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第40話:実質俺

――正ザクロス教会――


「どういうことだ……!!」


 首都シングウの街外れに位置する正ザクロス教会。

 この古びた教会の奥に隠された秘密の研究室で、男は怒りを押し殺すように低く唸った。


「なぜヒヨリが拘置所の外に現れたのだと訊いている!」


 問い詰められている男は、真っ青な顔で震えながら答えた。


「も、申し訳ございません……! で、ですが、拘置所の監視は万全でした。ヒヨリが脱出することなど不可能です。監視役もヒヨリがずっと独房にいたと証言しておりますし、脱出した形跡も全くありませんでした……」


 男は、抑えきれない怒りを必死に鎮めながら思考を巡らせる。


「……つまり、外で目撃されたヒヨリは偽物ということか?」


 その可能性に気づいた瞬間、男の表情が険しく変化した。


「……ガスポール、あやつめ、そういうことか」

「い、一体どういうことでしょうか……?」


 男はゆっくりと、しかし確信に満ちた口調で告げた。


「御前会議の実演では能力の一部をあえて隠していたのだろう。ミロからシシンに移されたフェルミミックの能力は、本人だけでなく、他人をも変身させられるはずだ」


 問い詰められている男の顔がさらに青ざめる。


「そんな、では我々の計画は……」

「もはや猶予はない。すぐに次の手を打つ必要がある。ガスポールが民衆の支持を得るよりも前に、我々は目的を達成する。今すぐ準備にかかれ」



――王血館――


 ――それから数日後。


 シングウの街は、まるで別世界のように騒然としていた。

 ヒヨリの解放を求める民衆の声が街中に響き、あちこちで大規模なデモや抗議集会が連日開催されている。


 魔女の使徒が現れたという知らせは、人々の恐怖を煽った。

 そして、その脅威に立ち向かえる唯一の英雄ヒヨリが自由を奪われていることに、人々は不安を募らせていた。彼女を解放することが、自分たちの安全を守るための唯一の手段だと考えるのも当然だった。


 そんな街の様子は王血館にいるヒカルたちの耳にも届いていた。

 そしてヒカルは、シシンたちが仕掛けた『特別な作戦』の目的をようやく理解した。――この状況を生み出すことこそが、彼らの狙いだったのだと。


 今、ヒカルは王血館別館にある乙種専用の大型ミーティングルーム“星詠みの間”で休憩していたが、隣の席にはそんな背景など露ほども知らず、いまだ興奮冷めやらぬ男――モラタがいた。


「いや~、やっぱ甲種ってのは最高にかっこいいよな!!」


 ヒヨリの戦いを目撃したあの日以来、モラタはずっとこんな調子だ。

 初めのうちはヒカルも適当に相槌を打っていたが、こうもしつこいとさすがに疲れてくる。話題でも変えるか――。


「そういえばモラタ、お前、あの日、小さい頃からやりたいことは何も変わってないって言ってたけど、今でも本気で魔女を倒そうとしてるのか?」


 その言葉を聞いた途端、それまで熱っぽく話していたモラタはぴたりと動きを止め、不思議そうな目でヒカルを見つめ返した。


「当たり前だろ。魔女を倒すこと以外、俺の頭に選択肢はねえよ」

「でもお前、属性も魔法器もないじゃん。どうやって倒すつもりなんだ?」


 ヒカルの問いかけに、モラタは少しだけ困ったように笑い、肩をすくめた。


「確かにな。俺は無属性だし、魔法器すら一つもない。だから俺自身が直接魔女を倒すなんてことは無理だ。俺にはその可能性がない……可能性がないってのは本当に辛いぜ。どれだけ努力を積んでも絶対に届かないわけだからな」


 しかし、モラタの目にはすぐに鋭い輝きが戻ってきた。


「けどな、救護やサポートなら俺にもできる。その差で魔女を倒せることだってあるだろ? もしそうなったら、それって実質、俺が倒したってことじゃねえか。俺の力がなきゃ倒せなかったんだからな。だから俺にだって、まだ魔女を倒すチャンスはあるってことだ」


 ヒカルは思わず苦笑した。


「救護やサポートなんて誰だってできるだろ? 結局は、魔女に直接攻撃を仕掛けて倒した奴がいるから勝てるんだ。そいつが魔女を倒した唯一無二の英雄になる。当然だろ?」


「いいかヒカル、サポートや救護がなければ攻撃役はそもそも攻撃できなかったかもしれないだろ? だったら、その攻撃を生んだのは実質俺じゃねえか。攻撃がなければ魔女を倒せない、その攻撃を作ったのは俺だ。つまり魔女を倒したのは実質俺ってことだろ?」


「……まぁ、そうとも言えなくはないけど」


 ヒカルはそう呟いたが、本音では全く納得していなかった。

 しばらくの沈黙が流れた後、不意にモラタが真面目な顔をして問いかけた。


「そういやヒカル、お前って結局、属性が付かないから乙種に転属させられたのか?」


 ヒカルはギクリとして視線を逸らした。

 ガスポールから伝えられた言葉が嫌でも頭をよぎる。“天文学的に運が悪かった”という曖昧な説明。結局のところ、自分には属性を得る可能性などないのだろう。だが、それを認めるのはどうしても悔しかった。


「……いや、なんか、まだよくわかってないみたいだったな」


 歯切れの悪いヒカルの言葉に、モラタはかえって興奮した。


「マジかよ! まだよくわかってないってことは、可能性がゼロじゃないってことじゃん! やっぱすげえな、お前、マジで羨ましいわ!」


 モラタの屈託のない明るさが、ヒカルの胸を鋭く刺激した。


「……お前に何がわかるんだよ」


 ヒカルの低く抑えた声に、モラタがきょとんとした表情を見せる。


「お前に俺の何がわかるんだって言ってんだよ!」


 溜め込んでいた感情が一気に噴き出し、ヒカルは乱暴に席を立った。そのまま衝動に任せて王血館別館を飛び出す。


 行く当てなどあるはずもなかった。

 ただ、胸を焦がす苛立ちが、じっとしていられないほどに身体を動かした。


 気づけば、足は自然と王血館本館へ向かっていた。

 そこは甲種の生徒たちが暮らす場所――本来、自分がいるべき場所だった。


 本館の入り口近くまで来て、ようやく我に返る。


 ――何やってるんだ、俺は……。


 心の乱れを抱えたまま、ヒカルは外からそっと本館の中を覗き込んだ。

 窓の隙間から見える室内の光景に胸が締め付けられる。本来そこは自分がいるべき場所のはずだ。それなのに、今のヒカルにはその資格がない。


 情けなさと悔しさがこみ上げてきて、ヒカルは歯を食いしばった。

 自分に呆れて本館から離れようとした、その時だった。


「……ヒカル?」


 驚いて振り向くと、そこには、少し目を見開いてこちらを見つめるエミリの姿があった。

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