プロローグ
昔、この世界において、最も繁栄し、最強の軍事力を誇っていたアルグランド王国。
しかし、その国は突如として乗っ取られてしまった。
たった一人の女の出現によって……。
女は、アルグランド王国の国王を殺害し、自らを新たな支配者だと宣言すると、世界を魔法で管理し支配する「魔法管理システム」を構築した。女の圧倒的な魔力は、アルグランド王国の国民が跪くのに十分だった。
女は、アルグランド王国軍を再編成すると、近隣諸国への侵攻を開始した。その勢いは凄まじく、世界は瞬く間に戦火に飲み込まれた。女は常に最前線に立っていた。殺戮が繰り返され、世界は絶望に染まっていった。
女は、いつしか「魔女」と呼ばれるようになった。
アルグランド王国の同盟国であったシングウ王国もまた、例外ではなかった。英雄たちは次々に命を落とし、国土は削られていった。アルグランド王国軍の侵攻は、もはや止められないかのように思われた――しかし、ある日突然、その進撃は止まった。
世界を隔てる巨大な「大結界」が現れたのだ。
大結界が出現したその日、シングウ王国の国王ガンモンの前に、一人の男が突如姿を現した。
男は年の頃は三十歳ほど。綺麗な長髪をなびかせており、美しい顔立ちをしていた。ただ、奇抜な服装はこれまで国王が目にしたどの国のものとも違い、異質な雰囲気を漂わせていた。
突然の怪しげな男の出現に警戒した近衛兵長が素早く号令をかけると、精鋭の兵たちが即座に男を取り囲んだ。しかし、男が涼しい顔で右手を軽く上げると、兵士たちの動きは完全に封じられてしまった。その場の空気が怯む。
男は軽く肩をすくめ、面倒くさそうに息を吐いた。
「あー急いでるんで、すいませんね。俺は義務を果たしに来ただけなんで」
男は口を開くと、一息つく間もなく、大結界について早口で説明を始めた。
男の説明によれば、大結界は自らが張ったもので、シングウ王国全体を包み込むほどの規模を持ち、他の国との行き来を完全に遮断するものだという。
その場にいた誰もが、男から放たれるただならぬ気配に息を呑んでいた。男の一方的な説明はなおも続くかに思われた――が、それを遮る者がいた。
他ならぬ国王ガンモンだった。
眉間に深いしわを刻んだまま、抑えた声で口を開く。
「少しだけ待て」
国王ガンモンは、これまでの情勢から、この男が自分たちの手には負えない存在だと即座に見抜いていた。
では、この状況において次善策とは何か?
国王ガンモンは魔法で紙と筆を生成し、それらを空中に浮かべた。これは、会話を自動で記録するための汎用魔法だった。
「時間を取らせてすまなかった。続けてくれ」
男は小さく口角を上げ、再び口を開く。
「なるほど。これだけ頭の切り替えが早い王様は初めてですよ。では、一気にいきますねー。えーっと、まず、例の魔女の件ですが『封印』しておきましたんで。いやー殺しておいて欲しかったって気持ちはわかるんですが。ただ色々あってホント申し訳ない。でも期間は結構長いんですよー? 三十年は持続できるタイプのやつなんで。ただ、ホント申し訳ないんですけど大結界も同じ頃には消えると思いますんで、その後の処理は自分たちでやっといてくれませんかね? いや、それは厳しいって気持ちはすごくわかるんですけどね? でも大丈夫です! 俺はできることしか頼まないんで。あ、そうそう。この国に魔女を結構追い詰めてたお兄さんいらっしゃいましたよね? 亡くなられたのは残念でしたけどあのお兄さんのおかげなんです。彼は王族の血筋の方ですよね? つまり今は、この国の王族の血筋が相性良いはずなんですよ。これが設計図なんで。この設計図通りにやれば必ず光属性が生まれますんで。三十年も準備期間ありますしその子を中心に戦えば大丈夫ですから!! このくらいかな? ではいろいろ頼みます。もう行かないといけないんで」
男は早口で言い終えると、質問をする間も与えず、その場から静かに姿を消した。
後には、呆然と立ち尽くす近衛兵たちと、男の残した設計図を静かに見つめる国王ガンモンだけが残されていた。
その後、男は二度と現れることはなかったが、シングウ王国はこうして平和を取り戻すことになった。
だが、それはあくまで『期限付きの平和』に過ぎなかった――。