第9話:甲種・二期生、全員集合
――蒼月の間――
「私の魔鳩を無視する正当な理由でもあったのかしら?」
その日の夜、甲種・二期生クラスの九名は、王血館二階の共用室“蒼月の間”に集まっていた。
エミリがご立腹なのは、朝食以降ヒカルたちとの連絡が取れなかったからである。
――あのあと、シシン先輩が市街地までご飯に連れて行ってくれて遅くなったんだよな。
魔鳩がバンバン飛んで来てたけど、ヒヨリさんの件もあって魔鳩を返すわけにもいかなかったし……。
そういや、シシン先輩のところにも、すごい数の魔鳩が来てたっけ……。
『(ポッポ!)ヒカル、パオ(ポッポ!)タロ、これが秘密を(ポッポ!)守らねばならない男の辛さ(ポッポ!)なのだ』
たくさんの魔鳩がシシンの肩や頭に止まり、身体を無数に突きながら飛び回っては、彼の言葉を遮っていた。
そんなシシンの様子を思い返しているヒカルを横目に、パオタロが動く。
「エミリの魔鳩は、俺のところには来てないが?」
パオタロが首をかしげると、エミリは不思議そうに眉を寄せる。
「そんなはずないわ。……あら? 本当ね、パオタロにも送ったはずなのだけれど、履歴が無いわ」
エミリは魔鳩の履歴を何度も確認するが、パオタロへの送信履歴だけが見つからないらしい。
しかし、ヒカルは見逃さなかった。パオタロの指先が素早く動き、エミリの魔鳩履歴に“潜伏魔法”をこっそりかけていたのを――。
――げっ! あいつ、魔鳩履歴にも潜伏かけれんのかよ!!
やばい……俺を切り捨てて、自分だけ逃げる気か……!?
ヒカルは内心でそう毒づきながら、パオタロの抜け目なさに舌打ちしたい気分をこらえる。
「……それで、ヒカル。あなたはなぜ私の魔鳩を無視したのかしら? べ、別に気にしているわけではないのだけれど」
エミリの追及はヒカルに絞られることになった。
このままでは集中砲火は確定だ――理由を考えようと焦るヒカルの額に、じわりと汗がにじむ。ちらりと視線を落とすと、自分の服からはみ出した糸切れがゆらゆらと揺れているのが目に飛び込んできた。
――これだっ!
一瞬のひらめきに賭け、勢いよく言葉を繰り出した。
「あー、昨日、ガスポール先生の授業中、エミリに迷惑かけちゃっただろ? 実はさー、市街地まで出掛けてて……えーっと、ほら! これをサプライズで渡したかったからなんだ」
ヒカルは慌てて言葉を並べると同時に、服からはみ出していた“糸切れ”を摘まみ取り、エミリの視線をそらすように両手を背中側へまわす。“糸切れ”を核にして魔法を使い、ささっと“クマのぬいぐるみ”を作り始めた。――少なくとも、本人はそのつもりでいた。
完成したそれをエミリに手渡すと、不思議そうな表情でそれを眺めた。
「えっと……これ、何かしら?」
エミリが首をかしげると、ヒカルは胸を張り、自信満々に言いかける。
「かわいいだろ? エミリが好きな……って、ちゃうやん……」
背中側で確認もせず急いで魔法生成したぬいぐるみは、どう見てもクマには程遠い、アンバランスな“何か”だった。器用なヒカルとはいえ、姿を確認できない状態での魔法生成は、さすがに難易度が高すぎたようだ。
一方、パオタロはすまし顔のまま、傍観を決め込んでいる。
「ごめんなさい、今、よく聞こえなかったのだけれど。“ちゃう”何って言ったのかしら?」
――エミリの中に潜む“デレちゃん”のためにも、ここでのミスは絶対に許されないっ!
