第52話:魔法競技祭当日――託された信頼
イチサンセンのフウコ、シスイ、エミリの三人は、地下深くへと続くトンネル内を慎重に進んでいた。三人の掌にそれぞれ灯した小さな炎が土壁を照らし、濃い闇に包まれた通路に三人の影を浮かび上がらせる。湿った土の匂いと、わずかな物音さえ響く異様な静けさが緊張感を高めていた。
先ほど入った一斉通信によれば、地下牢へ向かったイチゴセンが敵と遭遇し、モンドとカイエンが救援に向かったという。
状況は一刻一刻と緊迫している。
他班を支援するためにも、一刻も早く残る魔法陣を無効化する――それがイチサンセンに課せられた責務だった。
エミリはトンネルの壁面に手を触れながら、集中して土中を探索していた。
その時、不意に彼女の指先がぴたりと止まり、小さく息を飲んだ。
「お姉さま方……! こちらの方向に、巨大な空間があります!」
緊張を滲ませたエミリの声に、フウコとシスイは即座に足を止め、振り返る。
二人の表情にも一瞬の緊迫が走ったが、すぐにフウコが力強く頷いた。
「よくやったわ、エミリ!」
シスイも静かに頷き、エミリの肩を軽く叩いた。
「地下から魔法陣を管理している、という私の予想は正解だったようね」
その直後だった。
エミリの持つ通信機に緊迫した一斉通信が流れ込んできた。
『イチイセン、イチヨンセンは遭遇した敵を速やかに撃破せよ! それとカイエン、聞こえるか!? そちらに乙種救護部隊を向かわせた! これより総指揮権はカエイに移譲し、俺が救援に向かう! それまでモンドを頼む!』
その後、痛みに堪えるような苦しげなモンドの声が響く。
『イチニセン……モンドだ。すまない、専用通信を使う余力がなく……一斉通信を使わせてもらった……』
割り込むように、カイエンの強い叫び声が上がった。
『もう喋るな、モンド! こちらイチニのカイエンだ! 相手は第一貴族テックマン家のアーヴィング。ここは属性的に俺のほうが有利だ、一人でなんとかしてみせる! シシン、貴様は王家の方々の安全確保を優先しろ! すなわちイチゴセンの救援に向かってくれ!! ……すまない、モンドの容態が深刻だ。イチニセンは通信から離脱する!』
悲痛なカイエンの声に、エミリの身体が小刻みに震える。
ふと視線を隣に移すと、フウコとシスイは真っ直ぐ前を見据え、強い決意を瞳に宿していた。その姿を見て、エミリは慌てて心を引き締め直す。
――……ここは戦場なんだ。
動揺している場合じゃない。自分も覚悟を決めないと。
フウコが静かに、だが力強く言った。
「私たちが一刻も早く魔法陣を解除することが、他の各班を支援することにも繋がるわ。急ぎましょう」
シスイとエミリは力強く頷いた。
続けてフウコはエミリに確認するように尋ねた。
「エミリ、巨大空間に繋がるトンネルを一気に作れるかしら?」
エミリは迷いなく頷き、自信に満ちた声で応えた。
「任せてください、フウコお姉さま!」
フウコは小さく頷き、落ち着いた口調で指示を出した。
「では、本部に連絡を。トンネルが開き次第、即座に侵入して敵に奇襲を仕掛けるわ」
エミリはしっかりと頷き、専用通信を起動する。
「こちらイチサンセン。地下深部に巨大な空間を確認しました。これよりトンネルを生成し、直ちに突入します。目標は巨大魔法陣の破壊。戦闘に入ります」
即座に作戦本部からの一斉通信――シシンから総指揮権が移譲されたカエイの声が飛び込んできた。
『作戦本部、了解した。イチサンセンはそのまま突入、敵勢力を排除後、速やかに巨大魔法陣を破壊せよ。現在、他班も交戦中のため支援は期待できない。十分に注意して任務にあたれ――健闘を祈る』
本部からの緊迫した返信を受け、エミリは胸の奥で静かに深呼吸をした。その緊張を察したように、フウコはエミリの目を真っ直ぐ見つめ、ゆっくりと語りかける。
