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第56話:魔法競技祭当日――裏切りの真意

――地下牢前 通路――


「ウカク、サカク、止めを任せる。少年たちの命を奪う趣味は私にはない」


 エドワードの冷淡な命令に、ウカクは短く応じた。


 「はっ」


 隣でサカクもまた同じように返事を返す。

 目の前には、イチゴセンのレオが、うつ伏せのまま倒れ込んでいる。周囲に倒れ伏したイオとテオも、すでに戦闘能力を失っていた。


 ――何とも、あっけない幕引きだった。

   いや……さすがはエドワード様というべきか……。


 ウカクは無慈悲な表情で剣を静かに振りかぶった。ここで仕留め損なうような失態を演じるつもりは毛頭なかった。標的を仕留める感触は、もう幾度となく味わってきた。今回もそれは変わらないはずだった。


 ところが、振り下ろそうとした剣が、急に軽くなった。


 ――何だ?


 視界が奇妙に揺らぐ。妙に視線が低い。続いて腹部を襲ったのは、焼けつくような灼熱の痛みだった。


「ぐ……っ?」


 呻き声を上げる暇もない。


 ――何が、起こった?


 咄嗟に隣のサカクを見る。彼もまた目を見開き、胸元から真っ赤な鮮血を吹き上げながら崩れ落ちていくところだった。


 ウカクの意識は急速にぼやけていった。地面に膝をつき、自分の腹を見下ろすと、身体が上下に引き裂かれ、内臓が露出した凄惨な傷口から血がとめどなく溢れていた。


 理解できない。状況が飲み込めない。


 必死に振り返ると、そこには背を向けていたはずのエドワードが、まるで感情をなくしたかのような冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。その視線が、かすかに交錯する。右手には赤く濡れた鋭い刃が静かに握られていた。


 ――なぜ……エドワード様が……。


 その問いへの答えは最後まで訪れず、ウカクはゆっくりと意識を闇に手放した。



 エドワードは静かな眼差しでウカクとサカクの絶命を確認すると、手にした剣を軽く振って血を払い、静かに鞘へ収めた。


 ゆっくりとイチゴセンの三人――レオ、イオ、テオのもとへ歩み寄ると、エドワードは深く息を吐き、苦渋の滲んだ瞳で静かに頭を下げた。三人は未だ激しい痛みに顔を歪め、まともに言葉を発することもできず、エドワードに対する警戒と戸惑いの表情を隠しきれなかった。


「手荒な真似をして済まなかった。監視の目があった以上、こうでもしなければ、君たちの命を救う術はなかったのだ」


 レオは痛みに喘ぎながらも、歯を食いしばってグッと堪え、エドワードを睨みつけた。目の前にいる敵の予測不能な行動に、イチゴセンの中でも特に警戒心の強いレオは、この状況で懸念を拭うことはできない。


「あ、あんた……どういう……つ……もり……だ……」


 レオの喉奥から、必死に痛みの混じった掠れ声が絞り出される。


 エドワードはそっと片膝をつき、じっとレオを見つめた後、イオ、テオにも視線を向け、三人に向かって穏やかに語りかけた。


「安心して欲しい。実際には斬っていない。特殊な剣技で君たちの神経を一時的に麻痺させただけだ。数十分もすれば痺れも落ち着くだろう。救護部隊を呼ぶ必要もない」


 それでも、彼らの戸惑いが完全には消えていないことを感じ取ったエドワードは、真剣な眼差しで言葉を重ねた。


「それと、私が裏切ったことが知られれば、地下牢に新たな刺客が送り込まれる可能性がある。国王陛下の安全を考えると、私との戦闘がまだ続いているように装う必要がある。悪いが本部への連絡は一切控えてくれ。下手に動けば、陛下の命取りになりかねないのだ」


 エドワードの切実な声に、三人はためらいつつも、それぞれ小さく頷いた。

 情報漏洩を防ぐため、エドワードは念のためテオが落としていた通信機を静かに拾い上げ、自らの腰に取り付けた。


「地下牢に捕らえられている国王陛下と話をする必要がある。ここで失礼させてもらう」


 エドワードは一歩踏み出したところで足を止め、振り返った。


「ところで……ヒカルは無事だろうな?」


 痛みをこらえながら、レオが戸惑いを見せつつも小さく頷いた。


「ならばよい。礼として、私からも、君たちに一つ助言をさせていただこう」


 エドワードは穏やかな眼差しを三人に向けた。


「君たちには素晴らしい可能性が秘められている。テオ殿が無理をして他の二人に合わせるよりも、彼自身の強みを生かす道を考えてみてはどうだろうか。君たちなら、きっとその意味がわかるはずだ」


