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第42話:報われぬ忠誠

 王血館の敷地内で実施されていた王血部隊・乙種の救護訓練中、突如として発生した襲撃事件は、教師を含め10名もの死者を出す大惨事となった。この大胆かつ凶悪な攻撃は、直接狙われた乙種部隊のみならず、その警護にあたっていた甲種部隊、さらには王家の権威そのものを揺るがす衝撃を与えた。


 すでに王国内では、ダイタ殺人事件、ミロ襲撃事件、魔女の使徒の出現といった深刻な事件が相次いでいた。そこに今回の大惨事が重なったことで、民衆の治安に対する不安は限界を超え、街中で響き渡っていたヒヨリの解放を求める民衆の声は、一層勢いを増し、デモや抗議集会は規模を拡大していった。


 現場には多くの証拠が残されていた。それは、犯行が極めて短い時間内に、厳しい制約のもとで無理やり実行されたことを示していた。


 王家は直ちに大規模な捜査に着手し、ほどなく実行犯が貴族崩れの無法者たちであることを突き止めた。しかし、彼らは決して首謀者や黒幕の正体について口を割ろうとはしなかった。唯一の生存者であるヒカルもまた、幾度となく厳しい事情聴取を受けることになった。


 首謀者が明らかにならない限り、王家の権威回復は困難であり、同様の悲劇が繰り返される可能性があった。民衆の動揺は収まることなく、事態は切迫の度合いを増していた。捜査は全力を挙げて急ピッチで進められた。


 そして今、さらに王都を震撼させる報せが届いた。


 第二貴族ゼーマン家当主ヴィルヘルムが、自ら統治する領内の本邸で自害したというのである。


 この非常事態に際し、王家は緊急の御前会議を再招集することを決定した。



――鳳凰の間――


 シングウ城内の“鳳凰の間”に、重々しい空気が漂っていた。


 今回、御前会議に集まったのは、国王アモン、皇太子ソロモン、筆頭宮廷顧問ガスポール、そして王国最高位の貴族家“五家ファイブマン”のうち、第二貴族ゼーマン家を除いた第一貴族テックマン家のエドワード、第三貴族フリードマン家のルードヴィヒ、第四貴族ヒルマン家のニコラス、第五貴族ワイズマン家のフリッツら合計七名となった。


 護衛には“イチニセン”のシシン、モンド、カイエンの三名が厳重に警戒にあたっている。


 ガスポールが厳かな声で会議の口火を切った。


「皆々方もすでに報告を受けておる通り、ゼーマン家当主ヴィルヘルム様がご自害されましてな……。後継者を含む一族の方々も、憲兵隊との交戦により全滅ということなのですじゃ」


 室内には沈痛な沈黙が広がった。


「交戦に至った経緯について、ご説明をいただけますでしょうか」


 第一貴族エドワードが静かな口調で問いかける。


「ゼーマン家には、申し開きのために御前会議への出席を要請したが、彼らはそれを拒否した。……やむを得ず憲兵隊の派遣を命じたが、彼らは即座に武力抵抗を始めたのだよ。不可解ではあるが、我々の取るべき措置は他にない状況だった」


 皇太子の口調はあくまで冷静で淡白だが、その瞳には、どこか冷たく底知れぬ光が宿っているようにも見えた。


「なんと愚かな……。彼らの行動には疑問しかございませんが、果たして明確な証拠はあったのでしょうか?」


 第三貴族ルードヴィヒが鋭く問いかける。

 ガスポールが静かに答えた。


「ゼーマン家当主の私室から、王血館襲撃事件に関与したことを示す多数の証拠が発見されておりましてな……。それらの証拠を見る限り、ゼーマン家が反逆の意図を持っていたことを否定するのは難しいと思われまする」


