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第12話:属性解放の儀、当日――中編

――朝9時30分 甲・二期生クラス――


 皆が正装を終え、儀式に向けて緊張感が漂う中、ガスポールが少し慌てた様子で会議室に入ってきた。


「大変じゃ。街でテロ事件が発生したようでの。“属性解放の儀”の警備を担当していたヒヨリ君ら“イチイセン”を鎮圧のために急遽派遣したんじゃが、儀式までに戻るのは難しそうじゃ」


 ――テロ事件……?


 会議室内がざわめき、生徒たちは戸惑いと不安の入り混じった視線を交わし合う。いつも冷静なガスポールの顔にも、動揺の色が隠しきれず浮かんでいた。


「君たちも、もうすぐ戦闘員として正式に認められることになるわけじゃから話しておくがの、これまでも小規模なテロ事件は何度か発生しておる。戦争による貧困化に加え、魔女の脅威が迫る中で、民衆の不満が限界を迎えるのも無理はないことなんじゃ……」


 ヒカルはその言葉に、これまで自分が抱いていた認識の甘さを思い知らされた。

 王血部隊は魔女を倒すためだけに存在する――それだけを考えれば良いとずっと思ってきた。


 だが、現実はもっと複雑だった。

 テロ事件は、アモン国王の政策への不満を募らせた人々がついに立ち上がった結果だ。彼らの困窮や苦しみに目を向けたことすらなかった自分が、今後、王血部隊員として民衆と向き合うことができるのだろうか――胸の奥に、漠然とした不安が広がっていた。


 ガスポールは一呼吸置いてから、さらに説明を続けた。


「ヒヨリ君の報告によると、今回のテロの狙いはシングウ城そのものだったらしい。しかし今、他の一期生たちは、“属性解放の儀”に出席される貴族の方々と入れ替わりで、各地方の治安維持に派遣されておる状況じゃ。本来であれば儀式の延期も検討するところじゃが、テロに屈してはならないというアモン国王の強いご意志もあっての……。王血部隊以外の人員で警備体制を整え、予定通り“属性解放の儀”を強行することになった」


 シングウ城が狙われたということは、“属性解放の儀”を妨害するのが目的なのか、それともアモン国王自身が標的なのか――。


 会議室内のざわめきは徐々に高まり、生徒たちの間には緊張と不安が満ちていった。ヒカルだけでなく、誰もが改めて自分たちの立場と責任の重さを強く感じているようだった。


 そんな重苦しい空気の中、ふと沈黙が訪れた瞬間を狙ったかのように、パオタロが静かに口を開いた。


「……ガスポール先生、属性解放を受ける順番はどうなっていますか? 可能であれば、俺を最初にして欲しいです」


 ――は……? パオタロ、空気読めよ!

   この状況で順番を早くしろだなんて、どんだけ身勝手なんだよ……!


 ヒカルは内心で叫びながら、パオタロを横目で強く睨みつけた。しかしパオタロの瞳には、いつもの軽薄さとは異なる鋭く冷静な光が宿っており、その真意をヒカルは計りかねていた。


 ガスポールはいつもと変わらない落ち着き払った口調で答えた。


「“属性解放の儀”は、身分が低い者から行うのが慣例なんじゃ。身分が同じであれば、魔力器の数が少ない者からだの。じゃから今回は、貴族であるガブリエウ君が最初になることが決まっておる」


 会議室の中央でガブリエウがすっと立ち上がり、堂々した様子で深々と一礼した。


「王血部隊の皆さんはシングウ王国王家の血を持っていらっしゃいますから、当然のことです。僕はまったく気にしていません。慣例に従わせていただきます」

「ちっ……」


 パオタロの悪びれた態度とは対照的なガブリエウの落ち着いた立ち振る舞いは、甲・二期生クラスの生徒たちを魅了していた。

 ヒカルも例外ではなかった。


 ――イケメンのくせに意外といい奴だな……。

   いや、でも待てよ。パオタロに比べれば誰だってマシか……。


 複雑な心境のまま、ヒカルはこっそりと胸の中でつぶやいた。


「ではええかの。“属性解放の儀”は予定通り、朝10時に玉座の間で行うからの。それと“イチイセン”が対応しておるから大丈夫とは思うが、念のため、シングウ城が狙われておることは忘れんようにの。属性が解放され次第、列席者の警護も頼んでおくこととするかの。初任務ってことじゃの」



