第35話:宣戦布告
――白月の間――
「……これが、昨日の御前会議で見たガスポール先生の姿だ」
ヒヨリの早期解放に反対する声が圧倒的な中、ガスポールが孤軍奮闘し、必死にその重要性を訴える――予想外の光景が全員の脳裏に浮かび、“白月の間”は沈黙に包まれた。
シシンが静かに口を開く。
「ミロの記憶によれば、ヒヨリは今、先生を信頼していないようだが、おそらく両者の間には何らかの誤解があるだけだろう。これまで俺たちも少なくない疑問を感じていたわけだしな。だが、御前会議で俺が見た先生は、間違いなく信用できる人物だった。モンド、カイエン、異論はないな?」
シシンが視線を向けると、同じく護衛任務に就いていたモンドとカイエンが頷いた。
他の者たちも納得の表情を浮かべている。
それを見届けると、シシンは一拍置いてから再び口を開いた。
「ただ、御前会議を見た限り、理由はどうあれヒヨリの早期解放を望まぬ勢力が存在することだけは間違いない」
シシンはさらに続ける。
「そして重要な点は、昨日の御前会議ではあの後、ミロの策が実演され、その実行が正式に承認されたことだ。つまり、ミロ襲撃事件さえなければ、近日中にも策が実行され、ヒヨリは解放されていただろう」
その言葉に、“白月の間”は再び静まった。
シシンは鋭い眼差しで言葉を重ねる。
「この二つの事実を繋げれば――御前会議の出席者の中に、ヒヨリの早期解放を阻止するためにミロを襲撃した人物がいる、という可能性は十分にある」
一同に緊張が走った。
そんな中、それまで黙っていたテオが、小さく呟いた。
「ま、まだ殺しは続くってことか……」
“白月の間” の全員の視線がテオに集中した。
「あ……、ま、またやっちゃった? ご、ごめん……」
テオは慌てて視線を落とし、自分の殻に閉じこもろうとする。マイペースで空気を読むのが苦手なテオは、余計なことを言ったり、タイミングの悪い発言をしてしまう自分を気にしていた。
そんなテオに、イオが静かな口調で優しく語りかける。
「やってないやってない。大丈夫だ、テオ。みんなお前の考えを聞きたいんだ。教えてくれないか?」
テオはイオを見つめ、少し安心したように微笑むと、小さく頷きながら言葉を続けた。
「ひ、ひ……ヒヨリちゃんが拘束されている間にしかできないことがあるってことだから、そ、そうなるでしょ……」
テオの発言に、“白月の間”には一瞬戸惑いが走った。
イオが柔らかく問いかける。
「ん? つまり、どういうことだ?」
テオは焦りながら、懸命に言葉を紡ぐ。
「ええっ……? だ、だから、『ヒヨリちゃんが拘束されてる間が重要』だってこと……でしょ? えっ……、ち、ちがうの?」
一瞬の沈黙の後、その場の空気を打ち破るようにシシンが静かに口を開いた。
「なるほどな。理解した。敵にとってはヒヨリが拘束されている今の状況こそが、最も自由に動ける絶好の機会というわけだな。テオが言いたいのは、『ヒヨリが拘束されてから最初に起きた事件』にこそ、俺たちはもっと注目すべきだということか?」
テオは嬉しそうに小さく何度も頷いた。
シシンは頷きを返すと、冷静ながらも鋭い口調で言葉を続ける。
「つまり、俺たちはミロ襲撃事件にばかり気を取られていたが、あれはヒヨリの早期解放を阻止するための妨害工作に過ぎない。敵の真の狙いはダイタ殺害事件のほうにあったんだ。そしてダイタ殺害事件の後に妨害工作が行われたということは、敵の目的はまだ達成されていない――言い換えれば、これからも王血部隊を狙った殺害が続く可能性が高いということだ」
テオが小さく頷くのを見て、イオは明るい口調でテオを小突いた。
「おいおいテオ、ちっきしょー、あったまいいなお前!」
テオは照れくさそうに笑いながら肩をすくめる。
「や、やめてよ」
“白月の間”には一瞬、和やかな雰囲気が漂った。
しかしシシンだけは険しい表情のまま黙り込んでいる。
それに気づいたモンドが不審そうに尋ねた。
「シシン、何か気になることでもあるのか?」
シシンは短く息を吐き、重い口調で言葉を絞り出した。
