第55話:魔法競技祭当日――四位一体
地下牢へと繋がる通路にて、ウカクとサカクが鮮やかに真っ二つに切り裂かれた、その少し前のこと――。
イチヨンセン――ヨツビシ、タカノハ、オウギ、ゲンジは、シングウ城内の玉座の間の扉まで辿り着いていた。四人は頭巾を深く被り、口元をマフラーのような布で覆っている。
四人が扉の前で玉座の間への突入方法を最終確認していた、その時だった。
ゲンジの持つ通信機が突然けたたましく作動し、作戦本部からの一斉通信が響き渡った。
「イチゴセン、聞こえるか。地下牢に捕らえられているのが王族なら、敵は相当な実力者だ。無理に仕掛けるな。可能な限り交戦を避けろ。こちらからモンドとカイエンを救援に向かわせた。それまでなんとか持ちこたえてくれ」
明らかに音量設定がおかしいとわかるほどの爆音に四人は一斉に顔をしかめ、速やかに扉から離れ、一旦後退した。通信はさらに続く。
「イチサンセン以外の甲種各班。目的地に異常がないことを確認次第、地下牢へ急行してくれ」
通信が終わると、ヨツビシがゲンジに不満を隠さず問い詰めた。
「ゲンジ、その通信機の音量、もう少し下げられないのか?」
ゲンジは静かに首を振り、真面目な顔で答える。
「シシンは、今回の作戦では迅速な情報共有が鍵だと言っていた。これ以上音量を下げれば、情報を聞き逃す恐れがある。誰か責任を取ってくれるのなら下げてもいいが」
ヨツビシ、タカノハ、オウギの三人は、わずかに眉をひそめつつもその言葉に納得せざるを得ないような様子で小さく頷いた。
一斉通信が落ち着いたのを確認すると、再び扉の前に戻り、突入方法の最終確認を行う。やがて全員が頷き、準備を整えた。
「では参る……」
ヨツビシが静かに合図を出した。
その直後――。
「わーーーーーっ!」
まるで威勢のいい掛け声のような叫びを上げながら、四人は玉座の間の扉を勢いよく開け、一斉に中へと突入した。
だが瞬間にして、四人の身体は氷に絡め取られ、さらに風の刃が容赦なく彼らの身体を切り裂いた。
しかし、それらはすべて分身だった。
ヨツビシの水分身、タカノハの風分身、オウギの火分身、ゲンジの土分身――。四人は敵が内部で待ち伏せしているのならば、分身かどうかなど、見極める間もなく即座に攻撃を仕掛けてくると踏んでいたのだ。
分身が破壊されるその瞬間、敵はわずかに動きを止めた。四人が狙っていたのは、この僅かな隙だった。
破壊された分身の目が捉えた敵の位置情報を頼りに、四人はそれぞれが水、風、火、土の防御壁を次々と重ね合わせながら敵の死角を縫い、玉座の間へと一気に滑り込んだ。
しかし、その作戦を嘲笑うような乾いた笑い声が広間に響いた。
「ふざけた真似を……。王血部隊とはこの程度のお遊びを作戦と呼ぶのか?」
玉座の間に響く嘲笑の声の主は、第四貴族ヒルマン家当主のニコラスだった。その傍らには配下である双子のバシとバショウが、表情一つ変えず静かに腕を組んで立っている。
バシとバショウは、国内で最初に一卵性ボーナスの効果が確認された兄弟だった。当初、この特異な現象は彼ら固有の能力と思われていたが、その後、王血部隊のユラとサラ、さらにレオ、イオ、テオの間でも同様の現象が確認されるに至り、一卵性ボーナスという概念が正式に認められた経緯があった。