「それからエミリ……、今まで本当によく頑張ったわね。あなたは、もうハルナの代役ではないの。シスイも私も、あなたのことを心から信頼しているわ。だから戦場では、“お姉さま”じゃなくて、私たちをイチサンセンの仲間として、対等に名前で呼んでほしいの」
エミリはその言葉に胸が熱くなった。
イチサンセンに配属された当初、自分は属性が解放されたばかりで、未熟だった。フウコやシスイの圧倒的な実力を前に、何度も挫けそうになった。叱咤され、自分の無力さを痛感する日々。それでもエミリは歯を食いしばり、弱音を吐くことなく、必死に努力を重ねてきた。
エミリは小さく微笑み、力強く頷いた。
「……はい、わかりました!」
潤んだ瞳の奥には、確かな決意が宿っていた。
フウコは頷き、真剣な表情で前を向く。
「それじゃあ、行くわよ」
エミリは呼吸を整え、強い決意とともに魔法を発動させた。
「――開きます!」
エミリの魔法が発動すると、目の前の岩盤が轟音とともに激しく震え、巨大空間へと繋がるトンネルが瞬く間に形成された。その瞬間を逃さず、フウコ、シスイ、エミリは勢いよく地下の巨大空間へと飛び込む。
突入した刹那、視界に映ったのは――
巨大魔法陣の威力を落とすまいと魔力で維持するルドルフ、その傍らに立つ第三貴族当主ルードヴィヒ、そして異様な魔力を放ち、鋭い一角を額に持つ巨大な魔獣の姿だった。
敵は完全に虚を突かれ、一瞬、動きを止めた。
エミリが即座に土魔法を発動し、敵の足元を激しく崩落させた。だが不思議なことに、魔法陣を維持するルドルフと、その傍らにいるルードヴィヒの足元はまったく崩れない。魔獣は大きく態勢を崩したが、その額にある一角から放たれる魔力が二人の足元を支えていることがはっきりと感じ取れた。
三人は予想外の事態に一瞬驚愕したが、すぐにフウコが鋭く指示を出す。
「あの魔獣から倒すわよ!」
シスイは頷き、即座に強力な氷結魔法を放つ。空間全体が一瞬で凍てつくような冷気に包まれた。やはりルドルフとルードヴィヒには影響が及ばないが、態勢を崩していた魔獣は瞬く間に氷漬けとなり、完全に動きを封じられた。
間髪入れず、フウコが鋭利な風の刃を放ち、凍結した魔獣を一気に斬り裂く。
一瞬、攻撃が成功したかのように思えたが――。
――……どういうこと!?
エミリは目の前で繰り広げられる異常な光景に愕然とした。斬り裂かれた魔獣の胴体や切断された両足が、不気味にうごめきながらその断面を接合し、再生を始めていたのだ。
再生が完了するや否や、魔獣の一角から赤黒く禍々しい魔力が溢れ出し、空間全体に重苦しい圧力が満ちる。再び立ち上がった魔獣は怒りに満ちた咆哮を上げ、その眼には、より凶暴で禍々しい光が宿っていた。
フウコもシスイも驚きを隠せない。
余裕の笑みを浮かべたルードヴィヒが嘲笑うように言った。
「その程度の攻撃では、私の魔獣は倒せまい」
一方、ルドルフは、ルードヴィヒに守られるように巨大な魔法陣の維持に専念しており、一切の動揺もなく冷静に事態を見守っていた。
そのとき、エミリの通信機に再び本部からの一斉通信が入った。
『作戦本部よりイチイ、了解した――もう撃破したのか!? さすがだ。そのまま地下牢へ急行し、イチゴの戦闘を支援してくれ! シシンも向かっているが、敵はかなりの強敵と思われる。慎重に行動を!』
さらに通信は続く。
『それとイチヨンセン、聞こえるか? そちらの通信機に異常が発生している! 状況を報告せよ!』
それを耳にしたルードヴィヒは僅かに目を細め、背後に浮かぶ巨大な魔法陣を静かに見上げた。
「……第五貴族フリッツの反応が途絶えたか。リョゼツほどの武人がやられるとはな……。ヒヨリ不在でもイチイは油断できぬ、ということか」
しかしすぐに冷徹な笑みを取り戻し、静かに続けた。
「……だが、こちらには隠し玉がある。それに地下牢には第一貴族エドワードが控えている。イチゴ如き、すでに倒されているだろう。イチヨンもすでに片付いたようだ。二勝一敗……悪くない」
