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第51話:魔法競技祭当日――ヒヨリ不在のイチイセン

 地下牢へと繋がる通路にて、ウカクとサカクが鮮やかに真っ二つに切り裂かれた、その少し前のこと――。


「こっち、誰もいないよー!」

「うん、こっちも異常なし!」


 イチイセンのユラとサラは、シングウ城の国王自室内を慎重に進みながら、周囲の気配に神経を研ぎ澄ませていた。しかし、敵や人質となった王族の気配はどこにも感じられなかった。


 その時だった。作戦本部からの一斉通信が入り、二人は同時に動きを止めた。

 ヒヨリ不在のイチイセンには、乙種救護部隊から土属性の保有者であるシシカが通信担当として臨時配属されていた。そのシシカの通信機から、緊迫した声が響く。


「イチゴセン、聞こえるか。地下牢に捕らえられているのが王族なら、敵は相当な実力者だ。無理に仕掛けるな。可能な限り交戦を避けろ。こちらからモンドとカイエンを救援に向かわせた。それまでなんとか持ちこたえてくれ」


 ユラとサラは思わず顔を見合わせる。

 通信はさらに続いた。


「イチサンセン以外の甲種各班。目的地に異常がないことを確認次第、地下牢へ急行してくれ」


 二人はすぐさま状況を理解し、ユラが冷静にシシカへ伝えた。


「シシカ君、イチイセンはわかったよーって、本部に伝えてくれる?」


 シシカは少し戸惑いつつもその意図をくみ取り、すぐに専用通信を起動した。


「こちらイチイセン。国王自室に異常なし。これより地下牢へ急行します!」  

『作戦本部、了解した』


 その後、イチイセンの三人は地下牢へと急行。

 だが、シングウ城の中庭へと降り立ったときだった。


 巨大な槍が猛烈な勢いで飛んできた。

 ユラとサラは瞬時に反応し、三人を覆い隠すほど巨大な半透明のスライムを展開する。槍がその柔らかな表面にめり込むと、スライムは深く撓み、その弾力性によって槍を元の方向へと激しく弾き返した。そのまま勢いよく飛び出したスライムは、槍の射線上に潜んでいた二つの影を飲み込み、拘束した。


「今のサラちゃんの反応、早かったね! 助かったよー」

「ううんううん、ユラちゃんが“ぷよぷよ”させてくれたおかげだよー」


 敵がスライムに捕らわれている間に、ユラとサラは非戦闘員であるシシカを連れて城内へと退避した。


 ユラが口を開く。


「シシカ君は危ないからここに隠れててね」


 中庭でスライムに飲み込まれた二つの影を注意深く観察していたサラが、何かに気づいた。


「あ、あれって第五貴族のフリッツ殿だよー。もう一人はあの有名な人だー名前はわからないけどすごく有名な人!!」


 シシカが慌ててそれを補足した。


「あ、あの方はリョゼツです! フリッツ殿の腹心の!」

「あ、そういう名前なんだー、さすがシシカ君、詳しいね! 一応攻撃されたこと、本部に報告してもらってもいいかな!?」


 シシカはユラとサラの強さに圧倒されつつも、慌てて専用通信を起動した。


「こちらイチイセン。シングウ城中庭にて奇襲を受け、敵を一時拘束中。相手は第五貴族ワイズマン家の当主フリッツと、その腹心リョゼツ。指示をお願いします!」


 リョゼツは、一介の貴族家に過ぎなかったワイズマン家を、その圧倒的な武力で最高位“五家ファイブマン”まで押し上げた人物として国内では知らぬ者がいないほどであり、その名は強さの代名詞として広く知られていた。


 しかし、第五貴族のフリッツも、その腹心であるリョゼツも、ユラとサラが生成したスライムから抜け出せずにまだ苦戦していた。

 フリッツは魔法を駆使してスライムを溶かそうとしているが、表面がわずかに溶けてもすぐに再生されてしまうようだった。リョゼツは持ち前の腕力で力ずくの脱出を試みているが、それでもスライムの粘り強さの前に阻まれている。


 報告を終えた後、しばらく経っても作戦本部からの返答はなかった。


「本部からの返事遅いねー」


 サラが待ちきれずに声を上げる。シシカは不安げに通信機を握り直し、ユラは周囲への警戒を怠らなかった。その時だった――。


 作戦本部から一斉通信が飛び込んできた。


『イチイセン、イチヨンセンは遭遇した敵を速やかに撃破せよ! それとカイエン、聞こえるか!? そちらに乙種救護部隊を向かわせた! これより総指揮権はカエイに移譲し、俺が救援に向かう! それまでモンドを頼む!』


 続いて、苦痛に耐えるようなモンドの声が通信に乗った。


『イチニセン……モンドだ。すまない、専用通信を使う余力がなく……一斉通信を使わせてもらった……』


 すかさずカイエンが遮るように叫ぶ。


『もう喋るな、モンド! こちらイチニのカイエンだ! 相手は第一貴族テックマン家のアーヴィング。ここは属性的に俺のほうが有利だ、一人でなんとかしてみせる! シシン、貴様は王家の方々の安全確保を優先しろ! すなわちイチゴセンの救援に向かってくれ!! ……すまない、モンドの容態が深刻だ。イチニセンは通信から離脱する!』


