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第10話:アルグランド城の絶望

――蒼月の間――


「その日は、アルグランド王国の祭日で、アルグランド城にはたくさんの民衆が集まっていたの。その民衆たちに向けてアルグランド国王が演説を始めようとしたのだけれど、突然、その体は上下真っ二つに切断されてしまった。そして、その傍らには血だらけの魔女の姿があった。“魔女”という存在が初めて認識されたのが、この時なの」


 ――……ゴクリ


 ヒカルは冒頭の話を聞いただけで、背筋が凍るような恐怖に襲われていた。

 “魔女”という未知の存在が、ヒカルの心に不気味な影を落とす。パイヤンやメイナと同じように、“魔女への恐怖”が頭の片隅に住み着いてしまった気さえした。


「ど、どういうこと!? アルグランドって大国だったよね? それなのに、国王がいきなり殺されたってこと? どうやって? 近衛兵は何してたんだよ!?」


 ヒカルは恐怖と興奮が入り混じった子供のように、次々と質問を浴びせかける。少しでも早く、安心できる材料が欲しかったのだ。


「最初の犠牲者は、国王とその隣にいた王妃の二名だという説が主流だ。ただ、この話は大結界が張られるまでの間に、アルグランドからシングウへと逃れてきた人々によって伝えられたものだから、実際に城内で何が起きていたかは不明な部分も多い」


 パオタロが冷静に事実を整理すると、エミリが慎重な口調で補足する。


「パオタロの言う通りね。現場はパニック状態だったでしょうし、記憶違いや誇張も含まれているかもしれない。全てを鵜呑みにするのは危険だけれど……もし『国王が最初に殺された』という話が真実だとしたら――」


「もし魔女が潜伏魔法を使って侵入していたのだとしたら、俺が今使える程度の潜伏魔法なんて、ゴミ同然だろうな……。まぁ、魔女が本当に潜伏魔法を使ったのかどうかさえ、今となっては分からないが」


 ――パオタロの潜伏がゴミ!?

   で、でも……今日のヒヨリさんだって、パオタロを完全に圧倒してたじゃないか! もしヒヨリさんみたいな実力者がその場にいたとしたら……?


 ヒカルは頭の中で魔女の強さを思い描くたびに、不安がじわじわと膨れ上がるのを感じた。魔女という存在がどれほど恐ろしいのか、ますます想像がつかなくなっていく。


「でもさ、最初の犠牲者が国王だってことは、単にアルグランド王国には強い人間がいなかっただけって可能性もあるんじゃないのか?」


 ヒカルが不安を振り払うように反論すると、カイトが呆れたように眉をひそめた。


「え、まさかヒカル、『龍殺しのディラク』も知らないのか?」

「ディラク……? あ、もしかして『ディラク遠征録』のディラクのことか?」


 ヒカルの脳裏に、幼い頃に夢中になって読みふけった絵本の記憶が鮮やかに蘇る。

 主人公“ディラク”が壮大な冒険を繰り広げる物語だ。悪党を改心させて仲間に引き込み、圧倒的な知略と強力な魔法で敵国の大軍を退け、さらには厄災をもたらす伝説の龍をも退治する――まるで夢物語のような英雄譚だった。


「そうよ。アルグランド王国には、『史上最強』とまで呼ばれたアーノルド・ディラクがいたのよ」


 エミリの言葉に、ヒカルは驚愕の表情を浮かべた。


「ちょ、ちょっと待って! 『ディラク遠征録』って実話だったのかよ!? ……でも、たしかディラクの属性って――」


「そうよ。信じがたいけれど、ディラクは火、水、土、風――四属性すべてを宿した『クアッド』だったの。後にも先にも、クアッドはディラクただ一人だけよ」


 ――そ、そんな……あのヒヨリさんですら、トリプルなんだぞ!?


 ヒカルはあまりの衝撃に言葉を失い、口を開けたまま呆然としていた。


「当時、シングウ王国には現国王アモン様の亡き兄であり、世界に名を馳せた英雄シモン様がいらっしゃったの。けれど、そのシモン様をして“仮に、アーノルド・ディラクと戦うとなれば、死から逃れる術など存在しない”と言わしめたほどの強さだったらしいわ。もっとも二人は国を超えて互いを認め合い、親交を深めていたそうだけれどね」


「あ! それ私も知ってる! 国は違えど、お互いの力を認め合ってたのよね~。素敵よね~」


 ――メイナ、今はそんなこと、どうでもいいだろ!


