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第44話:もう一つの光

 ――御前会議から一か月後。


 ガスポールが提案した魔法試打所が正式に新設された。

 試打所内では魔法を使用しても属性が完全に無効化されるため、魔法の具体的な効果を直接確認することはできない。その代わり、魔法の発動に成功すれば青いランプが点灯する仕組みとなっている。また、“魔女の嫉妬”が発動した場合には、青いランプに加えて赤いランプも同時に点灯する。

 つまり、青いランプだけが点灯し、赤いランプが点灯しなければ、その魔法は安全であり、試打所外でも使用可能ということになる。


 本日、その魔法試打所の新設を祝う記念式典が盛大に催されていた。

 御前会議に出席した面々を始め、王族や貴族などが多数列席している。


 今まさに、その式典の中で、試打所の実現に特に大きく貢献した人物として、ガスポールとヒヨリが勲章を授与されているところだった。


 ヒヨリはというと、拘置所から解放されてすぐに、王血部隊からの離隊を申し出ていた。

 ガスポールは当然ヒヨリを説得したが、ヒヨリは「戦う資格がない」「自分自身を見つめ直したい」「取り返しのつかない失敗をした」と頑なに固辞した。

 グロリア修道院にてまだ罪を犯していない未来の犯罪者を先に裁いてしまった罪は、たとえ拘置所を出たとしても消えることはない――そう強く主張するヒヨリに対し、ガスポールはその精神状態を考慮し、最終的に離隊を承諾せざるを得なかった。


 現在、ヒヨリは王血部隊を離れ、魔法書室で一般職員として静かな日々を送っている。


 一方、ヒカルは救護訓練襲撃事件の後、何も手に付かないまま無為な日々を過ごしていた。それは、自分が何のためにここにいるのかさえ見失ったような、空虚な時間だった。


 そんなある日、ヒカルは、“戦闘訓練場・弐”をふと訪れた。そこでは、かつて王血館本館前で自信ありげに「私は優秀だから」と口にしていたエミリが、フウコやシスイの高度な訓練にまったくついていけず、厳しい叱責を受けている姿があった。

 汗と泥にまみれ、必死に耐えながらも、エミリは決して弱音を吐こうとしない。


 その様子を見ていたヒカルの胸に、苦い感情が込み上げる。


「何やってんだよ……」


 それは、自分の弱さを隠し通して無理をするエミリへの苛立ちと、同時に、モラタに救われた命でありながら、何もできないまま無為な時間を過ごしている自分自身への歯がゆさや情けなさを含んだ呟きだった。


 その日を境に、ヒカルは何かに取り憑かれたかのように魔法書室に籠もり始めた。その姿をヒヨリは静かに見守った。ヒカルもまた、分からないことがある度にヒヨリを頼りながら、着実に知識を深めていった。


 ――式典が終わると、参列した貴族たちは次々と従者が控える豪華な馬車に乗り込み、優雅にそれぞれの邸宅へと帰っていった。


 しかし、第一貴族であるエドワードだけは、その流れに加わることができなかった。かつての領地を失い、今や従者もなく、シングウ王家からの金銭的援助と食料配給だけで細々と暮らしているエドワードは、式典会場の裏手から静かに夜の街へと歩き出した。


 薄暗い街灯が照らす静かな夜道を、エドワードは一人で歩き続ける。夜風が頬を冷たく撫で、華やかな式典との落差が、彼の心に、より深い寂しさを刻んでいた。


 ようやく家に辿り着き、古びた扉を開けて中に入る。だが、一息つく暇もなく、廊下を足早に近づいてくる足音が響いた。


「父上!! ヒヨリが未来を見る能力を持っていたというのは事実なのですか?」


 テックマン家の長兄であり、ガブリエウの兄であるアーヴィングが、切迫した様子で詰め寄ってきた。

 突然の問いかけに、エドワードは眉間に皺を寄せた。


「どこでそれを知った?」

「ルドルフです。本日の記念式典で耳にしました」


 エドワードは深いため息をつき、重々しく答えた。


「第三貴族フリードマン殿のご子息か……確かに事実だ」


 アーヴィングの瞳に、苛立ちの炎が宿る。


「やはり……! これでようやくわかりました。“属性解放の儀”の計画がことごとく潰されたのは、内部の情報漏洩ではなく、ヒヨリが未来を見て事前に対処していたからだったのですね。そして、そのヒヨリは今やその能力を失ったと……なぜもっと早く教えてくださらなかったのですか?」


 エドワードの表情が険しくなった。


「冷静になれ、アーヴィング。そもそも私は"属性解放の儀"で動くこと自体に反対していた。お前たちが私の反対を押し切って勝手に推し進めた結果だということを忘れるな」


 アーヴィングは唇を噛み締め、目を逸らした。

 エドワードはさらに厳しい口調で続ける。


「ヒヨリ殿が未来を見て対処した結果が今の世界だとするなら――アモン国王をはじめとする方々は、すでにお前たちに謀反の意があったことを知っているということだ。それでも我々テックマン家を処罰することなく、寛容にも見逃してくださっている。その意味をお前は理解しているのか?」


