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第47話:モラタ

 修行を始めてから10日が経った。


 ヒカルは毎日、エドワードに厳しく見守られながら、『一つの魔力器を、同時に複数の魔法で使う感覚』を掴もうと懸命に取り組んでいた。


 しかし、その試みは思うように進まなかった。感覚を掴もうとする度に、強烈な不快感に襲われ、気分が悪くなって倒れ込んでしまうのだ。この日も、すでに三度倒れており、何度か休憩を挟まざるを得なかった。


 それでもヒカルは決して諦めなかった。

 前を向いて進むしかない――そう自分に言い聞かせていた。


 一方、エドワードは10日が経過しても変化の兆しが見られないヒカルを見て、このまま同じやり方を続けることに疑問を感じ始めていた。


 魔法競技祭まであと数カ月。


 この祭典では、新魔法を披露する新魔法大会も実施される。それまでにヒカルの新魔法を完成させ、この国の人々に希望を示す必要があるとエドワードは強く感じていた。魔女の侵攻以降、経済が逼迫していることを始めとして、昨年は、財源確保のために貴族特権の一部が剥奪されるなど、不満が徐々に増していたからだ。アーヴィングやガブリエウを含め、貴族たちの反発を抑えるためにも、具体的な成果が求められていた。


 苦悩の末、エドワードはついに決断を下した。


「ヒカル、この修行はここまでだ」


 突然の宣言にヒカルは激しく動揺した。


「待ってください、エドワード先生! 俺、まだやれます! このまま終わりたくありません、どうかお願いします!」


 ヒカルは声を震わせながら訴えた。この10日間、苦しみに耐えて積み重ねてきた努力が一瞬で無駄になると思うと、悔しさと焦りで胸が締め付けられるようだった。


 ヒカルの必死な訴えに、エドワードは穏やかに、しかしはっきりと伝えた。


「心配するな、君を見放すわけではない。ただ、この10日間を見てきた限りでは、このまま同じ方法を続けても成果は出そうにないからな。一度立ち止まり、視点を変えて別の道を探るべきタイミングだと考えている」


 その言葉にヒカルは胸を撫で下ろしたが、すぐに新たな不安が湧き上がった。


 ――別の方法って、一体何をするんだ……?


 エドワードは静かにヒカルを見つめながら説明を始めた。


「これまで君は新しい感覚を掴もうとするたびに、あのモヤモヤとした不快感に阻まれてきたはずだ。今度はそこに焦点を当てる。どこからその感覚が湧いてくるのかを探るんだ」


 ヒカルは困惑した様子で首を傾げる。不快感の原因を探ったところで、それが解決するとは思えなかったからだ。


「だけど、それを探ったとしても不快感が消えるわけじゃないし……本当にそれが強くなる方法なんでしょうか……?」


 エドワードは厳しい表情のまま、静かに言い切った。


「その不快感の正体が分かれば、それを抑える魔法が作れるはずだ。そうすれば、一つの魔力器を複数の魔法で自在に操ることができるようになり、結果的に君の力を大幅に向上させることになる。最終的には、四属性すべてを同時に複数の魔法で操ることすら可能になるわけだからな」


 ヒカルはエドワードの言葉を聞いて、強さへの道が必ずしも直接的な方法だけではないことを初めて理解した。同時に、これまでの自分の視野がいかに狭かったのかを思い知らされ、エドワードの柔軟で深い考えに改めて感心した。


 ヒカルは決意を込めて深く頷いた。


「なるほど……わかりました! やってみます!」


 その後、ヒカルが何度かあの不快感の正体を探っているうちに、意外なことがわかった。モヤモヤは“外部から”入り込んできているものだったのだ。


 エドワードもその結果に驚き、外部からの魔法干渉や、ヒカル自身がガスポールに生成された特殊な存在であることなど、様々な可能性を考えたが、明確な答えは見つからなかった。だが、いずれにせよ今やるべきことは変わらない。理由を深追いするのは後回しにし、二人はまず外部からの不快感を遮断する魔法の開発に集中することを決めた。