 ヒカルは心の中で思わずツッコむが、それどころではなかった。ある重大な疑問が頭をよぎった。


「じゃあ……その時、ディラクはどこにいたんだよ!?」


 ヒカルの切迫した問いかけに、エミリが重い口調でゆっくり答える。


「ディラクは、その場にいたわ。アルグランド城で国王と王妃を守ることはできなかった。でも、直後に魔女の前へと現れて――一瞬で、その首を落としたらしいわ」


 ――うぉおおお!! さすがディラク……!!

   ……あれ? ちょ、ちょっと待てよ!?


「えっと!? ディラクが魔女を殺したって、どういうことだよ!?」


 ヒカルの困惑した問いに、エミリが淡々と続ける。


「それがよく分からないの。ただ、次の瞬間には、魔女の首は再び繋がっていたらしくて……。不意を突かれたディラクは徐々に追い詰められて、最終的には魔女の前で力尽きたと伝えられているわ。でも、『もう一度ディラクが魔女を殺すところを見た』という証言もたくさんあって――」


 言葉に詰まったエミリの代わりに、パオタロが静かに口を開く。


「ディラクは、アルグランド王国の“大英雄”だ。普通に考えれば、ディラクを愛する人々が、魔女に敗れたディラクをそれでも英雄視し、話が誇張されたと考えるのが妥当だろう。だが、史上最強と謳われたディラクが魔女に殺されたのは事実だ。だから、魔女に関する情報は、どんな些細なものでも決して軽視すべきじゃない」


 ――あ、あのディラクですら、魔女に殺された……。


 ヒカルは想像を遥かに超えた魔女の強さを知り、全身から力が抜けていくのを感じた。


「これが、『アルグランド城の絶望』の詳細よ。この大事件をきっかけに、アルグランド王国は魔女の支配下に置かれていくことになるの。そして、その結果として、シングウ王国も同盟国だったアルグランドから突然の侵攻を受けることになったわ」


 エミリの説明が終わると、“蒼月の間”は水を打ったように静まり返った。

 やがて沈黙に耐えかねたようにメイナがドヤ顔で立ち上がり、得意げに言う。


「ほ、ほらねー! 私とパイヤン君が言った通りでしょ~」

「ボクは、メイナと違って、予想が当たったところで全然嬉しくないんだけど」

「わ、私だって……嬉しくなんかないわよ! バカ!!」


 ――ハハ……、笑えねーよ。

   あの大好きだった絵本のディラクでさえ、魔女に勝てなかったなんて……。


 再び“蒼月の間”に重苦しい沈黙が漂う。

 しかし、その静寂を破ったのは、一つの呆れたようなため息だった。


「ハァ……」


 全員の視線が、一斉にエミリへと集中する。


「私には全く理解できないのだけれど……。あなたたち、どうして魔女に勝てる可能性がないなんて言い切っているのかしら?」


 エミリの口調は、いつになく冷静で、どこか挑戦的な響きを帯びていた。

 その言葉にメイナが即座に反応する。


「だってエミリちゃん! あなた今、自分で『アルグランド城の絶望』の話をしたばかりじゃない! あの『龍殺しのディラク』ですら勝てなかった相手に、どうして私たちが勝てるっていうのよ!?」


「私は、『勝てるかもしれない』と言ったのよ。一度も『勝てる』なんて断言はしていないわ」


「もう、どっちだっていいから! そう思う理由を言ってみなさいよ!」


 エミリは堂々とした様子でゆっくりと手を挙げ、三本の指を立てる。


「理由は三つあるわ」


 “蒼月の間”が再び静まり返り、エミリの落ち着いた声だけがはっきりと響いた。


「一つ目は、私たちは『魔女』という敵について、既にある程度の情報を持っているということよ。例えば、魔女が未知の魔法を操る可能性が高いことや、一度倒したように見えても復活するかもしれないことなどをね。――ディラクは、まったく何の情報もないまま、完全な未知の敵として魔女と戦ったのよ」


「二つ目は、私たちには、これまでに得た魔女に関する情報を基に、『魔女戦』に備えた準備や戦略を練るための時間があるということ。アモン国王が『王血部隊』を創設したのもその一環よ。『アルグランド城の絶望』では、魔女の突然の奇襲に多くの者が恐怖し、戦意を完全に喪失してしまった。ディラクは、十分な準備もないまま、たった一人で未知の敵である魔女と戦わざるを得なかったのよ」