「……いや、メモリア・ロードを通じて見たミロ襲撃現場の記憶に、『……マン様』と呼ばれる声があったことを思い出してな……」
モンドが即座に反応する。
「つまり、その呼び名が示すのは……御前会議に出席していた“五家”の誰かの可能性が高い、ということか?」
その言葉に、“白月の間”の空気が再び張り詰めた。
シシンは鋭い視線を一同に向け、低く、はっきりと告げた。
「そうだとすれば、その者は、俺たち“イチニセン”が御前会議で警護に当たっていると知りながら、堂々とヒヨリの拘束継続を主張したことになる。そしてそれが受け入れられないと分かるや否や、強引な手段でミロを排除した」
シシンの声が一層低くなる。
「……テオの言う通り、奴らの本当の狙いが、ヒヨリを拘束したまま王血部隊の抹殺を続けることにあるなら――もはやこれは事件などという生易しいものじゃない。我々王血部隊に対する明確な宣戦布告だ」
“白月の間”には、これまでにないほど重く張り詰めた沈黙が続く。
そんな中、レオが口元を歪めながら口を開いた。
「ハッ! “五家”のどいつが相手か知らねえが、ようやく面白くなってきたじゃねえか。こんなもん魔女との前哨戦にもなりゃしねえ。俺たち王血部隊を敵に回したことを、嫌ってほど後悔させてやるぜ」
すぐさまフウコが冷静に諫める。
「レオ、軽々しく言わないで。敵の背後に魔女自身が控えている可能性だってあるわ。まずは犯人を慎重に特定することが先決よ」
「ちっ、分かってるっつーの。いちいちうるせぇな、フウコ。まあでも、ガブリエウが監視対象になってるってことは、やっぱり一番怪しいのは第一貴族のテックマン家ってことになるんだろうがな」
その言葉を受け、シシンが静かに口を開く。
「その可能性ももちろんある。だが昨日の御前会議で、当主・エドワードは一言も発していない。ヒヨリの拘束継続を強く主張したのはゼーマン、フリードマン、ワイズマンの三家だ。とはいえ、これも状況証拠にすぎない。各自、柔軟な思考を怠るな」
フウコが不安げな表情でシシンを見つめた。
「だけど、シシン……。ミロが『メモリア・ロード・シシン』と叫んでいたのなら、敵もあなたにミロの記憶が移ったことを把握しているはずよ。あなた自身が一番狙われる立場にあるのかもしれないわ」
シシンはそれでも表情を崩さず、静かに答えた。
「記憶の移動に気づかれている可能性はあるが、敵は魔力を帯びた仮面を付けていた。奴らにしてみれば、俺がミロの記憶を持っていたとしても、それだけで自分たちの正体が明らかになることはないと踏んでいるはずだ」
「それに王血部隊そのものが標的なら、いずれにせよ戦闘部隊である甲種――その部隊長の俺が最優先ターゲットになるのは必然だ。今さら気に病む必要もない」
そして改めて一同を見渡し、引き締まった声で言葉を続けた。
「さて――情報の精査は完了した。これより新たな行動方針を定める。王血部隊として、これ以上の犠牲は断じて許容できない。よって我らは攻守両面で積極的に打って出る。……異論はないな?」
“白月の間”の空気が一変する。
どのような事態にも動じることなく、冷静に最善手を打ち続ける――それこそがシシンの強さであり、誰もが彼に絶対の信頼を寄せる理由だった。
甲種一期生は全員、決意に満ちた表情で頷いた。異論を挟む者など、ただの一人もいなかった。
それを確認すると、シシンは落ち着いた声で作戦を伝える。
「まず、“守”に関してだが、一期生および二期生、計二十三名を三つのグループに編成し、24時間の三交代制で王血部隊全体の防衛体制を構築する」
一瞬の間を置き、声をさらに引き締めた。
「そして“攻”については一期生のみで実行する。正体がまだ掴めていない相手に強烈な一撃を叩き込む方法は、これ以外にない。それは――」
シシンは軽く眼鏡の位置を直す。
短く息を吐き出し、決然と言葉を放った。
「ヒヨリを取り戻すことだ!」
その一言が、“白月の間”の全員を貫いた。
間髪を入れず、シシンはさらに言葉を叩き込む。
「ミロ考案の作戦を、俺たち自身の手で実行に移す!」
次の瞬間、歓声とも叫びともつかぬ声があがり、“白月の間”は燃え上がるような闘志に包まれていった。