 翌日から二人は魔法試打所で新たな魔法を完成させるべく、本格的な修行の日々に入ったのだった。


 しかし、モヤモヤを遮断する魔法の開発は難航した。

 まず、魔法試打所は予約制なのだが、甲種クラスの生徒たちがこぞって新魔法の開発に熱中しており、予約を取るのも困難で、毎日ようやく確保できた数時間の枠だけが、二人に許された貴重な時間だった。さらに試打所以外での試行は、“魔女の嫉妬”を引き起こすリスクがあるため、不可能だった。

 限られた時間の中での魔法開発は想像以上に困難を極めた。


 何度試しても魔法の成功を示す青いランプはまったく点灯せず、ただ時間だけが過ぎていった。そして気がつけば、魔法競技祭は目前に迫っていた。



――魔法競技祭、前日――


 競技祭前日になっても成果が出ないことに焦りが募り、ヒカルは追い詰められていた。しかし、必死で考え続けるうち、ふとある考えがひらめいた。


 ――あのモヤモヤと全く逆の作用を持つモヤモヤを意図的に作り出せば、互いが打ち消し合うんじゃないか?


 ヒカルは早速それを試してみた。

 一度アイディアが浮かべば、さすがは器用なヒカルだった。今まで全く反応がなかった青いランプが鮮やかに点灯した。しかも、“魔女の嫉妬”の発動を示す赤いランプはついていない。――試打所外でも安全に使用できるということだった。


 成功を確認した瞬間、ヒカルの胸の奥から熱いものが一気に溢れ出した。胸が熱くなり、涙が自然と溢れ出す。長い間抑え込んでいた不安と焦りが、一瞬で報われた気がした。


「やった……、俺やったぞ!」


 ヒカルは感極まってエドワードに駆け寄り、喜びのあまり思わず抱きついた。涙を流しながら感謝の言葉を述べると、エドワードもヒカルの肩を叩き、心からの笑みを浮かべた。


「よくやった、ヒカル! この数か月間、君の努力と諦めない心が、この結果をもたらしたんだ。私は君を、本当に誇りに思うぞ」


 そして二人は、その日のうちに試打所の外で、実際に魔法の効果を試してみることにしたのだった。


「じゃあ、やってみますね! エドワード先生!」


 ヒカルは力強く言い放った。エドワードは静かに頷き、期待を込めて見守る。


 ヒカルが新魔法を発動した。

 見た目には特に変化がないため、一瞬戸惑いを覚えたが、ヒカルが慎重に『一つの魔力器を、同時に複数の魔法で使う感覚』を探りにいってみると――


 ――なんだこれ……超気持ちいい。これが俺の本当の力……。


 ヒカルは感覚を確かめるように体を動かし、小さな爆発を繰り返してその反動でふわりと空中へ浮かび上がる。そして、そのまま自在に熱風や溶岩、熱水を同時に生み出してみせた。その動作は軽快で、まるで四属性を自在に操っているかのようだった。


 ――そういうことだったのか……。四つの属性をバラバラに使うというより、境界が消えて自由自在に操れる感覚……。それに……。


 ヒカルは試すように右手を真っ直ぐ前に突き出した。すると、そこから放たれた熱風が一気に膨れ上がり、轟音を立てながら巨大な熱嵐へと姿を変えた。


 ――“属性解放”とまではいかないけど威力も上がってる……。これなら俺も戦えるかもしれない……。


 エドワードはその光景を目にして、言葉を失い、静かに感動に打ち震えた。これまでの苦難が報われた瞬間だった。


「これが……もう一つの光か……」


 エドワードが静かな声で呟くと、ヒカルはその声に気付き、ゆっくりと地上へと降り立った。


「ヒカル、明日の新魔法大会には、国王陛下、皇太子殿下をはじめ、多くの貴族が来場される。その場で、ぜひこの新たな力を披露してくれ。君のその魔法が、この国の人々に新たな希望をもたらすことになるだろう」


 ヒカルはエドワードの真摯な眼差しをしっかりと受け止め、力強く頷いた。

 エドワードは静かにもう一つの大切な課題を告げる。


「最後に一つだけ、重要なことがある。新魔法には名前が必要だということだ」


 ヒカルは穏やかな笑みを見せ、どこか懐かしさと決意を感じさせる口調で答えた。


「この魔法は俺の新たなスタートだから……。名前はもう決まっています」


 エドワードは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな表情になり、静かに頷いた。

 ヒカルは静かに、しかし確信をもって告げた。


「――“モラタ”」

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