「既に正式に確認済みということでしょうか……」


 第四貴族ニコラスの問いかけに、ガスポールは静かに頷きを返した。


「……これらを踏まえ、ゼーマン家の処遇について国王陛下の裁可を仰ぎたい」


 ガスポールが国王アモンへ視線を送った。

 アモンは重い沈黙の後、静かに口を開いた。


「ゼーマン家は即刻取り潰しとし、その領地は王家の直轄領とする」


 国王アモンの重々しい一言により、名門貴族ゼーマン家の歴史に終止符が打たれた。国王の表情には明らかな苦悩が滲んでいたが、その決定は絶対であった。


 しばしの静寂が室内を支配した後、ガスポールが新たな議題を切り出した。


「次に検討すべきはヒヨリの解放に関する件でございますじゃ」


 その瞬間、貴族たちの表情に動揺が走る。


「前回の御前会議では、『民を納得させる材料が不足している』という理由で解放は見送られました。しかし現在の情勢は大きく変化しておりましてな……。民衆の強い要望があり、今やヒヨリ殿の拘束を続ける明確な根拠は消滅していると存じまする」


 ガスポールの言葉に貴族たちはわずかに戸惑いを見せたが、誰も積極的に異議を唱えることはしなかった。

 皇太子ソロモンが冷静に意見を述べた。


「陛下、今や民意は明確でございます。ヒヨリを解放することが最善かと存じます」


 アモン国王はその言葉にゆっくりと頷きつつも、しばらくの間沈黙した。その視線はどこか遠くを見つめているようで、まるで自らの決断に問いかけているかのようだった。


「余は王血部隊の者たちを我が子のように慈しんできた。ヒヨリをこれ以上拘束することなど……到底望まぬ。即刻、解放せよ」


 国王の言葉に皇太子ソロモンは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに穏やかな表情に戻った。


 これでヒヨリの解放は正式に決まった。

 しかし、貴族たちの表情に歓迎の色は見えない。そんな空気の中、第五貴族ワイズマン家のフリッツが、静かに、だが鋭く口を開いた。


「ガスポール殿、一点だけ確認させていただきたい。ヒヨリ殿救出作戦において、中心的役割を果たしていたミロ殿が殺害された際、即時中止が指示されていたはず。にもかかわらず作戦が継続された理由をお聞かせ願えますかな?」


 その問いに、室内のすべての視線がガスポールへと集中した。しかしガスポールは動揺の色ひとつ見せず、淡々とした口調で答えた。


「フリッツ殿、作戦自体は御前会議にて正式に承認されたものでございます。ただ、作戦実行者の死亡により一時は中止指示が出たことも事実。しかしながら、戦時において実行者の死亡など珍しいことではござらん。現場責任者として状況を精査した結果、作戦続行可能と判断しました。その場合、速やかに後任者が任務を引き継ぎ、計画を多少変更してでも完遂するのが当然の責務――と心得ておりまする。何か問題でもございますかな?」


 ガスポールの理路整然とした返答に、フリッツは言葉を失い、室内は再び沈黙に包まれた。


 やや間を置いて、ガスポールが静かに室内を見回し、穏やかに微笑んだ。


「ゼーマン家がこれまでの事件の首謀者と判明し、事件はようやく決着を迎えました。また英雄ヒヨリの解放も決定しましたゆえ、民衆の不安もやがて収まることでしょうな」


 ガスポールがそう締めくくったが、貴族たちはなお警戒を解くことなく、室内には重苦しい緊張が張りつめたままだった。


 その静寂の中、第一貴族テックマン家のエドワードが静かに口を開いた。その声音は穏やかだが、まるで研ぎ澄まされた刃のような鋭さを含んでいた。


「ところで、私からも一点だけ確認させていただきたい。ヒヨリ殿には『未来を見る能力がある』との噂が流れておりますが……まさか真実ではありませんな?」


 エドワードの問いに対し、ガスポールは即答を避けるように視線を落とし、わずかな沈黙が室内を満たした。やがて、ゆっくりと顔を上げて国王アモンに視線を向けると、アモンは静かに頷いた。続いて皇太子ソロモンへと視線を移すと、ソロモンもまた小さく頷きを返した。