ヒカルは、ヒヨリとの戦闘時すら凌ぐほどの全神経を集中させた。
極限の緊張が身体を支配する中、渾身の言い訳を放つ。
「……チャウチャウ犬だよ! 」
「っぷぷ! ……っんぐぁ」
当然、この極限状態のヒカルが、笑いをこらえきれず噴き出したパオタロを見逃すはずもない。パオタロが噴き出した瞬間、ヒカルはすかさずパオタロの耳元の空気を激しく振動させ、大きな音をパオタロだけに聞こえる形で制裁を加えた。
パオタロはビクッと肩を跳ね上げ、その場で硬直した。
さらに続けてヒカルは、その振動を巧みに操り、無機質な『機械音』に似た音声へと変貌させる。もちろん、この音が聞こえるのもパオタロだけだ。
――魔鳩履歴を消したことは黙っててやるから、協力セヨ
「チャウチャウ犬?」
エミリがますます怪訝そうに眉をひそめると、パオタロは引きつった笑顔で、渋々ヒカルに話を合わせた。
「あー、エミリ。かわいいだろ、それ。“子グマのような姿”とも言われる犬種だ。それが今、街で流行っているらしい、……っぷぷっ!」
パオタロは話の途中で耐えきれず再び吹き出すものの、ヒカルの集中はまだ切れない。ヒカルは、パオタロが笑い崩れそうになるたびにすかさず“制裁”を加える覚悟だった。
「そうなのね……。チャウチャウ犬のことはよく知らないのだけれど、そう言われると、たしかに子グマにも似ているかもね。うん、ヒカル。昨日のことは、チャウチャウ犬のぬいぐるみで許してあげないこともないわ……。あ、ありがとう……」
エミリは頬をわずかに赤らめ、照れたように目を逸らした。
「いや、昨日は悪かったよ。でも、喜んでもらえたならよかった」
――クマ否定からのチャウチャウ犬の流れは、脳みそフルでギリだったわー。危なかった……。
エミリの表情が柔らかくなったことで、ピリピリとしていた“蒼月の間”の空気もようやく和らいだ。
そんな雰囲気のなかで、夜のミーティングが始まる。
「じゃあ、そろそろ本題に入るわね。今日は二つあるの。一つ目は、ハルナお姉さまの件もあって、改めて通知がきたと思うのだけれど、『新魔法開発は絶対しないように』とのことね。でも、これは大丈夫よね?」
「俺たちは大丈夫だろ。……まぁ、やるとしたらパオタロか?」
カイトが軽い調子でパオタロに目を向けると、パオタロは即座に鋭い目つきで断言した。
「リスクが高すぎる」
その表情を見て、カイトはあっさりと肩をすくめる。
「ですよねー」
一つ目の議題はそれだけで終了するかに思われた。しかし、“ニイニセン”の一員であるパイヤンの震えるような声が、その場の空気を止めた。(“ニイニセン”は、パオタロ・パイヤン・パルロの三人から成るチームである)
「で、でもさ……。“魔女の嫉妬”って、本当に魔女が関わっているのかな……? もしそうなら、魔女って、とっくに大結界を超えて攻撃をしに来ているわけだよね。い、いつ本人が現れてもおかしくないってことでしょ……? そうしたら、ボ、ボクなんて、すぐ殺されるよね……」
パイヤンが不安げに呟くと、“蒼月の間”に重たい沈黙が訪れた。
しばし沈黙が続いたあと、パルロが静かに口を開く。
「パイヤン、俺たちはいつか魔女と戦うんだ。だから、そういうことを言うのはやめろ」
しかしパイヤンは納得できないらしく、肩を震わせながら苛立ちを隠せない様子で反論した。
「それはこっちのセリフだよ! 相手は魔女なんだよ? ボクたちが勝てるわけないって、本当はわかってるんだろ、パルロ!? 強がりばっかり言うのはやめてよ!」
パイヤンは息を荒げ、隣の席にいたパルロの肩を強く掴んだ。
普段は温厚で控えめなパイヤンが見せる珍しい剣幕に、周囲が一瞬息をのむ。
「それとも何? どうせいつか殺される運命なら、少しくらい早く殺されても仕方ないって言いたいの!?」
「ふざけんな! 俺はそんなこと言ってないだろ!」
パルロは掴まれた肩を力いっぱい振り払い、負けじとパイヤンの肩を掴み返そうとする。しかし、小柄で非力なパルロはパイヤンの柔らかな脂肪に覆われた体格を前に手こずり、もがくようにしているだけだった。
「言ってるでしょ! じゃあパルロ、君は魔女を倒せるとか本気で思ってるの!? どうやって倒すのか言ってみてよ!」
「うるせー! やってみなきゃ、わかんないだろ! 」
和やかな雰囲気で始まったはずの夜のミーティングは、一転して殺伐としたものに変わり、早くも暗雲が立ち込めていた。
「もう、やめてよ……」
声を出したのは、“ニイサンセン”に所属するケイトだった。しかし、いつも通りの控えめな声は、今にも取っ組み合いになりそうな二人の耳には届かない。(“ニイサンセン” は、エミリ、ケイト、メイナの三人から成るチームである)
やがてエミリが、唇を少し尖らせながら、机の上にチャウチャウ犬のぬいぐるみをぽんと置き、静かに立ち上がる。その途端、パイヤンとパルロだけでなく、ヒカルやパオタロまでもが背筋を伸ばし、凍りついたように動きを止めた。