――朝10時 玉座の間――


 玉座の間は、その名にふさわしい広大さと荘厳さを備えていた。


 高い天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、その輝きが部屋の隅々まで照らしている。重厚な石柱が等間隔で並び、部屋の壁面には歴代の王の肖像画が静かに並んでいた。


 最奥の中央部分は一段高くなっており、そこには三つの玉座が並ぶ。

 中央の最も大きな玉座にはシングウ王国のアモン国王が堂々と座り、威厳ある眼差しをまっすぐ前方へと向けている。その左側には穏やかな微笑みを浮かべるサンドラ王妃、右側には冷静な表情のソロモン皇太子が着座していた。彼らの存在が、広間の空気を一層厳粛に引き締めている。


 “属性解放の儀”を受ける十名は、それらと相対する位置で整然と並んでいた。

 彼らの周囲を囲むように王室や貴族が静かに席に着き、厳かな視線を送っている。その視線の重さは、生徒たちの緊張を嫌でも増幅させていった。


 ヒカルもその列の中に立ち、張り詰めた緊張に息をひそめていた。

 背筋を伸ばし、硬直したように広間の光景を見つめながら、自分がこの場所に立つ意味、その責任の重さに押しつぶされそうになる。


「では、只今より“属性解放の儀”を始める。まず初めに、アモン国王よりお言葉を頂戴する。皆の者、心して聞くように」


 重々しい宣言とともに、玉座の間が深い静寂に包まれる。

 アモン国王がゆっくりと立ち上がると、サンドラ王妃とソロモン皇太子をはじめ、列席する王室や貴族たちも一斉に立ち上がり、静かに国王を見つめる。


 その動作の一つひとつに、場の格式と緊張感が漂っている。

 ヒカルは、張り詰める空気の中、固く身体を硬直させたまま視線を前方へ固定した。


 アモン国王の低く重厚な声が、ゆっくりと広間に響き始める。


「今から19年前のことである――」


 その力強くも静かな語り出しは、“属性解放の儀”を受ける十名……というよりは、“玉座の間”に集うすべての者に向けられたものだった。


「我が国は、国土の半分を失った。多くの国士を失った。そして民衆たちは殺された。

 余は、諸君らの中に、家族を失った者がいることを知っておる。余も、諸君らと同じである。偉大な兄シモンを失った。

 余は、我が国が蹂躙されていくのを、兄シモンが死んでいくのを、ただ耐えることしかできなかった。諸君らも、きっと、そうであろう……」


 アモン国王の声が、広間の隅々まで染み渡る。

 アモン国王はゆっくりと目を閉じ、過去の記憶に思いを馳せているかのように見えた。そして、再び目を開いた彼の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っている。


「しかし余は、今、諸君らに問いたい。ただ耐えていただけの我らは、間違っていたのだろうか? 我が王国は、全軍を挙げて戦い、華々しく散りゆくべきであったのだろうか? アルグランドの魔女は圧倒的であった。当時の我らには、それに抗う術がなかったのだ。当時の我らは、耐えることによって、未来の子供たちが生きる希望を残したのだ。

 では、大結界に守られし30年の年月も“神はただ耐えよ”というのか。否、何人も、我らの歩みを止めることなどできない。我らは、30年の年月を待つことなく力を得て進むであろう。そして、全ての憎しみの根源であるアルグランドの魔女を討ち果たし、奪われた領土を必ず奪還するであろう」


 列席者たちは息をのむように静まり返っている。その場の空気は、国王の言葉に引き寄せられ、一層の緊張感に包まれていった。


「諸君らが、領地を失い、長い年月にわたり堪え難きを耐えていることを、余は、重々承知しておる。だが、諸君らには、今しばらくの辛抱を望むものである。魔女攻略の算段が付き次第、余は、必ず実行することをここに約束する!

