第六話
騎士団長は額に汗を浮かべながら踏みとどまっていた。
今、目の前にはその伝説を生んだ男が立っている。不敵な笑みを浮かべて自分と敵対している。
ごくりと唾を飲み込んだ。
「き、貴様は……、ほ、本物のソラリスなのか……?」
人々も驚愕の表情で見つめている。
王都を護った英雄が今、目の前にいる。国王がそのすべてを隠し、姿かたちすらわからなかった偉大なる人物。
正直、ここまで若いとは思っていなかった。
60、70歳の老齢な紳士だと思っていたほどである。
「試してみるかい?」
ソラリスは不敵な笑みを浮かべて答えた。
騎士団長は剣を握る拳に力を込めた。
(本物だろうが、ニセモノだろうが、どちらでもいい。我ら神聖騎士団にたてついたのは間違いないのだ)
すっと剣を上段に構える。結界をも破る勢いで振り下ろそうという構えだった。
「結界ごと叩き壊してやる」
「いいだろう」
ソラリスはすっと手のひらを騎士団長に向けた。
騎士団長はゆっくりと詰め寄る。剣を構えながら、徐々に徐々に一歩ずつ近づいていく。
目の前の男など、自分にとって一回りも小さい。渾身の力を込めれば、あの華奢な腕では到底防ぎきれるものではない。結界といえども、限界があるはずだ。
(それに……)
騎士団長は思った。
英雄ソラリスを倒したとなれば、その実力はノア中の知るところとなる。そうなれば、彼の地位は安泰だ。場合によっては聖騎士総長の椅子におさまるかもしれない。
騎士団長は、ほくそ笑んだ。これは、またとないチャンスだ。
じりじりと慎重に詰め寄って行く。
素手では届かない距離。
剣の間合いにさえ入れば。
数歩、踏み出した。騎士団長の目がカッと開く。
「ここだ!」
騎士団長は、かけ声とともに渾身の力を振り絞って彼の頭上に剣を振り下ろした。
ガキイィィンッ!!
火花が飛び散るほどの衝撃がソラリスの頭上に降りそそぐ。
しかし、彼は余裕の表情を崩さない。
騎士団長は、間髪入れずに二撃目をくわえた。
再度、火花が飛び散る。
鋼でできた剣が割れるのではないかと思えるほどの衝撃が巻き起こった。
(もう一撃……!)
騎士団長は剣を引いて三度めを叩きこもうとした。
その刹那、ソラリスが懐に飛び込んできた。
「……な、なに!?」
意表をつかれた。まずい。
後ろに飛び退く騎士団長に合わせて、ソラリスも足を前に突きだした。
そして、ピタリと彼の胸元に手のひらを添える。
「………?」
なんの真似だ、と思った瞬間、騎士団長の身体が「く」の字に曲がって数十メートル先まで吹き飛ばされた。
「────っっ!!!!!!」
声にならない悲鳴を発しながら、騎士団長は地面に3回バウンドし、糸の切れた操り人形のようにゴロゴロと転がっていった。まさに、一瞬だった。
人々は、驚愕の光景に口をあんぐりと開けてそれを眺めていた。
「秘儀、結界波。なんてね」
ソラリスは手のひらを前に突きだしながらこともなげに言い放つ。
彼の結界は、空気の層を固定化させる特殊なものだが、あれは逆に放出させる、彼独自が生んだ技である。
誰もができるものではなかった。
「ば、ばけものだ……!!」
目の前の信じがたい出来事に、残っていた黒い甲冑の騎士たちがいっせいに逃げ出した。弾かれた剣で怪我を負った騎士たちも、足や肩を抑えながら後を追う。
あとに残されたのは、地面に突っ伏したままの騎士団長だけであった。
「す、すごい……」
サチャとカシムは、夢でも見ているかのような光景に目を奪われていた。魔法使いというのは、こんなにもすごいものなのか。
「大丈夫か?」
ソラリスが二人を抱え起こす。その顔は、さっきとは打って変わって優しさに満ち溢れている。
二人は興奮しながらソラリスに抱きついた。
「……お、おい?」
抱きつかれたソラリスは、心配そうに顔を向ける。
サチャとカシムは顔を上げて笑顔で叫んだ。
「おじさん、すごい!」
「おじさん、最高!」
今の今まで殺されそうな目に合った子供たちの元気な姿に、ソラリスは肩をすくめた。
「なんだ、大丈夫そうだな」
「大丈夫だよ、あれくらい」
強がってみせるカシムに、サチャは冷やかしの目を向けて言った。
「とかなんとか言って、泣きそうになってたくせに」
とたんに、カシムの顔が真っ赤に染まる。
「……なっ!? 泣きそうになってたのはサチャのほうじゃないか!」
「私は泣いてないもん」
「どうか、ご慈悲を~、とか言ってたくせに」
その言葉に、サチャの顔も真っ赤に染まった。
「……こ、こら、カシム!」
じゃれ合う二人に、ソラリスはフードをかぶりながら言った。
「あー、なんだ。二人とも、忘れてるようだけど、一言、いいか?」
「なに?」
「オレ、こう見えてもおにいさんだからな」
カシムとサチャは笑顔で答えた。
「どっちだっていいじゃん、そんなこと」
「よくない! こら、人の話を聞け!」
王都を護った偉大な英雄が子供に振り回される光景に、町の人々はいつまでも信じられないという顔つきで眺めていた。