「次に輪を乱すようなことがあれば、落とすことに……」
「やりません!」
「やりません!」
通常なら、ここでエミリの電撃魔法が発動し、強制終了するのがお決まりの流れだ。だが今回は、パイヤンとパルロの危機察知能力が優れていたのか、あるいはチャウチャウ犬を机に置いた分だけエミリの出だしが遅れたせいなのか――いずれにせよ、二人はギリギリ回避に成功したらしい。
とにもかくにも、これでようやく話が落ち着き、次の議題に移るかと思われた。
だが、沈黙の中でぽつりとメイナが呟いた。
「……でも、パイヤン君の言うとおりよ」
一同の視線がメイナに集中する。メイナはわずかに怯えながら、心の底からこみ上げる不安を抑えきれない様子で言葉を続けた。
「どうせ私たちは殺されるんだよ。早ければ今この瞬間にも殺されるかもしれないし、遅くとも大結界が消える11年後には必ず殺される。そういう運命なのよ……」
メイナの暗い言葉に、再び重苦しい沈黙が“蒼月の間”を覆いはじめる。
そんな空気に苛立ったカイトが、眉をひそめて口を開いた。
「メイナ、お前までめんどくせーこと言うなよ」
「そうやって誤魔化さないでよ! カイト君だって本当は思ってるよね? 魔女には勝てないーって」
メイナは激しい感情をぶつけるように声を荒らげる。だがカイトは冷淡に笑みを浮かべ、さらに突き放すように言い放った。
「どうせ『これまで黙っていたが、俺には勝つための秘策がある』とか言って欲しいんだろ? そういう女々しくて甘えたこと言うのが、一番嫌いなんだよ、俺は」
「サイッテー!! 」
メイナが叫ぶと同時に、エミリが再び静かに立ち上がった。
今回はチャウチャウ犬のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえている。
「あなた達、いい加減にしてもらえるかしら? 議長はこの私なのだけれど。許可なく発言するのは控えて頂きたいわ」
エミリの迫力ある一言に、場は再び落ち着きを取り戻した。
しかし、メイナの中に渦巻く魔女への不安や苛立ちは、まだ収まりきっていないようだった。
「じゃあエミリちゃんは、魔女のことはどう考えているの?」
エミリは少し考えるように目を伏せたあと、静かながらも迷いのない口調で言った。
「……勝てるかもしれないし、負けるかもしれないわね」
「つまんなぁ~い」
メイナは大げさにため息をついてみせるが、エミリは表情一つ変えずに問い返す。
「何がつまらないのか全く理解できないのだけれど。ではメイナ、あなたはどうして魔女に勝てる可能性がないと思っているのかしら?」
その言葉に、メイナは『そんなの当然じゃん』という表情を浮かべ、肩をすくめた。
「だって、みんなも“アルグランド城の絶望”って呼ばれてる事件のこと、知ってるんだよね?」
「え? 何それ。学校で習ったか? 俺、全然覚えてないけど……」
ヒカルが戸惑ったように眉をひそめながら尋ねると、メイナは信じられないという顔で大きく目を丸くした。
「ヒカル君、知らないの!? 学校だと来年習う範囲だけどさー、超有名な事件だから、てっきりみんなも調べて知ってるのかと思ってた……」
その場にいた面々がざわめきながら顔を見合わせる。
結局、“アルグランド城の絶望”について詳しく知っている者は、半数程度しかいなかった。
「えー、俺、どんな事件なのか知りたい! 」
ヒカルが興味津々に前のめりになると、エミリは小さく溜息をつきつつ、仕方ないという表情を見せた。
「ヒ、ヒカルが知りたいって言うから話すわけではないのだけれど……。この事件について知らない人が半分もいるのでは、緊急時に問題になりかねないわね」
「エミリ、話してくれない?」
ヒカルの真剣な眼差しに押されたエミリは、「仕方ないわね」と小さくうなずいた。
そして、少し長い話になることを覚悟したのか、ゆっくりと真剣な表情に切り替える。大事そうに抱きかかえていたチャウチャウ犬のぬいぐるみをそっと机の上に置くと、自然と場の空気が引き締まった。
ヒカルを含め、その場にいる全員の視線がエミリに注がれる中、彼女は静かな口調で語り始めた。
「“アルグランド城の絶望”というのは、魔歴385年――つまり今から19年前に起こった事件よ。この世界に魔女が初めて姿を現し、たった一人でアルグランド城を乗っ取った……という、最悪の出来事を指しているわ」
その一言だけで、空気がさらに重くなり、誰もが息を呑んだ。
第9話をお読みいただきありがとうございます。
『属性解放の儀』まであと2話になりました。
今後の展開をぜひ楽しんでいただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。




