!


 ミヤコは指示を出す間もなく、咄嗟にありったけの魔力を注ぎ込み、巨大な岩の壁を地面から一気に隆起させた。


 その動きを見てカイトも即座に反応しようとしたが、わずかに遅れた。炎の属性を融合させ、岩の壁を硬化させようとするが――それより先にヒヨリが圧倒的な速度と破壊力で激突した。


 激しい轟音とともに岩の壁が粉々に砕け散り、激しい土煙と鋭利な破片が周囲に嵐のように撒き散らされる。凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ、カイトとミヤコは激しく地面を転がった。


 その時、ミヤコの通信機から勢いのある叫びが響いた。


『こちらヒカルっ!! 直ちにニイチセンの救援に向かいますっ!!!!』


 カイトは必死に顔を上げる。すると、その通信機からの声に誘われるように、倒れ伏したミヤコに冷たく狙いを定め、追撃しようとするヒヨリの姿が見えた。


「ミヤコォォオオ!!」


 カイトは絶叫しながら慌てて立ち上がる。だがヒヨリはすでにその右手を無情に突き出していた。


 ミヤコが目を見開き、防御の姿勢すら取れぬまま、激烈な業火に巻き込まれた。炎が容赦なくミヤコを包み込むと、ミヤコの苦痛に満ちた悲鳴が辺りに響き渡る。だがそれと同時に、カイトもヒヨリに向けて渾身の業火を放っていた。強烈な炎の圧力を感じ、ヒヨリは攻撃を中断して一旦回避を試みる。


「てめぇぇぇっ!! ミヤコに何しやがった! 絶対許さねぇっ!!」


 カイトはその瞬間、激しい怒りと焦燥感で全身が激しく震えた。胸の奥底から湧き上がるミヤコへの強烈な想いが、強力な一卵性ボーナスを引き起こし、かつてないほどの属性値を引き出した。体内から溢れ出す灼熱の魔力が、怒りに呼応するように全身を真紅の炎で荒々しく燃え上がらせる。


 ――許さねぇ……絶対に許さねぇ……!


 カイトの周囲の空気が沸騰したように歪み、彼が駆け抜けた後には黒焦げになった草花が煙を立ち昇らせている。その異様な魔力を敏感に察知したヒヨリは、即座に後退しながら両手を掲げた。すると周囲の空気を巻き込む激しい風に炎が重なり合い、巨大な混合防御壁が高速で形成される。


「っんなもん、灰にしてやる……!!」


 カイトはその防御壁に向け、すべての感情を込めた業火を叩きつける。いくつもの炎の渦が荒れ狂い、空間を歪ませるほどの灼熱が辺り一帯を支配した。


 ヒヨリは防御壁が轟音とともに崩壊していくのを見ると、表情ひとつ変えずに後退を試みる。しかし、カイトの炎の渦は執拗にヒヨリを追い詰め、獲物を狙う蛇のように絡みついて、彼女の細い身体を激しい炎の渦中へと引き込んだ。


 ヒヨリが完全に炎に呑まれたのを確認したカイトは、さらに追撃を加えるべく右腕を高く掲げる。


 直後、爆発的な炎がヒヨリを襲った。凄まじい爆風が周囲の土埃を巻き上げて視界を完全に塞いだ。


 静寂が訪れる。


「しまった……やり過ぎた……!」


 我に返ったカイトは、自分の行動に焦りを覚える。


 煙が徐々に薄れ、視界が回復していく。


 だが、そこにヒヨリの姿はなかった。地面には、小さく巧妙に掘られた脱出用のトンネルがぽっかりと不気味な口を開けている。


 ――やられた……!!


 心臓を鷲掴みにされるような焦燥感に襲われ、カイトは急いでミヤコのほうへ視線を移した。


 その視界には、焼け焦げた服のまま息を荒げ、苦しげに身体を起こそうとするミヤコと、その目の前に冷たく佇むヒヨリの姿が映った。


 ヒヨリの身体には、先ほどの炎の痕跡すら見当たらない。髪の毛一本すら焦げていないその姿は、カイトの背筋を凍らせるには十分すぎるほどだった。ただ冷たく虚ろな瞳が、じっとカイトを見つめている。


「いい加減っ……!!」


 カイトの中で迷いは完全に吹き飛んだ。今、この瞬間に自分がミヤコを守らなければならない――その想いだけが全身を支配し、再びヒヨリへと業火を放つ。


 凄まじい炎が一直線にヒヨリを捉え、その身体を瞬く間に飲み込み、激しく燃え上がらせた。


 その時、カイトの視界の端に、必死な表情で口を動かすミヤコの姿が映った。焦りに満ちた様子で、懸命に何かを伝えようとしている。


 ――なに言ってるんだ……?


 燃え盛るヒヨリの姿が次の瞬間、まるで陽炎が揺らめくように、あっさりと煙に溶けて消えた。そのとき、カイトはようやくミヤコが伝えようとしていた意味を理解した。


 ――分身だ……!!


 だが、すでに遅すぎた。

 背後から身の毛もよだつほど冷たく強大な魔力が迫り、カイトの身体は凍りついたように動きを止めた。


 ――嘘だろ……。


 ゆっくりと振り返った彼の視界には、トンネルの暗闇からゆっくりと浮かび上がるように現れたヒヨリが、冷酷に右手をかざしている。彼女の虚ろな瞳が感情もなく、静かにカイトを見下ろしていた。


 カイトは咄嗟に業炎の渦を練り上げ、全力を込めて巨大な火の防御壁を生成した。

 今、彼の火の属性値はすでに100を遥かに超え、130近くに達している。だがそれでも、この防御壁だけでは、火・風・土の三つの属性加護を持つヒヨリの圧倒的な攻撃には到底耐えきれないことを直感した。


 ――ここまでなのか……?


 その時――


「カイトォォオオオオ!!」


 それは、久しぶりに聞く声だった。


 声の方へ横目を向けると、全身に眩い魔力の輝きをまとい、凄まじい速度で空中を突き進んでくるヒカルの姿が見えた。その姿は以前とは比べ物にならないほど頼もしく、カイトは思わず口元を緩める。


「おせぇーんだよ」


 だが、その呟きと同時に――


 視界が一瞬で白く染まり、防御壁もろとも凄まじい爆炎がカイトを飲み込んだ。

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