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第48話:魔法競技祭当日――始まり

 魔法競技祭当日の朝。


 珍しく朝早く起床したヒカルは静かな足取りで王血館別館を出て、敷地の奥に新しく作られた小さな墓地へと向かっていた。そこは最近、森を切り開いて整えられたばかりで、並ぶ墓石は新しく、まだ十数基しかない。ときおり虫の囁きや鳥のさえずりが微かに響くだけで、あたりは穏やかな静寂に包まれていた。


 墓地の一番端にある墓石の前に立つと、ヒカルは静かに手を合わせた。


「モラタ……やっと新魔法を完成させたよ。今日の大会で認められれば甲種に戻れるかもしれない。そうなればお前が望んでいたように、戦えるぞ、俺たち……」


 報告を終えたヒカルは小さく息を吐き、墓石を静かに見つめる。

 慎ましく刻まれたモラタの名前。そのそばには、誰かが供えた小さな白い花が咲いていた。朝露に濡れた花びらが朝の柔らかな光を受けて輝き、まるでヒカルの新たな決意をそっと見守っているように感じられた。


 脳裏にはあの日の、モラタの穏やかな笑顔が鮮やかに蘇っている。


 胸に秘めた決意を再び強く噛み締め、小さく頷くと、ヒカルは静かな足取りで墓地を後にした。


 シングウ王国で年に一度開催される魔法競技祭は、王族や貴族たちが一堂に会し、各々が磨き上げた魔法を披露する重要な催しだった。その舞台となるのは“戦闘訓練場・一”。普段は王血部隊が集団戦などの訓練を積む場所だが、競技祭の際には格式ある舞台へと姿を変える。


 この日の競技祭では、午前中に行われる新魔法大会と、午後のチーム対抗戦が特に注目を集めている。

 新魔法大会では、ヒカルをはじめとする新進気鋭の者たちが、それぞれ自ら開発した新魔法を披露することになっていた。一方のチーム対抗戦では、甲種クラスの“イチゴセン”が二連勝を果たし、念願の“レイテセン”への名称変更を成し遂げるかどうかが密かな話題となっていた。


 “戦闘訓練場・一”の観客席には、すでに多くの王族や貴族たちが着席し、静かな期待感が会場を満たしている。やがてアモン国王が壇上に姿を現すと、威厳に満ちた声で競技祭の開幕を宣言した。


「我がシングウ王国の未来を担う精鋭たちよ、ここに集うすべての者にその力を示せ。諸君の努力と才覚が遺憾なく発揮されることを願う――ここに、魔法競技祭の開催を宣言する!」


 国王の力強い宣言が響き、会場には静かな拍手が広がった。


 その頃、控室ではヒカルが静かに待機していた。胸の奥には緊張がじわりと広がっている。しかし、心は不思議と落ち着いていた。あの不快なモヤモヤを、完璧に制御できる感覚が掴めていたからだ。


 ――やってやる……。


 ヒカルが目を閉じ、静かに意識を集中させていると、控室の扉が開き、甲種クラスの数名が次々と入ってきた。その中にはパオタロの姿もあった。パオタロはヒカルに気づくと、「フン」と鼻を鳴らし、冷ややかな表情で通り過ぎていく。


 ヒカルがそんなパオタロの背中に何か言おうと口を開きかけたとき、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。

 振り返ると、そこには穏やかな表情を浮かべたシシンが立っていた。


「エドワード殿との修行のことは聞いている。ヒカル、俺たちはお前を待っているぞ」


 ヒカルはその言葉を受け、迷いなく頷いた。


「すぐに戻ります。期待して待っていてください」


 シシンはその力強い返答に口元を緩め、満足そうに小さく頷くと、ゆったりとした足取りで自席へと去っていった。


 競技場では国王の挨拶が終わり、早速、最初のプログラムである新魔法大会が幕を開ける。出場順序は、まず貴族が二人、その次に乙種であるヒカル、最後に甲種クラスの生徒たちという構成だった。


 最初に名前が呼ばれたのは、第三貴族フリードマン家の長子ルドルフだった。ルドルフは迷いを振り切ったかのような表情で“戦闘訓練場・一”の中央へと進み出ると、観客の拍手に応えるように一礼をした。