一瞬の沈黙の後、ルードヴィヒは邪悪な笑みを深めた。
「……いや、すまない。ここでお前たちも死ぬから三勝一敗だった! さぁいけ、ケイオスフィスチェ。奴らを殲滅しろ!」
その命を受け、魔獣は鋭い動きで瞬時に高く跳躍した。額の一角に赤黒く禍々しい魔力が集まり、激しい電撃となって放たれる。
フウコ、シスイ、エミリの三人は、防御壁だけでは電撃の痺れを防げないと即座に判断し、それぞれ異なる方向へ散開した。
しかし魔獣は再び一角を鋭く光らせ、三人の中でもっともスピードの劣るシスイを標的に定めると、驚異的な速度で突進を仕掛けた。
「――シスイ!」
フウコの叫びに、咄嗟に防御壁を展開したシスイだったが、魔獣の鋭利な爪は防御壁ごと彼女を深く抉り、そのまま激しい衝撃とともに地面へ叩きつけた。
空中に離脱していたフウコは風を纏い、すぐさまシスイの救出へと向かう。
だが、魔獣は、そのフウコを次なる標的とし、再び一角を光らせて足を曲げ、攻撃態勢に入る。
その一瞬の隙を、エミリは逃さなかった。
――フウコお姉さまは、私を信じて飛び込んでいる。
だから絶対に、ここで足を引っ張るわけにはいかない……!
放たれた土魔法が魔獣の足元を激しく揺るがし、大きくバランスを崩させる。さらに地面は瞬く間に泥状となり、魔獣の巨体を深く飲み込んだ。
間髪入れず、エミリが渾身の豪炎魔法を放つ。泥は激しい熱で瞬時に焼き固まり、魔獣ごと黒々と炭化した地面からは、焦げた臭いが立ち込めた。
その鮮やかな手並みに、フウコは内心で驚きを隠せない。
――短期間でここまで成長するなんて……。
エミリが魔獣を封じ込めている間に、フウコはシスイを抱き起こした。しかし、シスイの傷は予想以上に深刻で、呼吸も浅く途切れ途切れだった。
「シスイ! しっかりしなさい!」
フウコは必死に呼びかけるが、シスイは何の反応も示さない。
ふと視線を戻せば、魔獣が沈んだ地盤から再び赤黒い禍々しい魔力が滲み出している。
――まさか、何度でも蘇るというの……!?
一瞬、焦りが胸を締めつける。
だが、ここで動揺するわけにはいかない――フウコは班長としての冷静さを取り戻した。
「エミリ、良い判断だったわ! 一度集合しましょう!」
撤退か、作戦続行か。
イチサンセンの班長として、この場にいる全員の命運――いや、それだけではない。巨大な魔法陣が影響を及ぼす戦場全体の命運を背負うフウコには、一切の誤りが許されない冷静な判断が求められていた。
絶望的な状況が刻一刻と悪化する中、エミリの通信機からは、イチヨンセンへの応答を求める切迫した声だけが、虚しく響き続けていた――。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
現在投稿中の作品についてお知らせいたします。
テンポや展開に課題があり、作品をもっと多くの方に楽しんでいただくために、表向きの設定やストーリー展開を根本的に見直し、大幅な変更を行うことを決定いたしました。
具体的には、序盤はまったく別の話として再スタートし、中盤以降で現在の話の重要な要素と合流するような構成となります。
物語の核となる裏設定や伏線は9割方維持しますが、途中からの展開もテンポ良く、より引き込まれる内容になるよう修正いたします。
この大規模な修正作業のため、現行版の投稿ペースを、週に1回程度(月曜の12:20更新、あるいは不定期)に落とさせていただきます。
楽しみにしてくださっている皆様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんが、作品をより良いものにするための判断として、ご理解いただけますと幸いです。
新しいバージョンが準備できましたら、改めて告知いたします。
引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします。




