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第59話:魔法競技祭当日――カイエンの蒼炎

 脱出用のトンネルが閉じられるその瞬間、わずかに地響きが響き渡った。


 ――ちぃ……っ! 逃げられたか。


 アーヴィングは小さく舌打ちをして唇を噛む。


 だが、通路の入口へと戻ったとき、そこには一人で立つカイエンの姿があった。

 それを見た瞬間、アーヴィングの口元には不敵な笑みが浮かぶ。


「これでようやく一対一だ……本気で行かせてもらうぞ」


 カイエンの言葉に、アーヴィングは静かな余裕を漂わせながら答えた。


「カイエン、君までこのまま逃げ出したかと思っていたが……よくぞ残ってくれた。礼を言おう。モンドを確実に仕留め、君とこうして対峙する……これこそが、まさに私の描いた通りの展開なのだよ」


 アーヴィングは余裕の笑みを浮かべながら、一歩前へ踏み出した。


 だがカイエンは、鼻先で軽く笑う。


「ハハッ、残念だったな。モンドは仕留め損なったようだぞ」


 アーヴィングの表情には微塵の動揺もない。むしろ、さらに冷徹な笑みを深めて言い放った。


「モンドはすでに瀕死だ。仮に生き延びたところで、後からいくらでも始末はつけられるさ……」


 アーヴィングの瞳には、抑えきれないほどの愉悦が溢れ出ている。


「君を倒せば、あのイチニセンを二人とも私が葬ったことになる……悪くない展開だと思わないか?」


 アーヴィングは右手を高く上げると、その手から無数の水の矢が現れた。

 狭い通路の幅いっぱいに、逃げ場を奪うように放たれる。


「さあ、不利属性の炎で防ぐか、それとも狭いここで避けてみせるか!?」


 カイエンは歯を食いしばり、即座に火属性の防御壁を展開しつつ、距離を取るため後ろへ跳ぶ。しかし水の矢は次々と炎の壁を削り取り、数本が壁を貫通してカイエンの身体を浅く切り裂いた。


「……っく!」


 鋭い痛みが広がり、一瞬呼吸が乱れる。


 その動きが鈍った隙を、アーヴィングは冷酷に見逃さない。

 床から氷の槍が突き出し、カイエンを串刺しにしようと襲い掛かった。


「速い……っ!」


 カイエンは咄嗟に炎の旋風を身に纏い、無数の氷の槍を激しく吹き飛ばすが、防ぎきれない。鋭利な氷片が肩や脇腹をかすめ、全身に痺れるような痛みが走った。


 それでも奥歯を噛み締め、カイエンは右手に限界まで魔力を集中させていた。猛然と腕を振り抜くと、凝縮された灼熱の業火が通路を一気に飲み込む。


 しかしアーヴィングは表情一つ変えず、水の防御壁を瞬時に形成して、その炎をあっさりと防ぎきった。

 その口元には、嘲笑にも似た余裕の笑みが浮かんでいる。


 これが、覆しがたい属性の関係性だった。


 直後、カイエンは通路内に無数の小さな爆発を連鎖的に発生させ、辺り一面を煙と粉塵で覆い尽くす。

 その混乱に乗じて一気に距離を取り、壁の影へと身を潜めた。


 煙の奥から、アーヴィングの嘲笑が響き渡った。


「ハハッ……! 本気を出すんじゃなかったのか、カイエン? 属性の差は絶対的だ。小細工でどうにかなるとでも思っているのか?」


 壁に背を預け、肩で激しく呼吸を整えるカイエン。だがその口元には、微かな笑みが浮かんでいる。


「アーヴィング……その水属性、本来お前に備わっている力ではないな?」


 煙の奥から、アーヴィングが息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。それまで余裕に満ちていた嘲笑は、凍りついたような沈黙に変わった。


 カイエンの瞳が静かな確信を帯びる。


「……やはり、そうか」


 沈黙を先に破ったのはアーヴィングだった。抑えきれない動揺が、その低い声にはっきりと表れている。


「……なぜ、わかった?」


 カイエンは落ち着き払った口調で淡々と答える。


「最初にモンドを襲った風の刃。あれは確かに見事な魔法だった。お前が加護を持つ風属性によるものだろう。だが、加護のない火属性と土属性で補助していたはずだ。風属性単体で、あれほどの速度と強度を実現するのは、まず不可能だからな。すなわち、お前は魔法器を三つ持っているということになる」


 アーヴィングの唇がわずかに震える。


「だが、お前の水魔法には初めから違和感があった。根本的に何かが欠けているような妙な感覚だ。それで慎重に見極めていたのだが――やはり、お前は水属性では魔法器を二つしか扱えないようだな」