特にバシとバショウ兄弟の連携は圧巻で、一卵性ボーナスを加えるとそれぞれの属性値は100を超え、王国内でも最強格の実力者として知られていた。
ゲンジが目配せをすると、残りの三人は小さく頷く。
そして、同時に口を開いた。
ヨツビシ――。
「ニコラス殿、我々の作戦のどのあたりが未熟なのかご教示いただけますか?」
オウギ――。
「バショウ殿、最初に双子ボーナスを感じた時ってどんな感覚でしたか?」
タカノハ――。
「バシ殿、双子なのにバショウ殿よりも見た目若いって言われませんか?」
予想外の問いかけに、ニコラスは眉間に皺を寄せて困惑し、バシとバショウはぽかんと口を開けたまま唖然としている。その隙にゲンジは冷静に専用通信を起動し、状況を作戦本部へ伝えた。
「こちらイチヨンセン、玉座の間にて交戦中。敵は第四貴族ヒルマン家当主ニコラスと、その配下である双子のバシ、バショウ」
報告を終えると、イチヨンセンの四人は静かな手ごたえを感じたように口元を緩め、互いの肘を小突き合ってその健闘を称えあった。
しかし、その様子を見ていたニコラスがついに怒りを爆発させた。
「ふざけるのも大概にしろ! バシ、バショウ! 本物の連携を奴らに見せてやれ!」
「はっ」
「はっ」
命令を受け、即座にバシが鋭く尖った水属性の結晶を無数に生成すると、バショウはそれを猛烈な風属性の乱気流で巻き込み、一気に乱れ撃った。
「数の上では我ら双子が不利かもしれぬが……」
「圧倒的な連携の差を思い知らせてやろう!」
二人は息の合った宣言と共に攻撃を放つ。
だが、イチヨンセンも冷静だった。四人は素早く一箇所に集まり、水、風、火、土の四属性の防御壁を巧みに重ね合わせた。
ヨツビシが静かに、揺るぎない自信を込めて告げる。
「数の上で不利なのは俺たちのほうだ。なぜなら、俺たちは四人でいても『一人』としか数えられないほど完璧に一体化しているからだ。俺たちは一人分しかいない。だが、だからこそ、二人と数えられる程度の連携しかないお前たち双子には決して負けない」
属性値が低くても、有利属性の防御壁を正確に使えば、不利属性の攻撃はめったなことでは突破できない。それは双子ボーナスで100を超える属性値であっても同様で、すでに王血部隊内の訓練で実証済みの戦術だった。
ヨツビシの言葉通り、バシとバショウが放った猛烈な乱れ撃ちは、四人が展開した防御壁にことごとく弾かれていた。
攻撃がまったく通じないことに焦りを募らせたバシとバショウの表情は次第に険しくなり、やがて苛立ちを隠さなくなっていく。
「何をしておる……! もっと結晶を増やせ! 一枚でも奴らの壁を貫けばよい!」
ニコラスの激しい叱咤もあり、二人は結晶の数を一気に倍増させた。
だが、数が増えるほど制御は難しくなり、精度を欠いた結晶は床や壁に無秩序に飛び交い、床や壁に無意味に突き刺さっていった。
そんな状況の中で、ヨツビシだけはまったく別の悩みに頭を抱えていた。
――あれ、待てよ?
さっき『俺たちは四人で完璧に一体化』なんて、カッコつけたわけだが……。
ヨツビシは頭の中で念入りに計算を繰り返した。
だが、どう工夫しても結論は変わらない。水属性である自分の防御壁を除いても、他の三枚だけで十分防ぎ切れるとしか思えなかった。
――もしかして俺の防御壁って、最初からいらなかったんじゃないか……?