 アーヴィングの表情に悔しさが滲んだ。


「ガブリエウが突然、王血部隊に加えられた理由もそこにある。監視下に置き、戦力を削ぐ目的があったはずだ。罰せられずに済んでいることに感謝こそすれ、恨むべきではない。この状況を招いたのはお前たちの短慮だ。二度はないと思え」


 アーヴィングは抑えていた苛立ちをついに爆発させた。


「父上はまだ耐えろとおっしゃるのですか? 私は母上のように無念のまま終わりたくありません!」


 エドワードの瞳に鋭い光が閃いた。


「何度言えばわかるのだ。我々の目的はあくまでもダーマンベルクの奪還であることを忘れるな!」


「父上こそ、私のことを理解していない! 私はガブとは違う!! この母上のペンダントが私に力を与えてくれるのがその証拠だ! 私は、母上の果たせなかった意志を継いでいるのです……!」


 アーヴィングは胸元のペンダントを強く握りしめ、その手が震えていることにも気付かないほど感情を昂らせていた。

 その言葉に、エドワードは重く、威厳のある声で答えた。


「では聞くが、魔女側に寝返ったとして、ダーマンベルクの統治権が我々に与えられる保証はあるのか? その可能性は極めて低いだろう。シングウ王国の転覆は、この国では魔女に勝てぬと確信し、僅かな望みにすがるしかなくなった時の最後の手段に過ぎぬのだ」


 アーヴィングは唇を噛みしめながら視線を逸らし、不満げに押し黙った。


 エドワードはその様子をしばらく黙って見つめてから、静かに語りかけた。


「もしヒヨリ殿が本当に光属性を失ったというのなら、王国を転覆させるべき時が近づいているのかもしれぬ。だが、現時点ではまだ定かではない。不確かな情報で動くことは絶対に許さぬ」


 エドワードはそこでいったん言葉を切り、さらに強い視線を向けた。


「しかも動くとなれば必ず勝たねばならぬ。そのためには徹底した準備と緻密な情勢分析が必要だ。それが整うまでは耐え忍べ。お前はいつも軽率が過ぎるのだ」


 エドワードはさらに声を低め、念を押した。


「念のため確認しておくが、ゼーマン家が企て、失敗に終わったあの一連の反逆騒動……、本当にお前たちは一切関与していないのだな?」


 アーヴィングは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにきっぱりと答えた。


「……していません。我々とは無関係です」


 エドワードはじっと息子の瞳を見つめてから、小さく頷いた。


「そうか、ならばよい。それから、ガブには『我々が動くまでは絶対に勝手な行動を起こすな』と釘を刺しておけ。あれはお前以上に手綱が利かない。勝手に動かれてはかなわん」


 アーヴィングは小さく息を吐き、渋々答えた。


「……承知いたしました」


 そう告げると、アーヴィングは苛立ちを胸に秘め、足早に部屋を後にした。

 胸元のペンダントがかすかに揺れ、彼の心の中で渦巻く焦燥を映しているかのようだった。


 エドワードは深い溜息をつきながら、重々しい動作で椅子に腰を下ろした。室内には、窓の外から月明かりが差し込み、微かな風の音だけが聞こえている。


 静寂に包まれたその空間で、ふと、御前会議でのガスポールとの会話が鮮明に思い出された。


『……まさにこれは根拠なき、かすかな希望とも呼べぬほどの望みに過ぎませぬが、実は未だ解明できぬ謎を抱えた者がもう一人おるのです。その者をエドワード殿に託し、果たしてこの国の真の希望となり得るかを――ぜひとも見極めていただきたいのですじゃ』


 あの時、ガスポールの目には確かな真剣さが宿っていた。


『エドワード殿も“属性解放の儀”にご出席なされておったゆえ、記憶におありでしょう。名は“ヒカル”と申し、ヒヨリと同じく魔法器を四つ所有しておりまする。じゃが驚くべきことに、属性加護が一つたりとも付かなかったのですじゃ。確率的には完全にゼロとは言えぬものの、通常ではまずあり得ぬこと。その不可解さゆえに、彼こそが我が国に残された、もう一つの光となるやもしれませぬ……』


 ガスポールの言葉は慎重ながらも確かな期待を含んでおり、その響きがエドワードの心に静かな波紋を広げた。


『それは願ってもない話だ。近いうちに、ぜひとも直接会わせていただこう』


 あの時の返事は、ただの社交辞令などではなかった。

 今やテックマン家が決断を下すまでの猶予は、もうほとんど残されていなかった。この少年、ヒカルとやらに、本当に希望を託せるのだろうか――いや、もはや他に希望を託す道すら残されてはいないのかもしれない。


「もう一つの光……」


 エドワードは呟き、再び深く息を吐いた。

 ゆっくりと立ち上がり、部屋の扉へ向かうその足取りは、静かな決意に満ちていた。

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