「黙れ!」


 アーヴィングは苛立ちを露わにして叫んだ。


「それがどうした! 結局は属性相性だ! 君がこの私の水属性に勝つことなど、あり得ない!」


 カイエンもまた、それを否定することはできなかった。属性の相性という不利な現実は覆しようがなく、戦いを長引かせれば確実に追い込まれるだろう。


 ――やはり、あれを使うしかないか……。


 カイエンの瞳から迷いが完全に消え去った。

 新魔法大会で披露するはずだった、未だ誰も目にしたことのない切り札。それを今、この場で解き放つしか道はない。


 カイエンは静かに集中を高める。


「ブレイズモード・オン!」


 鋭い叫びと共に、カイエンの全身が激しく発火したように赤く染まり始める。次の瞬間、それは一気に高熱を放ち青白く変化した。炎は揺らめき、不安定に膨れ上がったが、やがて鮮烈な青い光を放って静止する。


 強烈な魔力の負荷に耐え切れず、カイエンの表情が激しい苦痛に歪む。額には大粒の脂汗が浮かび、全身の筋肉が軋むように震えた。


 その間にも、アーヴィングはゆっくりと距離を詰めてくる。

 冷たい足音が静かな通路に響き渡り、不気味にカイエンの鼓膜を揺らす。


「無駄なあがきはやめろ、カイエン。勝負はすでについている――大人しく出てこい、楽に終わらせてやる」


 カイエンは苦しげな息を吐きながら、壁に背を預けて呻くように呟いた。


「頼むぞ……俺の身体、持ちこたえてくれよ……!」


 アーヴィングがあと一歩、二歩と迫るその瞬間を、カイエンはじっと見計らう―そして刹那の好機を掴むや否や、壁の影から勢いよく飛び出した。


「燃え尽きろ!」


 放たれたのは、青く燃え盛る渾身の業火だった。


 ――……青い炎?


 アーヴィングは戸惑いを見せたが、属性相性では圧倒的にこちらが有利だ。水の防御壁を展開し、軽く受け流そうとする。だが、防御壁は青い炎に触れた途端、音を立てて激しく溶解し始めた。


「なっ……!?」


 驚愕するアーヴィングだったが、すぐに態勢を立て直して必死に魔力を注ぎ込み、防御壁を強化する。何とか維持はできる――そう確信した瞬間、視界の端に、青白い炎を纏ったカイエンの姿が映った。


 ――いつの間に防御壁の背後まで回り込んだ……!?


 アーヴィングの焦りを見透かすように、カイエンは薄く冷笑を浮かべる。


「俺を前にしてその慢心……命取りだ」


 青い炎を宿したカイエンの右拳が、アーヴィングの頬に容赦なく叩き込まれる。鋭い衝撃に打ち砕かれたアーヴィングの体は、鮮烈な青い炎に灼かれ、苦痛にのたうちながら激しく吹き飛んだ。


「ぐあああっ……!」


 吹き飛ばされたアーヴィングを逃すまいと、カイエンはすぐさま距離を詰め、追撃を仕掛けようとする。


「エレメントリライト!」


 アーヴィングが叫ぶと同時に、その胸は鮮やかな緑色に輝き出した。それと同時に、アーヴィングの体は超高速で移動し、大きく距離を取られてしまう。しかし、その体は依然として青い炎に包まれ燃え続けていた。


「くそぉおおおお……! エレメントリライト!」


 再び魔法名を唱えると、アーヴィングの周囲に激しい水の旋風が巻き起こった。猛烈な蒸気が立ち込める中で、青い炎はようやくその勢いを失い、消滅した。


 蒸気が晴れた後、姿を見せたアーヴィングは全身が激しく傷つき、ボロボロになっていた。立つだけで精一杯の状態だ。


 一方のカイエンも無事ではなかった。その体には激しい損耗が見られ、青い炎を纏う代償が途方もないことは明らかだった。


「……はぁ……はぁ……」


 もはや言葉もまともに出せず、意識も朦朧としていた。

 それでもカイエンは、最後の力を振り絞って右手に恐るべき魔力を集めた。見る者すべてを飲み込み、跡形もなく消し去るかのような威圧的な輝きを放つと、瞬く間に巨大な青炎となり、震える右手をアーヴィングに向けて突き出した。


 アーヴィングには、もう一歩も動く力は残っていない。ただ迫り来る死を覚悟し、その光景を絶望的な瞳で見つめることしかできなかった。


 青い炎がアーヴィングに放たれるその瞬間――カイエンは、その瞳から急速に光を失い、崩れるようにその場に倒れ込んだ。カイエンは残された力の限りを使い果たし、彼を奮い立たせていた灯は燃え尽きてしまった。


 青い炎が放れることはなかった。


 静寂が、辺りを包んだ。

 二人が戦った痕跡だけが、通路の壁や床に深く刻まれ、くすぶる炎の煙と微かな蒸気がゆっくりと宙を漂っている。

 戦いの終焉を告げるように、小さく火の粉が音もなく散った。

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