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第57話:魔法競技祭当日――エドワードの覚悟

「モラタ!!」


 新魔法大会の会場、“戦闘訓練場・一”の中央に立つヒカルの声が響き渡った。観客席で見守るエドワードの瞳には、緊張と期待が入り混じっている。


 その直後――。


 空の彼方から突然、不気味な黒い光線が空間を切り裂くように降り注いだ。ヒカルの前方に生じた黒いもやの中から、一人の少女が姿を現した。

 エドワードは息を呑んだ。


 ――何だこれは……あの少女は一体?


 見た目に何の変化もないことこそが、この魔法――“モラタ”の特徴であるはずだ。


 胸に広がる嫌な予感に、エドワードは知らず知らず拳を握りしめていた。昨夜、息子アーヴィングを通じて耳にした第三貴族ルードヴィヒの伝言が鮮明に蘇る。


『この六カ月間、光属性を持つヒヨリは戦線に復帰すらできず、あの有様。明日の新魔法大会で、もう一つの光かもしれぬとエドワード殿が指導してきたヒカルの新魔法が期待を下回れば、もはやこの国に未来はない。我々は動くことになる。その際はエドワード殿も、ご決断を』


 エドワードは鋭い視線を第三貴族ルードヴィヒに向けた。そのルードヴィヒは配下と密談を交わしており、表情を読むことはできない。


「えーーーーーーん!!! えーーーーーーん!!! えーーーーーーん!!!」


 少女のなり止まない悲痛な叫びが会場に響き渡る。それはまるで、異常事態の到来を告げているようだった。


 第四貴族ニコラスや第五貴族フリッツをはじめとする貴族たちも、一斉に緊張感を高めている。ほどなくして、ルードヴィヒの配下がフリッツのもとに駆け寄り、何やら耳打ちを始めた。


 ――このままではまずい……!

   彼らが動き出す前に、ヒカルに突破口を開かせねば……!


 焦燥感を抑えきれず、エドワードは思わず席を立ち上がった。


『ヒカル! 一つの魔法器を複数の魔法で自在に操れることを示すのだ!』


 慌てて発せられようとしたその言葉は、声になる前に飲み込まれた。皇太子ソロモンが護衛兵の制止を振り切り、ヒカルのもとへと歩み寄る姿が視界に入ったためだ。


 ――この状況で殿下が動くとは……。


 あの場に皇太子ソロモンがいる以上、自分が不用意に口を挟むことなど恐れ多い。エドワードは緊張したまま動きを止め、ただ事態の推移を見守ることしかできなかった。他の貴族たちもまた予想外の事態に困惑しつつ、息を呑んで静観を決め込んでいる。


 だがその後、皇太子ソロモンがヒカルから魔法の説明を受け、その魔法の名――“モラタ”を叫んだ瞬間、その姿は輪郭が曖昧になり、まるで空気に溶け込むように静かに消え去った。


 観客席は言葉を失い、張り詰めた沈黙に支配された。


 ――馬鹿な……ソロモン殿下が消えただと……?


 驚愕で目を見開くエドワード。

 一方でルードヴィヒはこの混乱を絶好の機会と判断した。迷いのない表情でフリッツへと合図を送る。フリッツは無言のまま右手を高く掲げ、その視線の先では、対面観客席の最上段に陣取った武人リョゼツが、氷のように冷徹な眼差しでヒカルに狙いを定めていた。


 ――ヒカル……! もう一つの光を失うわけには……!


 エドワードは瞬時に風を纏い、ヒカルの元へと全速力で駆け出した。

 しかし、間に合わない――その絶望が、エドワードの胸を締め付けた。


 ヒカルを救うには、彼がクーデター側であると周囲に信じ込ませるほかない。エドワードは、自らの名誉も立場も全て捨て去る覚悟を決め、声を振り絞った。


「ヒカル殿が、ソロモン殿下を討ったぞ!」


 決死の言葉が競技場に響き渡った。

 リョゼツの瞳に戸惑いが浮かび、大槍を放つ手が一瞬止まる。そのわずかな躊躇がエドワードには救いだった。あと数歩――ヒカルに指先が届こうとした、その刹那。


 足元の地面が突如、激しい振動と共に眩い茶色の閃光を放った。視界が歪み、空間が捻じれるような感覚が襲う。耳をつんざく異音と共に、その場の空気そのものが異常な圧力で震え出すと、ヒカルの姿は強烈な光に飲み込まれてゆき、やがて世界が眩い閃光に溶けるように砕け散った。


 気づくと、エドワードが立っていたのは“玉座の間”だった。

 ――ヒカルが消えたのではなく、自分が転送されたのだと即座に理解した。


 動揺を隠しきれず周囲を見回すと、そこには先ほどまで観客席にいた者たちが困惑と恐怖の入り混じった視線で周囲を見回し、状況を掴もうとざわめいている。玉座の前方、高く設えられた場所には第三貴族ルードヴィヒとその長子ルドルフが堂々と立ち、その傍らには第四貴族、第五貴族の面々も控えている。


