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第23話:カイトVSミヤコ

 王血館の近く、屋外にはいくつかの戦闘訓練用スペースが設けられている。それぞれの空間には結界が張られ、専用防具を身に着けることで、魔力による直接的なダメージを受けることなく、実戦さながらの訓練を行うことが可能となっている。


 そのうちの一つ、“戦闘訓練場・弐”で、本日の班長決定試合が行われることとなった。


 “戦闘訓練場・弐”は比較的小規模な空間であり、少人数での戦闘や狭所での立ち回りを想定した訓練に特化している。場内には岩石や柱状の障害物が複雑に配置され、視界が大きく制限される。一瞬の油断が命取りとなる環境で、状況を正確に把握し、素早く適応する判断力と、わずかな隙を見極めて的確に攻める技量が求められる。


 カイトは、準備室で専用防具を装着していた。

 すぐ隣では、ミヤコも防具を黙々と身に着けている。


 準備室には、今、二人だけ。

 普段ならば当たり前のように言葉を交わしているが、今は沈黙が支配していた。班長決定試合の第一試合が“ニイチセン”と決まり、双子である二人が対峙することになった――その現実が、室内の空気を硬く張り詰めさせていた。


 しかし、二人を黙らせているのは、それだけではない。


 ここにヒカルがいない――

 その事実が、何よりも重くのしかかっていた。

 カイトの脳裏には、あの日の光景が今でも鮮明に焼き付いている。


 “属性解放の儀”当日――

 ヒカルが属性解放を受けた、その時だった。

 属性加護の種別とその魔力値を計測し、それを読み上げるはずの者が、突然言葉をつまらせた。


 玉座の間に、不自然な沈黙が落ちる。

 異変を察した者たちが、次第にざわめき始めた。

 ガスポールの前で片膝をつき、深く頭を下げていたヒカルも、異様な気配を感じ取ったのか、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には戸惑いと、不安が混じっていた。


 静寂とざわめきが入り混じる中、小さな混乱が広がっていく。


「なんじゃ、はっきり申せ!」


 耐えかねたアモン国王が苛立ちを露わに叫んだ。

 その一喝に押されるように、測定役の者が震えながら声を絞り出した。


「はっ! ヒカル、……無、無属性であります!!」


 その瞬間、玉座の間は騒然となった。

 ヒカルは、片膝をついたまま動くことができなかった。何が起きているのかを必死に理解しようとしているのか、あるいは理解することを拒否しているのか――その両手は無意識に拳を作り、微かに震えていた。


 そして次の瞬間――

 アモン国王はショックのあまり蒼白となり、よろめくようにして近衛兵に支えられた。

 周囲の者たちが慌てて駆け寄り、騒然としたまま国王を広間の外へと連れ出していった。


 カイトは、あの光景を思い出して強く唇を噛んだ。

 “属性解放の儀”が終わった後、教室で無理に明るく振舞っていたヒカルの表情が今でも頭から離れない。それまで“光属性を宿す者”として期待されていたヒカルが、どんな気持ちで、あの笑顔を作っていたのか――考えるだけで、胸が締めつけられる。


 ――ミヤコ、お前はどう思ってんだよ。


 ちらりとミヤコを見る。

 ミヤコは、感情を抑えたまま淡々と防具を身につけている。普段と変わらないその様子が、かえってカイトの心をざわつかせた。


 ――まさか、お前までヒカルのことを諦めたりしてないよな?


 防具を装着し終えると、二人は無言のまま準備室を出て、戦闘訓練場・弐へと向かう。


 道中、カイトは小さく息を吐いた。そのとき、ふとシシンの言葉が頭をよぎった。


『ヒカルについては、現在ガスポール先生が調査を続けている。属性解放自体は確かに成功した。だが、どの属性にも加護が宿っていない。通常、魔力器を三つ以上持っていれば、少なくとも一つの属性には加護がつくものだがな……。一時的な現象か、根本的な問題か、先生も間もなく結論を出すだろう。ただ、これだけははっきり言っておく。加護の力なしでは、甲種の戦闘にはついていけない』


 ――は?


 ヒカルが、甲種の戦闘についていけない?


