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第25話:パオタロの苛立ち

 話は、“ニイニセン”の班長決定試合が開始される時点に戻る。



――戦闘訓練場・弐――


「班長決定試合。第二試合は“ニイニセン”じゃ。三名は向かい合うようにの」


 ガスポールの声に従い、パオタロ、パイヤン、パルロの三人が三角形を描くように立ち位置を取る。


 パオタロは、気に入らなかった。


 一つ目は、パイヤンの態度だ。

 試合開始直前だというのに、その気の抜けた目つきは何だ。

 ぼんやりとこちらを伺いながら、まるで他人事のように立っている。

 班長は自分でなくても構わない――そんな態度に苛立ちを覚えていた。


 試合開始の号令を待つ間、パオタロは拳を握りしめる。


「試合、始め!」


 二つ目は、朝の食堂で耳にしたシシンの言葉だ。


『昨日、ヒヨリがシングウ中央裁判所に出廷した。だが、そこでヒヨリは一言も口を開かなかった。グロリア修道院襲撃の容疑を否定せず、そこにいた者たちの命を奪ったことを事実上認めた形になっている。このままでは早期解放どころか、死刑すら免れない状況だ――以上がヒヨリに関する最新の報告になる』


 この言葉を聞いたとき、パオタロの脳裏には、以前シシンが口にした言葉がよみがえっていた。


『“目的という線” が引かれるために、一つ一つの“行動という点”が存在する』


 この理屈に当てはめるなら、ヒヨリは「本気で魔女を倒すつもり」でグロリア修道院を襲撃し、多くの命を奪い、その結果、今、死刑という罪に問われていることになる。

 だとすれば、王血部隊の一員として、仲間であるヒヨリを救うために動くべきではないのか。


 しかし、誰も何も言わない。

 疑問の声が上がってもよかったはずだ。

 あるいは、ヒヨリを信じる言葉が飛び交ってもよかった。


 それなのに、食堂内に広がるのは、ただ張り詰めた静寂だけだった。


 原因は明白だった。

 一期生の先輩たちが放つ、異様な威圧感。


 彼らはまるで「誰も口を開くな」と言わんばかりに、表情を硬くし、圧倒的な沈黙を作り出していた。

 その存在だけで場の空気を支配していた。


 その見えない圧に飲み込まれ、二期生、三期生は互いに顔を見合わせることしかできなかった。誰もが、この場で何かを言うことは許されないのだと、無意識に理解させられていた。


 パオタロもまた、何もできずにいる自分自身の無力さに、苛立ちを覚えていた。


 そして今――


 パオタロの視界には、パイヤンが放った“風の刃”が映る。

 即座に“水の防御壁”を展開し、流れるように受け止めると、障害物の死角を縫うように移動する。足元に広げた“激流”に身を預け、一気にパイヤンの背後へと回り込んだ。


「パイヤン、何やってんだ!」


 パルロの焦りを含んだ叫び声が響くなか、パオタロは抑えきれない苛立ちに突き動かされるように、右手を勢いよくかざした。


 ――あれもこれも、どれも気に入らねえ。

   なんで、こんなに苛立つんだ……!


 次の瞬間、空間を引き裂くような轟音とともに、激しい爆炎が巻き上がった。

 巨大な“火球”が咆哮を上げてパイヤンを飲み込む――かに見えたが、目の前に突如現れた岩のドームに阻まれた。


 ――ちっ、パルロのドームか。

   どいつもこいつも、俺をイラつかせやがって……!!


 パオタロは再び強く拳を握りしめた。しかし、胸を締めつける本当の原因は――。


 ――すべては、“あいつ”のせいだ。


 無属性とか、ふざけんな。雑魚じゃねえか。

 糞みたいなことしやがって……!


 ――期待した俺が、バカだった。


 三つ目は、ヒカルに属性加護が検出されなかったことだった。

 ヒカルが戦線離脱し、エミリが“イチサンセン”に異動した今、甲種・二期生クラスの戦力は明らかに落ち込んでいた。

 パオタロ自身も、期待していた光属性の加護を感じ取ることはできなかった。


 ――俺たち(甲種・二期生クラス)の存在価値はどうなる。


 甲種・一期生クラスの補助役に成り下がってしまうのか。

 それどころか、ガブリエウが加わったことで、クラス内での警戒すら必要になった。

 もし、ガブリエウが動くようなことがあれば――それを止められるのは、自分しか――


「キミのドーム、さっきからずっと崩れそうなんだよ!」


 その瞬間、パイヤンの魔力が一気に解放された。


 空間を揺さぶる轟音とともに、凶暴な旋風が巻き起こる。

 それはただの突風ではない。風が意思を持っているかのように勢いを増し、瞬く間に“岩のドーム”を粉々に砕き、その破片が鋭利な凶器としてパオタロへと襲いかかった。


 ――……しまっ


 反応できる時間は一瞬だけ。選べる手段も限られている。


 パオタロは迷わず、すでに生成済みの“火球”に全魔力を一気に注ぎ込んだ。

 轟々と燃え上がる業炎へと変貌し、暴れる炎が渦巻く風と無数の岩の破片を迎え撃った。


 炎と暴風、砕けた岩の衝突――。

 空間を引き裂くような轟音が響き渡り、衝撃波が辺り一帯を揺るがした。


 そして――

 両者ともにポイントが加算される結果となった。


 パオタロは残り4ポイントを獲得し、勝利条件を満たした。

 しかし、パイヤンとパルロはそれぞれ5ポイントを加算し、パオタロの防御ポイントから合計10ポイントを奪取。

 パオタロの敗退条件まで、あと1ポイント――。

 ギリギリの接戦だった。


 ――この俺が……!!


 この結果に、到底納得できるはずがない。

 眉間に深いしわが寄り、胸の奥から苛立ちが込み上げる。

 パオタロは、これまでの鬱屈とした感情をすべてパイヤンにぶつけるように、言葉を吐き出した。


「パイヤン、お前のその後ろ向きの姿勢が気にいらねえんだよ!」


 まだ炎の残り香が漂う中、その声ははっきりと響いた。


「俺が勝ったほうがチームのためになるとか、そんなこと考えてたんだろ。でもな、全員が“誰にも負けねえ”って思ってるチームが、一番強いんだよ。この馬鹿が」


しかし、言葉を吐き出した直後、胸の奥を鋭い痛みが突き刺した。


 ――……違う!!


 試合中、余計なことばかり考え、糞みたいな戦い方をしたのは、他でもない俺自身だ。

 砕けた岩の破片が旋風とともに襲い掛かってきたあの瞬間が、鮮明に脳裏に蘇る。


 俺は、パイヤンとパルロの力を見くびっていた――。


 パオタロは一度だけ深く息を吐き、小さく呟いた。


 「……最後の攻撃は悪くなかった」


 それだけを残して、小さく舌打ちすると、背中を向けて戦闘訓練場を後にした。


 いつまでもグダグダ言って、イライラしているだけの俺が、一番ダサい。


 ――このままじゃ、口だけの雑魚だ。


 面倒だが、一つひとつやれることを片付けていくしかない。

 ならば――俺がやるべきことは、すでに決まっている。

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