 余が作りし王血部隊とは、そのための力である。我らが耐えることによって生まれし子供たちの力である。昨年の“属性解放の儀”では、王血部隊・甲・一期生十六名の属性が開放され、大いなる成功を収めることができた。皆のおかげである。今年も、ここにいる彼ら十名が、大きな成果を見せてくれると確信する!」


 アモン国王が力強く言葉を締めくくると、王座の間は一瞬の静寂の後、大きな拍手が湧き起こった。

 涙を浮かべて熱烈な拍手を送る者もいれば、どこか浮ついた表情を隠せない者や、ただ周囲に合わせて手を叩いているだけの者もいる。


 それでもアモン国王は堂々と右手を高々と挙げて応えていた。

 その姿はシングウ王国の揺るぎない象徴であることを改めて示し、広間に集まった全員の胸に深く刻まれた。


 ヒカルもまた、列の中で拍手を送りながら、その一言一言を胸の奥に焼きつけていた。


「それでは、ダーマンベルク地方を預かるエドワード・テックマン公爵が次男、ガブリエウ・テックマン、前へ」


 厳かな宣告が響き渡る中、ガブリエウは堂々と魔法陣が描かれた位置まで進み出た。その一切の迷いのない歩みと堂々とした姿勢は、玉座の間全体を圧倒していた。


 ガブリエウは魔法陣の中央に立つと、ガスポールの前で静かに片膝をつき、恭しく頭を下げる。

 正装に身を包んだガスポールは、普段よりも一段と威厳に満ちた様子で、ガブリエウの背中に杖をそっと置いた。


「属性解放だの、解除」


 ガスポールが静かに告げると、ガブリエウの体がほんのりと輝き始めた。

 次の瞬間、玉座の間全体に響く振動が発生し、その余韻が広間を満たす。

 光と振動はゆっくりと消えていったが、ガブリエウの存在感はますます大きくなったように見えた。


 ガブリエウは自分に宿った変化を確かめるように静かに目を閉じ、顔を上げる。

 数秒の沈黙の後、目を大きく見開いたその瞬間――確信が彼の中に生まれたのがわかった。


「ガブリエウ・テックマン、風80、土70のダブル」


 ガブリエウに付与された属性加護の種別と魔力値が測定され、厳かにアモン国王に報告された。彼が二種の属性加護を授かる“ダブル” だと分かると、玉座の間に驚きと歓声が広がった。


「ガブリエウ、大義である。下がってよいぞ」


 アモン国王の労いの言葉を受け、ガブリエウの“属性解放の儀”は終わりを迎えた。


 だが――そのときのガブリエウは明らかに奇妙だった。


 彼は何かに取りつかれたように、大きく見開いた瞳で一点を見つめ続けている。


「フゥフゥ……。フゥ、フゥ……」


 興奮から体が震えており、深く息を吐きながら冷静になろうと努めている様子がうかがえた。その姿に、広間にいる者たちは不安そうな視線を交わし始める。


 やがてガブリエウは、何かを諦めたように立ち上がった。そしてゆっくりとアモン国王に背を向け、甲種・二期生クラスの九名に向き直った。


「みんなぁ、ボクはもうダメだぁ。さっきからずっと震えが収まらないんだぁ。でもさぁでもさぁ……、仕方ないよねようやくさぁ……この時が来たんだからさぁあああああッ!!」

第12話までお読みいただきありがとうございます!


ここまでお付き合いいただき、感謝しています。序盤はじっくりと進んできましたが、ここから大きな展開を見せていきます。

ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです!


今後も応援のほどよろしくお願いします。

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