 一斉通信を聞き、ユラとサラは驚きの表情で顔を見合わせた。


「モンド君、大丈夫かなぁ……」


 ユラが不安げに呟いた。

 その言葉の後、少しの沈黙が訪れたが――


「サラちゃん!」

「ユラちゃん!」


 二人は同時に顔を見合わせ、同じ言葉を口にした。


「早く倒して、みんなを助けに行きたい!」


 二人は思わず笑い合った。


「うん、いいよ、行こう行こう」


 ユラが明るく言った。


「そうだね、じゃあ早く倒さないとだね」


 サラも元気に応じる。

 シシカは二人のやりとりを見て、その独特な雰囲気に緊張しながらも黙って見守っていた。


 一方、中庭ではようやくスライムから抜け出した第五貴族のフリッツと、その腹心リョゼツが態勢を整えていた。


「リョゼツよ、油断するな。あの双子は王血部隊最強と名高いイチイセンのユラとサラだ。スライムの弱点はすでに見切った。もはや我々にあの術は通じぬ。存分に力を振るうがよい!」


「御意……“ゲイル・ストライク”」


 リョゼツは言葉と同時に地を蹴り、猛烈な速度でユラとサラへ一直線に突進した。


 ユラとサラは瞬時にスライムを再生成したが、リョゼツの凄まじい突進の勢いによってスライムは激しく破裂し、液体となって地面に飛び散った。激しい衝撃に吹き飛ばされた二人は、勢いよく地面に叩きつけられた。


「もはやそんなスライムなど、リョゼツには通じぬわ!」


 フリッツはその光景に喜びの声を上げた。

 リョゼツは間髪入れず剣を抜き、地面に倒れ込んだユラとサラにとどめを刺そうと再び突進を試みる。


「……悪く思うなよ、“ゲイル・ストライク”」


 しかし――リョゼツはその場からまったく動けなかった。


「リョゼツ、一体何をしている、早く仕留めよ!」


 フリッツが苛立ちを隠さず声を荒げる。


 リョゼツは驚愕の表情で自分の足元を見下ろした。先ほど破裂し飛び散ったスライムが、まるで意志を持つかのように絡みつき、すでに足元を覆って結晶化し始めていた。リョゼツが力を込めても、ピクリとも動かない。


「フリッツ様……こ、これは……!」


 リョゼツの顔に絶望の色が濃く広がる。


 フリッツはハッと気付き自らの足元を見下ろすと、同様にスライムが足をがっちりと拘束し、嘲笑うかのように結晶化が進んでいる。


「ば、馬鹿な……! こんなはずでは……!」


 二人の動揺をよそに、スライムはさらに勢いを増しながら膨張を続ける。下半身を完全に覆い尽くすと、瞬く間に硬質な結晶へと変化を遂げ、身動きを完全に奪ってしまった。


「く、くそっ! 浄化が……浄化が間に合わぬ!!」


 フリッツは焦りと恐怖で顔を歪ませ、全身の魔力を集中させてスライムを浄化しようと試みたが、スライムの増殖スピードはそれを遥かに上回っていた。


「フリッツ様っ……もはや、我が武運もここまで……」


 リョゼツが力なく呟き、天を仰いだ。


「リョゼツ、諦めるな! 私はそなたを信じておる! 最強の武人リョゼツがこんなところで倒れるわけがなかろう!」


 フリッツの叫びも虚しく、すでに口を塞がれ、動きを封じられたリョゼツからは何の応答もない。ただ、その目から無念の涙が一筋、頬を伝い落ちる。

 涙が結晶化したスライムに触れた途端、その涙さえも冷たく固まっていった。リョゼツの全身は容赦なくスライムに覆われ、静かに、そして完全に結晶の中へと沈んだ。


 リョゼツの最後を見届けていたフリッツにも、スライムの結晶は上半身から肩、そして首元へと容赦なく迫り、ついにその頭部にまで達した。

 横目を見やると、ユラとサラが何事もなかったかのように楽しげに笑い合いながら、いつの間にか城内の廊下を歩いていくのが見えた。


「馬鹿な……我らが……我らが、こんな小娘たちに……!」


 フリッツは最後の抵抗を試みるように呻いたが、喉元を這い上がったスライムが冷たく、残酷にその口元を塞いだ。声は途切れ、視界が徐々に結晶の中に沈んでゆく――。


 やがてスライムは中庭を完全に覆い尽くし、さらに膨張を加速させ、シングウ城の最上階までを飲み込み、完全な結晶牢獄と化した。


 その様子を城内から目撃していたシシカは、ユラとサラの圧倒的な力に再び驚愕した。


「ねー、あのスライムかっこいいよねー!」

「うんうん、ムキムキーって筋肉みたいに硬くなるところがいいよね!」

「あ、じゃあ今度はもっとムキムキさせちゃおうかー?」

「いいねいいね、それ絶対かっこいい!」


 当のユラとサラは楽しそうに話しながら戻ってくる。

 シシカは彼女たちのギャップに戸惑いつつも、思い切って二人に尋ねてみた。


「あの……お二人はどうしてそんなに強いんですか?」


 二人は一瞬顔を見合わせると、ユラが笑顔で口を開いた。


「だってさー、サラちゃんが強いんだもん」

「あ、嘘付いてる。ユラちゃんが強いんだよー?」

「えっ、ホントだよ? いつもサラちゃんのおかげだよ~」

「ううん、違うよ~。ユラちゃんがいつも助けてくれてるから強いんだよー」


 二人は「えへへ」と笑い合い、さらに楽しげに会話を続ける。

 シシカは困惑したまま答えを期待して待っていたが、二人があまりに楽しそうに会話を続けるのを見て、小さくため息をつきつつ肩を落とし、諦めて専用通信を起動した。


「……こちらイチイセン、シングウ城中庭にて敵、第五貴族フリッツおよび腹心リョゼツを完全に撃破。次の指示をお願いします」

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