「これは一体……」


 その疑問を口にする暇もなく、エドワードの足元が激しく青く輝き、足元から鋭く突き上げるような衝撃が脳内に走った。


「……くっ!」


 強烈な圧迫感が精神を締め付ける。意識が朦朧とし始め、身体が重くなる――それは明らかに精神支配の魔法だった。咄嗟に精神を研ぎ澄ませ、全神経を引き絞るようにして魔力の侵食を必死で押し戻すと、エドワードは苦痛に歪んだ表情で荒い息を吐き、再び周囲を確認した。


 第三、第四、第五貴族に関連する者たちは平然としている。それに対し、国王アモンを始めとする王族や、重臣たちは意識が朦朧としていた。


 ――私にも精神支配の攻撃が行われたということは、ルードヴィヒ殿は私を信用していないということか……。


 内心で苦々しく呟くエドワードの様子をうかがいつつ、ルードヴィヒが一歩前に進み出た。


「これは失礼をいたしました、エドワード殿。やはり貴殿ほどの属性値と精神力を持つお方には、この程度の精神支配など通用しませんな。念のために王血部隊を別の場所に転送させておいて正解でした」


「……ルードヴィヒ殿、一体何を?」


「アーヴィング殿から伝言を聞いておられるでしょう。我らが計画――クーデターに、ぜひ貴殿の力添えをいただきたい」


 ルードヴィヒの背後には、朦朧とした表情で立ち尽くすアモンをはじめとする王族の姿があった。この状況下で陛下の身を守るには、協力的な姿勢を見せる以外に選択肢はない。


「……当然だ。今の無力な王国のままでは、我がテックマン家の領地奪還は叶わぬ。協力を惜しまぬ」


 エドワードは躊躇なくそう答えた。

 その答えに満足した様子のルードヴィヒは、冷たい笑みを浮かべながら剣を抜き、王族へと向けた。


「ならば、役目を終えたこの者たちを処刑するまでだ」

「お待ちを」


 咄嗟にエドワードが声を発した。


「ルードヴィヒ殿、王族はまだ外交や交渉の道具として利用価値があります。ここで殺すのは早計というものでしょう」


 ルードヴィヒは一瞬考え、すぐに穏やかな、それでいて底知れぬ冷酷さを湛えた笑みを見せて頷いた。


「ふむ……確かにその通りだな。いつでも殺せる者たちだ。エドワード殿、地下牢にて彼らを監禁し、我々の計画が成就するその瞬間まで、その場を守っていただけるかな?」

「承知した」


 エドワードが地下牢へ向かおうとすると、ルードヴィヒが控えめに声を掛けた。


「少しお待ちくだされ、エドワード殿。念のため、我が腹心であるウカクとサカクを連れて行かれてはどうでしょう。王血部隊の襲撃に対しても心強いはずです」


 エドワードは静かな眼差しをルードヴィヒに向け、微かに頷いて見せた。


「ありがたい。いずれ我らが新たな王国を築くためには、余計な障害は排除せねばならん。頼りにさせてもらうぞ、ウカク、サカク」


 ウカクとサカクは深く敬礼し、その表情には疑う余地のない忠誠心が滲んでいた。



「――そのような経緯で、私はウカクとサカクを伴い、王族の方々を地下牢までお連れしたのです」


 エドワードが語り終わると、再び地下牢には重苦しい沈黙が満ちた。

 ひんやりとした空気が彼の意識を現在へと引き戻すと、目の前のアモンは険しい面持ちのままゆっくりと頷き、その視線はじっとエドワードを見据えていた。


「しかし道中、王族の方々に対するウカクとサカクの扱いは、あまりに目に余るものでした。彼らには私を監視する役目もあったのでしょう。いずれ彼らと対峙しなければならないことは明らかでした。話し合いの余地すらなく、陛下と地下牢に現れたイチゴセンを守るためには、彼らを斬るほかありませんでした」


 その時、シシンが鋭い口調で割り込んだ。掌には依然として張り詰めた魔力が集められている。


「今回のクーデターの首謀者はルードヴィヒ殿。その実行者は第三貴族フリードマン家、第四貴族ヒルマン家、第五貴族ワイズマン家……つまり、第一貴族テックマン家は無関係とでも言うつもりか?」


 エドワードは冷静に応じた。


「我が息子たちがクーデターに加わった以上、もはや弁明の余地はありません。ガブリエウは精神操作により洗脳下にある様子でしたが、仮に正気を取り戻したとしてもクーデターを続けるでしょう。アーヴィングについては、自力で洗脳を解除したにもかかわらず、その後イチニセンを襲撃したことが、先ほど通信機で確認済みです」