 二人の了承を確認したガスポールは、重く息を吐き、意を決したように口を開いた。


「……まことに遺憾ながら、それは真実でございますじゃ。しかしながら、その能力には『他人に知られることで弱まる』という重大な制約があり、これまで公表を控えざるを得なんだ。また現在、ヒヨリの精神状態が著しく悪化しており、その能力が今後も使用可能かどうかは判然としておりませぬ。おそらく、この噂が広まった今、彼女はもはや過去に戻る力を失ったものと思われまする」


 ガスポールの説明を聞き終えるや否や、エドワードの表情が激しい怒りで歪んだ。


「なんということだ! それほど重要で希少な能力を、十分な管理もせずに失わせたというのか! それこそが大賢人が予言した『光属性』そのものだったのではないのか! これを失った今、魔女の脅威にどう立ち向かうつもりだ!?」


 これまで温厚さを保っていたエドワードの激しい口調に、一同は完全に圧倒された。


「我がテックマン家は、かつて統治していたダーマンベルクのすべてを英雄シモン様に託し、文字通り命運を賭けて魔女に挑んだ。それでも敗北を喫したのだぞ! 今、王血部隊だけで魔女に勝つ見込みがあるとでも言うのか!? 貴殿の責任はあまりにも重いぞ、ガスポール殿!」


 エドワードの激しい叱責に、室内は再び張り詰めた沈黙に包まれた。誰もが視線を逸らし、口を閉ざしている。彼らもまた、領地を失い、名誉を傷つけられ続けたテックマン家の苦悩を痛いほど理解していたからだ。


 ガスポールはエドワードの非難を静かに受け止め、重い表情のままゆっくりと頷いた。


「エドワード殿のお怒りはもっともでございますじゃ。ヒヨリの能力を失わせた責任が、このわしにあることは重々承知しておりまする。じゃが、今のヒヨリは能力の有無以前に、戦える状態にはございませぬ。今、我々が真に取り組むべきは、現実に即した具体的な対策を速やかに進めることだと存じまする」


 ガスポールの落ち着いた口調に、室内の視線が再び集まった。彼は一息つくと、さらに真剣な表情で続けた。


「実は、『魔女の嫉妬』現象でハルナが消失した際、未来を予見したヒヨリの提案により、その現象に関するデータの収集と分析を密かに進めておったのですじゃ。そして先日、その成果として『魔女の嫉妬』を無効化する魔法陣をついに完成させたところですじゃ。この魔法陣を応用した魔法試打所を建設すれば、長年の課題である『新魔法開発』に全力を注ぐことが可能となり、我が国の戦力を飛躍的に向上させることができるはずですじゃ」


 ガスポールの説明に、貴族たちはわずかに動揺し、期待と不安が入り交じった表情を見せた。しかし、エドワードだけは眉をひそめたまま納得しきれない様子で、さらに鋭く問い返した。


「だが、その程度の対策で本当に間に合うとお思いか? 魔女が統治するアルグランド王国では、このような制約などなく新魔法を研究し続けていたはず。もはや戦力差は絶望的と言っても過言ではあるまい」


 エドワードの厳しい指摘に、ガスポールは窮地に立たされた。

 しかし彼は深く息をつくと、再び静かに口を開いた。


「……エドワード殿のご指摘は、まことその通りですじゃ。新魔法試打所のみならず、さらなる戦力増強策が急務となりまする。そのためにはまず、ヒヨリを再び戦線に戻し、その能力を改めて解明せねばなりませぬ。彼女には、未来を見る以外にも、未知なる能力が秘められているやもしれませぬゆえ……」


 ガスポールがそこで言葉を切ると、“鳳凰の間”に重苦しい沈黙が満ちた。その沈黙が、ためらう彼の背を押した。ガスポールは意を決したように慎重な口調で続けた。


「そして最後に……まさにこれは根拠なき、かすかな希望とも呼べぬほどの望みに過ぎませぬが、実は未だ解明できぬ謎を抱えた者がもう一人おるのです。その者をエドワード殿に託し、果たしてこの国の真の希望となり得るかを――ぜひとも見極めていただきたいのですじゃ」

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