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第32話:メモリア・ロード

――魔法書室――


 シングウ城には、多種多様な魔法に関する書物が収蔵された“魔法書室”が存在する。


 そこには、簡易階段がなければ届かないほどの背丈の本棚がずらりと並び、一歩足を踏み入れると、まるで本の森に迷い込んだかのような気分になる。


 本棚を埋め尽くしているのは、魔法属性の種類やその有利・不利の関係性、各属性における基本魔法などが詳述された基礎的なものから、さらに高度な魔法理論、魔法史、果ては古代に使われた魔法に関する書物まで、その内容は実に多岐にわたる。



 シシンはこの魔法書室を訪れていた。


 数日前、ヒヨリを拘束するために鉄鎖を生成した際、温度管理を誤り、モンドを危険な目にあわせ、さらにヒヨリにも怪我を負わせてしまったからだ。同じ過ちを繰り返さぬよう、生成した物質の温度をより早く、より正確に制御する方法を学んでおく必要があった。


 だが、これほど大量の蔵書の中から目的の本を探し出すのは容易ではない。

 しばらく本棚の間を歩き回っているうちに、シシンはふと足を止めた。禁忌魔法に関する書棚の前で、一冊の本を真剣な眼差しで読み込む人物が目に留まったのだ。


 ――緑の制服に白の一本線……。

   乙種・一期生が、なぜ禁忌の魔法などを。


 シルバーの短髪に眼鏡をかけたその人物は、シシンがじっと見つめていることに気づくと静かに振り返った。


「……やぁ、シシンじゃないか。久しぶりだね」


 聞き覚えのある声を聞き、シシンも表情を緩める。


「ミロか。久しぶりだな。……そんな本を読んで、何か特別な探し物でもあるのか?」


 ミロは手元の本に目を落とすと、小さく笑った。


「お前と違って、俺には加護が付かなかったからな」


 ミロは肩をすくめ、本を少しだけシシンに見せるように差し出した。


「無属性で何ができるのかを知りたいんだよ。禁忌のような強力な魔法の中にも無属性で使えるものがある。ほら、例えばこれだ」


 ミロが指で示している箇所に、シシンは視線を走らせる。


「“メモリア・ロード”……。なるほど、自分の記憶を他人にコピーしたり、他人の記憶を自分にコピーしたりできる魔法か。禁忌指定だが、諜報部に配属されたお前にはピッタリの魔法だな」


 ミロは小さく溜息を漏らし、複雑な苦笑を浮かべた。


「まぁね。ただ、禁忌魔法そのものは使えない。俺も死にたくはないからね」


 ミロは一瞬の間を置くと、視線を上げてシシンをまっすぐ見つめた。その瞳から穏やかさは消え、強い決意が宿っていた。


「でも、この仕組みを応用して新魔法を試したいんだ。乙種は甲種と違って、新魔法の開発が推奨されているからね」


 ミロはページを軽くめくり、ある記述を凝視している。


「ちなみに数年前、この魔法を考案した術者は“魔女の嫉妬”で消されたそうだ」


 ミロの口から“魔女の嫉妬”という言葉が出た瞬間、シシンの胸にかすかな不安が広がったが、ミロは淡々と話を続ける。


「その術者が消えるまでの記憶が、この魔法自身の効果で別の人にコピーされたことで、それまで謎に包まれていた“魔女の嫉妬”の正体が初めて明らかになったんだ。いわくつきの魔法というところかな」


 ミロはシシンの表情をちらりと見ると、軽く笑った。


「おいおい、まさか甲種部隊長シシン様が“魔女の嫉妬” なんかにびびってるのか? お前が動揺すると、部隊全体の士気に関わるんだぜ。頼むよ」


 シシンは眉をひそめ、すぐさま否定した。


「馬鹿な。お前も“魔女の嫉妬”でハルナが消えた事件のことは知っているだろう。今はただ、その言葉に少し敏感になっているだけだ」


 ミロは小さく頷き、真剣な表情で話を続けた。


「その後、ヒヨリは拘置所に収監された。そして昨日、それまで行方不明だったダイタが遺体で発見された。ハルナの件も含めてだが、最近の出来事は、王血部隊、ひいてはシングウ王国そのものが何者かによって明確に狙われていることを示していると思わないか?」


 シシンは頷き、口を開こうとした――しかし、ミロの言葉はまるで機械仕掛けのように止まらなかった。


「ヒヨリと話していて確信した。これまで大きな事件が起きなかったのは、ヒヨリが未来をみて事前に対処してくれていたからだ」


 ――ヒヨリが未来をみて、事前に対処していた?


「ミロ、今、お前……なんて……」


 その瞬間、シシンは背筋が凍るような違和感を覚えた。魔法書室でミロと禁忌魔法について話した記憶は確かにある。しかし、それはもう一年も前の記憶だ。当然、この時点ではハルナが消える事件は起きておらず、ヒヨリが拘束されるなどありえない。


 ――これは夢なのか……?

   いや違う。何かがおかしい。


 次の瞬間、脳の内側を激しくかき回されるような強烈な頭痛が襲った。そしてその直後、シシンの意識に、ミロの膨大な記憶が洪水のように流れ込んできた。


 それはミロが得てきた膨大な知識、経験のほか、収集した情報や、さらには彼の感情までもが怒涛のように押し寄せる――圧倒的な感覚だった。


 記憶の奔流の中から、ミロの声が鮮明に響いた。


「今の状況は明らかだ。何者かがシングウ王国を狙い、攻撃を仕掛けている。最悪の場合、それは魔女による攻撃かもしれない」


「この攻撃は今後も続くはずだ。それを阻止するには抑止力を回復するしかない。王血部隊を動かすことは当然だが、最も重要なのはヒヨリを拘置所から解放し、自由に動けるようにすることだ」


「俺はあの禁忌魔法の仕組みを応用して、新魔法を完成させた。哺乳類であれば、どんな姿にも自在に変身できる魔法だ。――これをお前に預ける。ヒヨリが本当に信じているのは、シシン、お前だけだからな」


「だから悔しいが……後のことは全てお前に託す」


 そして、ミロの悲痛な想いがシシンの胸に流れ込んできた。


『俺、甲種にはなれなかったけどさ……これは甲種級の働きだったろ?

 ……俺を許してくれ、ヒヨリ』


 その先は、ミロが何者かに襲撃された末に、“メモリア・ロード”を使用し、“魔女の嫉妬”で消されるところまでの記憶だった。


 シシンは自室のベッドに横たわったまま目を開けた。窓から見える景色はまだ薄暗い。

 ミロが最後に抱いていた悲しい絶望と悔しさが波のように押し寄せてくる。


 ――ミロ……まさか、お前は今、禁忌を使ったのかっ!?


 はっとして起き上がると、気づけば涙が頬を伝い、右の拳にぽたりと零れ落ちた。

 その冷たさに触れた瞬間、必死に抑えていた感情が堰を切ったように溢れ出した。


 部屋はしんと静まり返っている。


 だが、部隊長である自分が、ここで止まることなど許されない。

 シシンはその拳を強く握りしめる。


 ――シングウ王国では今、何が起こっているんだ。

   これ以上、犠牲者を出してたまるか。


「モンド! カイエン!」


 シシンは勢いよく立ち上がり、仲間の名を強く叫んだ。

第32話までお読みいただき、ありがとうございます!


ミロの話はこれで終わりです。いかがでしたでしょうか。ぜひ評価や感想などで教えていただけると嬉しいです。


引き続き、応援よろしくお願いいたします!

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