「はじめ!」


 掛け声に応じて、ルドルフは巨大な水の槍を生成し、勢いよく地面に突き立てた。すると槍の先端から徐々に黒く染まり始め、やがて槍全体が完全に真っ黒に染まる。ルドルフは自信に満ちた声で叫んだ。


「ダークランス・トラップ!!」


 巨大な水の黒槍は崩れ落ち、そのまま地面に吸収されていった――だが、何も起こらない。

 しばらくして、ルドルフは悔しそうな表情で国王に魔法の失敗を報告する。国王から温かい労いの言葉をかけられ、ルドルフは静かに控室へと戻っていった。だがその表情をよく見ると、なぜか口元がわずかに緩んでいるようにヒカルには見えた。


 次に名を呼ばれたのは、どこかの貴族家の気の良さそうな中年の男性だった。

 彼が“戦闘訓練場・一” の中央に進み出ると、観客席からは大きな歓声が上がった。彼は風変わりな魔法で知られ、観客を楽しませることが趣味らしい。


 ところが、歓声を浴びた彼は急に険しい顔つきになり、観客席に向かって怒声を浴びせた。


「うるさいっ!! いつまでも騒いでるんじゃないっ!!」


 まさかの言動に観客席は戸惑い、一瞬で静まり返った。

 その静寂を前にして、中年の男性はニヤリと笑った。直後、彼はなんと壮大なオナラを放つ。


「なーんちゃって、ごめんね~ごめんね~」


 実はこれこそが彼の新魔法。

 オナラの音を自在に操り、まるで言葉のように発することができるという奇抜なものだったのだ。会場は一気に大爆笑に包まれ、中年の男性は笑いと喝采を浴びながら満足そうに控室へと戻っていった。


 ついにヒカルの名が呼ばれた。

 静かな決意を胸に、“戦闘訓練場・一”の中央へ歩を進める。観客席からの無数の視線を感じるが、不思議と緊張はなかった。


 だが、場の中央に立ち一礼し、貴族たちを前にした瞬間、“属性解放の儀”の光景がフラッシュバックした。あの日、自分の属性が“無属性”だと告げられ、玉座の広間が混乱とざわめきに包まれた――苦い記憶が鮮やかに蘇った。


 ――違う。もう俺は、あの時の俺じゃない。


 ヒカルは一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 大丈夫だ、モラタがそばにいる。

 俺たちが“最強のコンビ”だってことを、今、ここで証明してやる。


 心に再び静けさが戻った。

 ヒカルは合図役に小さく頷き、準備が整ったことを伝える。


「はじめ!」


 掛け声と同時に、ヒカルは一気に集中を高めた。

 感覚を呼び覚ます。まず、あの不快なモヤモヤとした感覚を明確にイメージする。続いて、それとは真逆の作用を持つモヤモヤを心の中に形作った。


 確信をもって、ヒカルはその魔法の名を叫ぶ。


「モラタ!!」


 ――よし、これでいい。

   見た目に何の変化もないことこそが、この魔法の特徴……。


 その瞬間だった。

 空の彼方から黒い光線が舞い降りたかと思うと、ヒカルの目の前に一人の少女が突然現れた。黒を基調とした髪に白と紫のアクセントが入った特徴的な髪型。衣装も髪と同じ配色で華やかに彩られ、その腕には一匹の黒猫が抱かれている。


 少女はヒカルを見つけると、迷うことなく一直線に駆け寄り、勢いよく抱きついた。


「ジュリジュリ~! もう会いたかったんだからぁ……!!」


 すぐに抱きついた相手が目的の人物でないことに気づき、少女は慌てて身を離す。


「……えっ!? ちょ、ちょっと……!! あんた、一体誰なのよ!! 私のジュリジュリどこにやったのよ!?」


 突然の展開にヒカルは完全に混乱し、まともに声を出すことすらままならない。


「な……、な……、なんで……」


 少女はそんなヒカルを完全に無視し、周囲を見渡した。

 だが目的の人物がここにはいないと悟ると、絶望的な表情を浮かべて地面に崩れ落ち、そのまま激しく泣きじゃくり始めた。


「えーーーーーーん!!! えーーーーーーん!!! えーーーーーーん!!!」


 “戦闘訓練場・一”に少女の絶叫が響き渡る中、ヒカルは茫然と立ち尽くすしかなかった。泣き崩れる少女の傍らで黒猫だけが、何事もなかったかのように悠々と毛づくろいを続けている。異様な空気だけが場を支配していた。