 ――たしかに、ディラクは圧倒的に不利な状況下で、たった一人で魔女と戦ったんだ……。


 もしディラクが今のような情報を持ち、十分な準備を整えた上で戦えていたなら、結果は違ったかもしれない――そんな思いがヒカルの脳裏をよぎった。


 すると、それまで黙って聞いていたミヤコが、やや遠慮がちに手を挙げる。


「ちなみにエミリはさ、“属性解放の儀” を終えた甲・一期生たちの実力を見る限りだと、王血部隊全体の戦闘力って、ディラクより上だと考えてるの……?」


 その問いかけにエミリは一瞬だけ間を置き、冷静に答えた。


「……そうね、私はそう考えているわ」


 静かだった空気に、小さなざわめきが生まれる。

 すると、パオタロが落ち着いた口調で補足を加えた。


「甲・一期生の戦闘訓練の結果を見る限り、一卵性には魔法属性値にボーナスが付くのが明らかなようだしな」


 パオタロの発言で、話題の中心がエミリからミヤコとカイトへと移る。ミヤコは少し照れくさそうに目をそらし、カイトは得意げに口元を緩める。


「俺たちに期待されても……」

「俺たちに期待してくれよっ! 」


 二人のセリフが揃わない様子を見て、パイヤンがどこか残念そうに呟く。


「君らには、一卵性ボーナスが付きそうにないな……」


 パイヤンの冗談めいた一言に、最初は控えめな苦笑が漏れる程度だったが、次第にその笑いは小さな笑い声へと変わっていった。"蒼月の間"を支配していた張り詰めた空気が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


 だが、ヒカルは胸の奥に燻る不安を消し去れずにいた。もっと強固で確かな安心材料が欲しかった。


「でもさ、エミリ。今の二つの理由って要するに、『俺たちは部隊全体としてディラクより強くて、ディラクよりずっと有利な状況で魔女と戦える』って話だよな? だけど、そもそも魔女自身があのディラクより遥かに強かった可能性があるんじゃ……」


 ヒカルの問いかけに、部屋の空気は再び緊張を帯びる。

 注目が再びエミリに戻ると、彼女はひと呼吸おいてから慎重に答えた。


「それは“三つ目の理由”になるのだけれど、まず、私は、“光属性”の存在を信じているわ。あと“光属性”のことを単なる『五番目の属性』だとは捉えていなくって……。何も根拠がないから恥ずかしいのだけれど、もっと大きな意味がある属性だと考えているの。……ただの私の願望かもしれないけれどね」


 ――もっと大きな意味……?


 ヒカルの心に、エミリの言葉が静かに染み渡る。

 その瞬間、パオタロが冷静に問い返した。


「つまり、これまでの歴史では四属性以外の属性は存在しなかった。それにもかかわらず、大賢人は“光属性”の出現を予言した。それが、この世界に魔女が現れたことと何らかの関係がある……そう言いたいのか?」


「そうなのよ、パオタロ! そもそも自然って均衡を保とうとするものなの。もし“光属性”が“魔女”に対する自然からの回答なのだとしたら、魔女の属性は――」


「……闇!?」


「その通りよ、ヒカル。そして忘れてはいけないのが、王血から私たちを生成したのはガスポール先生だということ。そのガスポール先生が、あなたを『ヒカル』と名付けたのよ。きっとそこには、何かしらの根拠があったはずよ」


 ――俺を生成したガスポール先生が……『ヒカル』と名付けた……!!


 ヒカルの胸の中に、不安と希望が入り混じった感情が渦巻く。


 ――魔女が闇属性で、それとの均衡を図るのが“光属性”だとするのなら、その強さって……


 そんなヒカルの様子を見て、エミリが優しく微笑んだ。


「ヒカル、あなたはきっと、明日の“属性解放の儀”で王血部隊最強になるわ」

第10話をお読みいただきありがとうございます。


これまで2話ずつ更新してきましたが、

次回(第11話)以降は1話ずつの更新となります。


次回からはついに『属性解放の儀』の話に突入します。

どのような展開が待ち受けているのか、ぜひ楽しみにしていただけると嬉しいです。


引き続き、よろしくお願いいたします!

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