 そう言い残すと、エドワードは静かに通路の奥へと消えていった。



 地下牢の扉が軋みながらゆっくりと開かれると、薄暗い牢内には国王アモンをはじめとする王族やガスポール、ライクンら重臣たちが姿を現した。全員が魔法拘束具を取り付けられ、意識も朦朧としているようだった。


 エドワードは迷うことなくアモンの前へ進み出ると、慎重に魔法拘束具を外した。そして手のひらをアモンの胸元に当て、ゆっくりと魔力を送り込む。


「陛下、しばしお耐えください。すぐに正気を取り戻されます」


 数秒後、アモンの瞳に宿っていた霞が徐々に晴れていく。だが、次の瞬間、激しい眩暈が襲ったのか、アモンは苦しげな吐息を漏らした。額には大粒の汗が浮かび、顔色は青白く、視線も定まらない。


「……エドワード……なのか……? 何が……起こっているのだ……?」


 か細い声で問いかけるアモンを、エドワードはそっと支える。


「陛下、どうかごゆっくり。まずは深呼吸をなさってください」


 穏やかなその声に導かれるように、アモンは息を整え始めた。数分が経ち、ようやく呼吸は落ち着きを取り戻し、その瞳にも明晰さが戻っていく。


 やがて、アモンは周囲を見渡すと、自分たちが地下牢に拘束されているという信じがたい現状に気づき、動揺を隠せず目を見開いた。


「エドワード……これは、一体どういうことだ……?」


 震えるその問いには、眼前の現実を受け止めきれない深い困惑と動揺が滲んでいた。

 エドワードはすぐさま片膝をつき、深々と頭を下げる。


「陛下、ご説明いたします。シングウ王国は現在、クーデターによる深刻な危機に直面しております。陛下をはじめ王族の方々、重臣の皆様も魔法によって洗脳され、この地下牢に囚われておられました」


 アモンはその言葉を真剣に聞きながらも、なお眉間に深い皺を寄せている。エドワードはさらに声を落とし、苦渋に満ちた表情で続けた。


「この度の事態を未然に防ぐことが叶わず、誠に申し訳なく存じます。第一貴族としての責務を果たせず、面目次第もございません。しかしご安心ください。現在、王血部隊が全力を挙げて鎮圧にあたっております」


 その時だった。


「エドワード公、そこまでだ! 陛下から離れて両手を上げろ!」


 緊迫した叫び声と共に、シシンが地下牢の扉を押し開き、勢いよく踏み込んできた。その掌には鋭く研ぎ澄まされた魔力が淡く輝き、彼の瞳には明確な敵意と警戒心が宿っていた。


 エドワードは表情ひとつ変えず、ゆっくりと両手を掲げて静かに数歩後退した。


「シシン殿か……ちょうどよいところに来てくれた。これから話すことを、ぜひ君にも聞いてもらいたい」


「……話だと?」


 シシンは険しい視線を一瞬たりともエドワードから逸らさず、その場に踏み止まった。掌に集めた魔力は彼の緊張に呼応するように鋭さを増し、その瞳には、目の前の男こそがクーデターの黒幕であるという疑念が渦巻いていた。


 そのとき、エドワードの腰の通信機に一斉通信が入った。


「作戦本部よりイチイセン、了解した――もう撃破したのか!? さすがだ。そのまま地下牢へ急行し、イチゴの戦闘を支援してくれ! シシンも向かっているが、敵はかなりの強敵と思われる。慎重に行動を!」


 さらに通信は続く。


「それとイチヨンセン、聞こえるか? そちらの通信機に異常が発生している! 状況を報告せよ!」


 通信の声が収まった後、エドワードは一呼吸置いてから静かな口調で語り始めた。


「今回の事件は、私の行動が発端となりました。皇太子ソロモン殿下が消えた直後、その混乱に乗じてヒカルの命を狙う者が現れたのです。陛下、クーデターの勃発からここに至るまでの経緯を、これより詳しくお話し申し上げてもよろしいでしょうか」


 アモンは眉間に深く皺を寄せ、一瞬険しい表情を浮かべて沈黙した。目の前の男を疑うべきか、それとも信頼すべきか――その葛藤が色濃く表れている。やがて意を決したようにゆっくりと頷き、威厳と覚悟に満ちた表情をエドワードに向けた。


「よかろう、すべて話してくれ」


 エドワードは一度目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして静かに目を開くと、過去を辿るように語り始めた。


 その言葉は牢内の静寂を震わせ、聞く者すべてを過去の出来事へと誘っていった――。

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