意を決したヨツビシは、こっそりと自分の防御壁だけを解除してみる。
瞬間、防御壁のバランスが微妙に崩れたが、持ちこたえている。
だが、三人が険しい表情でヨツビシを睨みつけ、容赦なく彼の脚を蹴りつける。慌てて防御壁を再展開し、小さく咳払いして三人に軽くウインクを送るが、全員素早く顔を逸らし、誰一人として目を合わせてはくれなかった。
――やっぱり俺の防御壁……最初からいらない子だったんだ……。
なんとも言えない孤独感を胸に抱えたヨツビシだったが、すぐに次の行動を決意する。
ヨツビシはもう一度防御壁を解除すると、素早く他の三枚に対して水の鏡面――反射魔法を付与した。
直後、バシとバショウの放った猛烈な乱れ撃ちが防御壁に反射され、攻撃がそのまま二人自身に襲い掛かる。双子は慌てて攻撃を中断、自分たちの防御壁を瞬時に生成し、跳ね返った攻撃を防いだ。
だが、防御壁を展開できなかった無防備なニコラスにもそれは襲い掛かった。
「な、なにぃ――っ!?」
ニコラスは驚愕の表情を浮かべたまま、成す術もなく反射された攻撃を浴び、その場に崩れ落ちた。
「ニコラス様……っ!」
バシとバショウは信じられない光景を目にし、一瞬完全に動きを止めてしまった。
その僅かな隙を、イチヨンセンが逃すはずがなかった。
四人は即座に行動を開始する。バシとバショウの間に厚く強固な四枚の防御壁を重ねて生成し、二人を完全に分断すると、そこへ勢いよく滑り込んだ。
水属性のバシの側では、有利属性である土属性を持つゲンジが単独で防御壁を構え、その背後でヨツビシが攻撃の準備を整える。この陣形では、バシは手を出すことすら許されない。
一方、風属性のバショウの側では、有利な火属性を持つオウギが防御壁を展開し、その背後でタカノハが着実に攻撃の構えを見せた。こちらもまた、バショウはただ無力に立ち尽くすしかなかった。
「すまんな」
「ごめんね」
ヨツビシとタカノハは同時に静かな声を発すると、それぞれの攻撃を一斉に放った。焦ったバシとバショウは即座に防御壁を生成するが、それこそが狙いだった。
「申し訳ない」
「恨むならヨツビシにして」
ゲンジとオウギがその隙を逃さず、有利属性の強力な攻撃を一気に叩き込む。バシとバショウの防御壁は一瞬で崩壊し、二人は抵抗の余地もなくその場に崩れ落ちた。
しばらく待っても二人が起き上がる気配がないことを確認すると、ヨツビシが皆に軽く手を上げて合図を送った。
「はい集合」
戦闘直後とは思えないほど気の抜けた様子で、イチヨンセンの四人はゆるゆると集まった。
ヨツビシは腕組みをしながら、やや眉を寄せ、不満げな表情でメンバーを見渡す。
「あのさ……ちょこちょこふざけてなかった? 今回、俺、真面目だったのわからない?」
それを聞いたタカノハが真顔で同調する。
「あー、ふざけるのはダメだわ。それだけは絶対ダメ」
ゲンジとオウギも揃って大きく頷いた。
ヨツビシは咳払いを一つすると、気を取り直して続けた。
「はい、先生は、まず最初のバシさんに対する声かけが気になってます。『バシ殿、双子なのにバショウ殿よりも見た目若いって言われませんか?』これ言ったやつ死刑な」
タカノハは一瞬ぎょっとした顔をしたが、慌てて声を上げる。
「いやいや、それよりさ、『では参る……』とか戦国武将みたいなこと言ってたやついただろ? あれ誰だよ!」
今度は、ヨツビシが明らかに動揺して視線を逸らした。
「あー、やっぱさっきのバシさんに対する声かけ、死刑は無しにするわ。えっと、じゃあ、トドメの時に『恨むならヨツビシにして』とか言ってた奴いたなー、先生知ってます」
オウギは一瞬目を泳がせるが、すぐに切り返す。
「待て待て、戦闘中に防御壁勝手に消してウインクしてた奴いただろ?」
ヨツビシは焦ったように答えた。
「え、あれは……いいんじゃないの、合図じゃん……。じゃあ、まぁそれもいいです。これ最後な。通信機だけど、あの爆音は明らかに音量設定ミスってたよな? だけど『責任取れるなら音量下げてもいい』とか、変な言い訳して下げなかったやついなかったか? 先生、あれは問題だと思います」
ゲンジが静かな口調で即座に返す。
「あー、あの通信機、先生が反射させた結晶の一つに当たって壊れたんですが?」
ヨツビシは愕然とした表情になった。
「えっ……そうなの? いやでもそれ、俺のせいじゃないよね? ほら、冷静に考えてみて。あれ結局、バシさんと、バショウさんがやったことだよね?」
三人がじっとヨツビシを見つめる。
ヨツビシはその視線に耐えられず、急に踵を返して叫んだ。
「イチヨンセン、通信機の補充のため、一旦本部へ急行する!」
そのまま振り向きもせず駆け出すヨツビシ。
「逃げたぞ、あいつ!」
「ちょっと待て、ヨツビシ!」
「おい、先生! ずるいって!」
残された三人は慌ててヨツビシを追いかけていった。