 観客席は、この状況を新たな召喚魔法だと面白がる者と、ヒカルが失敗したと考えて緊迫した表情を浮かべる者の二つに分かれ、ざわめきが徐々に広がっていた。


 だが、その混乱した空気の中でただ一人、まったく異なる視点でヒカルを見つめる人物がいた。皇太子ソロモンである。


 皇太子ソロモンは何かを確信したように素早く立ち上がると、護衛兵の制止を振り切ってヒカルのもとへ歩み寄った。そして、茫然と立ち尽くすヒカルを前にして、力強い口調で言った。


「見事な魔法だ、ヒカル」


 その言葉に驚いたヒカルは、慌てて片膝をついた。動揺で焦点の定まらない視線を地面に向けながら、なんとか言葉を絞り出す。


「あ、あ、有難き……幸せにございます」


 ソロモンはヒカルを真っ直ぐに見据え、落ち着いた声で話を続けた。


「これがエドワード殿の指導の成果というわけか。ヒカル、その魔法、私にも教えてもらえるだろうか?」


 ヒカルはさらに混乱し、慌てて顔を上げ、焦りながら言い返した。


「と、とんでもありません! 私ごときが殿下に教えるなど……! そ、それに、この魔法は決してあの少女を召喚するような類のものではないのです!」


 その言葉を聞いたソロモンは一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべて応じた。


「安心したまえ、ヒカル。私もそれは理解している。私が求めているのは君自身に現れた変化だ。皇太子としては少々恥ずかしいが、実は私自身も君と同じく無属性でな。君のその魔法は、私にも道を開いてくれるかもしれない」


 ――殿下が、無属性……?


 ヒカルは予想外の告白に言葉を失った。

 そのやり取りを聞いていた護衛兵が、慌ててソロモンを止めようとする。


「殿下、それはなりません! 新魔法を使用すれば“魔女の嫉妬” を呼び起こす危険があります。どうかご再考を……!」


 ソロモンは静かな仕草で護衛兵を制止した。


「もうよい。ヒカルに“魔女の嫉妬”が現れなかったという事実が、この魔法の安全性を示している。これ以上の口出しは無用だ」


 ヒカルは戸惑いを隠せなかったが、皇太子ソロモンの意思に逆らうわけにはいかなかった。少女の悲痛な泣き声が依然として響く中、ヒカルは自分にできる精一杯を尽くし、新魔法“モラタ”の伝授を始める。


 ヒカルは一つ一つ丁寧に、各属性の魔力配分を確認しながら、ソロモンの右手へ慎重に魔力を導いていった。


 観客たちはその光景を固唾を飲んで見守り、次に何が起こるのかと期待を膨らませていた。まるで皇太子が新たな少女を召喚する魔法を披露してくれるのを待っているかのようだった。


「その配分を維持して……そうです。はい、そのままで大丈夫です。そのまま魔力を流し込めば、“モラタ”が発動するはずです」


 ソロモンは僅かに口元を緩め、期待に満ちた目をヒカルに向けた。そして少し緊張した面持ちで、新魔法の名を告げる。


「モラタ……!」


 皇太子の声が場内に響き渡った瞬間、ヒカルは明らかな異変を感じ、一瞬だけ身体を硬直させた。

 観客席もまた静まり返り、誰もが動きを止めている。


 ヒカルがゆっくりと周囲を見渡すと――たった今まで確かに目の前に立っていたはずの皇太子ソロモンが、まるで最初から存在していなかったかのように消え去っていた。


 ヒカルは息が詰まるほどの恐怖と混乱に襲われた。


「ジュリジュリーーーーーーー!!!」


 息を呑むような沈黙の中、少女の悲痛な泣き声だけが空しく響き続けている。

 その直後、悲痛な叫びを突き破るように、鋭い声が会場に響いた。


「ヒカル殿が、ソロモン殿下を討ったぞ!」


 その衝撃的な言葉にヒカルは耳を疑った。聞き覚えのある声――ここ最近、ずっと自分を指導してくれたあの声だ。


 ゆっくりと視線を向けると、そこには険しい表情でこちらを睨みつけながら、真っ直ぐに駆け寄ってくるエドワードの姿があった。

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