 ――そんなわけ、あるかよ。


 あれだけ巧みに魔法を操るヒカルだ。誰よりもオレがわかってる。

 ヒカルは必ず戻ってくる。


 魔法器を四つも持ちながら、どの属性にも加護がない――

 それこそが光属性の証明だろうが。


 光属性が何なのか、まだ誰にもわからない。だから、今は検出できないだけだ。


 カイトは唇を強く引き締め、前を見据える。その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。


 ――今は、“ニイチセン”を引っ張れるのは、オレしかいない。



――戦闘訓練場・弐――


 中央には、審判としてガスポールが立っていた。

 訓練場の周囲には、一期生たちが監視役として配置され、観客席では三期生たちが固唾をのんで試合を見守っている。


 カイトはガスポールを挟んで対峙するミヤコと静かに視線を交わした。

 言葉はない。だが、その瞳には互いに譲らぬ強い意志が宿っていた。


 ――負けるつもりはない。


 静寂を破り、ガスポールが重々しく口を開く。


「ポイント制じゃ。10ポイント先取だからの」


 一瞬、張り詰めた空気がさらに研ぎ澄まされる。

 そして――


「試合、始め!」


 号令と同時にカイトとミヤコが一斉に属性解放する。

 解き放たれた魔力によって、訓練場の空気が一気に引き締まった。


 カイトは素早く巨大な火球を生成し、一気にミヤコへと放った。

 対するミヤコは、地面から無数の鋭い石つぶてを呼び起こす。


 炎と土がぶつかり合い、衝撃波が訓練場全体に広がる。

 カイトの火球は石つぶての群れに阻まれ、その威力を減じられながらも、炎の残骸がミヤコに迫る。

 ミヤコもまた、燃え尽き砕けた石の破片の中から勢いを失わずに飛来した一部がカイトへと襲いかかった。


「両者にポイント!カイト1点、ミヤコ1点!」


 結果、両者のポイントが同時に加算される。

 その後も攻撃と防御の応酬は途切れることなく続いた。


 だが――決め手に欠ける。


 攻撃すれば防がれ、防御に徹すればすかさず攻め込まれる。

 互いの手の内を知り尽くしているからこそ、安易な動きは許されない。


 カイトは奥歯を噛みしめ、焦りを抑え込んだ。

 対するミヤコも表情こそ平静を保つが、わずかに眉間が険しくなる。


 静かに、しかし着実にポイントが積み重なっていく。


 状況を見つめながら、監視役のモンドが低く呟いた。


「土と火は、お互い有利でも不利でもない。能力も思考も似通っている以上、こうなるのは当然……。どちらがこの流れを崩せるか……」

「すなわち――その瞬間こそが決着の時だ」


 長く伸びた真紅の髪を揺らしながら、カイエンがモンドの言葉に応じた。

 この二人もまた、それぞれ火と土の力を宿す者である。


 カイトはミヤコとの激しい攻防の中で、自らの胸に燃える炎を決して絶やさなかった。


 ――ヒカルは必ず戻ってくる。

   そして、ヒカルが光属性になって戻ってきたとき、“ニイチセン”は最強になる。

   そうなれば、魔女を倒せるかどうかは、俺たちのチームの出来次第ってことだ。


 ミヤコの攻撃が鋭く迫る。

 カイトは練り上げた業火を纏わせ、その攻撃を最小限の動きで捌いた。


 ミヤコの表情に初めて動揺が走る。


 ――わかるか、ミヤコ。


 それは、光属性ではない俺たちがどこまでやれるかってことなんだ。

 お前と違って、俺には覚悟がある。


 俺が必ず、お前を引き上げてやる。

 属性と肩を並べ、共闘できるレベルまで。


 ――……いや、違うな。


 ヒカルも含めて、俺が全員を引っ張り上げてやる。

 そして、“ニイチセン”で魔女を倒す!


 カイトはさらに魔力を解放した。

 ミヤコもそれに応じて限界を超えるように魔力を引き上げ、互いの力がさらに膨れ上がる。


「この覚悟がお前との違いなんだよ!!」


 カイトの魔力が、爆発的に跳ね上がった。

 圧倒的な熱が空間を激しく揺るがし、二人の力が激突する。


 だが、次の瞬間――

 カイトの視界が大きく揺れた。


 覚悟のすべてを込め、ミヤコを押し切ろうとしたはずが、その力ごと弾き飛ばされていた。


「やっぱり俺の兄貴だ」


 気づけば、ミヤコが背後を取っていた。

 弾き飛ばされることを想定していなかったカイトに、もはや成す術はない。


 そして――

 ミヤコのポイントが、ついに10へと到達する。


 ミヤコは地に倒れたカイトを静かに見下ろしながら、静かに言葉を続けた。


「カイトは“気持ち”で勝とうとしてたみたいだけどさ、俺たちの覚悟は同じだった。そこに勝機はなかったんだよ。それに気づいた俺の勝ちだ」


 カイトは驚きを隠せず、しばらくミヤコを見上げていた。

 しかし、やがてその表情は緩み、口元には微かな笑みが浮かんだ。


「……そうか」


 目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 それを隠すように、カイトはゆっくりと視線を落とす。


「そうか……」


 小さく呟くようにその言葉を繰り返しながら、拳を軽く握りしめる。

 溢れる涙を拭おうともせず、口元には確かな嬉しさが滲んでいた。


 “ニイチセン”の班長決定試合は静かに終わりを告げた。

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