 シシンはさらに鋭く問いただした。


「では、エドワード公が伝えたいこととは何だ?」


 エドワードは重い表情で告げた。


「玉座の間にはヒヨリ殿がいました。おそらくルードヴィヒ殿はヒヨリの不安定な精神状態を巧みに利用し、完全に精神支配することで王血部隊の殲滅を狙っているのでしょう。ヒヨリ殿は、我が国にとっての光。手遅れになる前に、なんとしても安全のうちに彼女を止めねば、取り返しのつかないことになります」


 シシンの表情が凍りついた。一瞬、その瞳が激しく揺れる。

 しかしすぐに冷静さを取り戻し、疑惑の目をエドワードに向けた。


「……エドワード公、あなたの話には何一つ確かな証拠がない。ヒヨリを餌にして、我々王血部隊を操ろうとしている可能性もある」


 シシンの言葉に満ちた疑念が、地下牢の空気を再び緊張させる。

 その時、エドワードの腰にある通信機に、作戦本部からの一斉通信――シシンから総指揮権が移譲されたカエイの声が飛び込んできた。


『状況は把握した。付近にニイチセンがいるな? 直ちに“戦闘訓練場・一”に向かい、ニイニセン及びニイサンセンと協力して少女を奪取、ガブリエウを撃破せよ』


 エドワードは重く息を吐いた。


「シシン殿、もはや時間がありません。確かに私には証拠がない。だが今動かねば、本当に手遅れになる……。ヒヨリ殿について私ができるのはここまでです。あとはシシン殿、あなた自身が進む道を決断するほかありません」


 エドワードはアモンに向き直り、片膝をつくと力強い口調で告げた。


「陛下……! この件が落ち着いた暁には、どのような処分も甘んじてお受けいたします。しかし今は、我が愚息どもの暴挙を止めることこそが私の責務。どうか、もうしばしお許しをいただきたい!」


 アモンはゆっくりとシシンへ視線を移した。

 シシンの掌には、依然としてエドワードに向けられた魔力が淡く揺らめいている。国王はわずかに表情を緩め、静かな声音で告げた。


「シシンよ、行かせてやれ。私はエドワードの覚悟を信じよう」


 シシンは一瞬迷いを見せたが、やがて掌の魔力をゆっくりと消した。


「……御意」


 短く返したその声には、隠し切れない迷いが微かに滲んでいた。


 エドワードは深く一礼すると、毅然とした態度で立ち上がった。そして地下牢を出ようとする際、シシンの傍をすれ違った。


 その刹那、二人の視線が交錯する。

 言葉を交わすことはなかったが、互いの胸には抑えきれない複雑な感情が確かに渦巻いていた。


 エドワードはシシンを見て小さく頷くと、そのまま静かに地下牢を後にした。



 地下牢に残されたシシンは拳を固く握りしめた。


 エドワードの言ったことは、すべて正論だった。

 それにヒヨリの精神状態を考えれば、放置など論外だ。最低でも彼女の居場所を掴み、身の安全を確保しなければならない。


 最近、ヒヨリのこととなると冷静さを失う自分自身に、シシンは内心苛立ちを感じていた。


 その時、新たな足音が地下牢に響いた。


「シシン君!」


 イチイセン――ユラ、サラ、シシカの三人が駆け込んでくる。彼女たちは緊迫した面持ちで辺りを素早く見渡した。

 間髪入れず、シシカの持つ通信機から、作戦本部の切迫した声が飛び込んできた。


『待て……ヒヨリが本当に攻撃しているのか!? ニイチセン、状況が理解できない!』


 もはや事態は、一刻の猶予すら許されないところまで来ていた。


 シシンは眼鏡に手をやり、軽く位置を直した。

 一瞬、“間”を取った後、口を開く。


「シシカ! 一斉通信を立ち上げてくれ」

「はっ、はいっ!」


 シシカは動揺を隠し切れないまま通信機を起動し、シシンに向けて構える。

 シシンは迷いのない様子で言葉を並べた。


「甲種部隊長シシンより全部隊へ通達。エドワード公とヒカルは無実だ。繰り返す――エドワード公とヒカルは無実である。各隊、エドワード公と接触次第、その行動を支援せよ」


 すぐさま言葉を重ねた。


「それからヒカル! 新魔法“モラタ”を使用した状態なら、戦闘の支援が可能なはずだ! すぐにニイチセンの救援に向かえ! 俺もすぐに向かう!」


 少し時間をおいて、通信機から勢いのある声が返ってきた。


『こちらヒカルっ!! 直ちにニイチセンの救援に向かいますっ!!!!』


 シシンの瞳からは迷いが消え、その口元には微かな確信と覚悟が滲んでいた。

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