エピローグ
朝の陽の光が王宮内に差し込んでいた。
ラングリーフたちが牢を抜け出して一夜が明けた。
王都へと続く地下水路の入り口には無数の屍が転がっている。
その中に、特務部隊隊長のマイロと王位継承権第一位のガナフの姿がある。
宮中は大騒ぎとなっていた。
国王の寝室では、ダラス13世が刃物で首を切られて殺害されていた。
それが実子ガナフの手によるものだということは明らかにされてはいないものの、彼の近くに落ちている血に染まったナイフからガナフの仕業であるということは想像できた。何より、彼の命令で動いていた多くの兵士たちの証言がある。
ラングリーフが救った命だ。また、ユーゴの恐ろしさを目の当たりにした証人でもある。彼らは嘘偽りのない真実を述べてくれた。
ユーゴはガナフ殺害後、いずこともなく姿を消した。
いつ現れ、そしてどこへ行ったのか。ラングリーフたちには知る由もない。
ただ一つ言えることは、聖剣の担い手ユーゴは現実に存在し、その強さは健在だということだ。
もしかしたら、彼はこの世界の人間ではないのかもしれない。
聖剣に導かれるままこの世界を訪れ、そしてガナフの企みを阻止したのではないか。
そう思えばこの国に聖剣伝説がない理由も彼が突然現れる理由も合点がいく。
突拍子もない想像だが、ラングリーフはその考えに自信を持っていた。
ユーゴはきっと、すでに他の世界へと行ってしまったのだろう。
そして、そこで別の悪と戦っているのかもしれない。
ラングリーフは朝焼けに包まれた空を見上げながらそんなことを思っていた。
※
軍事大国ガイラスに、春の風が吹く。
新緑の木々が生い茂る王宮の庭先で、金属鎧に身を包んだ若者たちが姿勢を正して整列していた。
そこへ一人の女性が足早に登場すると、その若者たちより一歩前に出ていたロディが声を上げた。
「ラングリーフ特務部隊隊長に、敬礼ッ!!」
その声に合わせ、全員がいっせいに右手を額に当てて敬礼をする。
彼らの顔つきは精悍だった。
一人一人が、自信に満ち触れた顔をしている。
「おはよう、みんな。今日からあなたたちはこの特務部隊の正式隊員。国を影から支え、忠実に任務を遂行してほしい」
あれから数か月。
ラングリーフは特務部隊隊長となり、名実ともに部隊のトップとなっていた。
古くからいる隊員たちの反対もなく、それはすんなりと決まった。
新たに王の座についた若き国王の信頼が大きかったというのもある。
彼女は、特務部隊隊長として前任マイロ以上の働きぶりを示した。
そして、彼女にはもう一つ、大きな仕事があった。
それは、長年放置されていたライラックの町の再建である。
町の内情を見てきた彼女の思いは国王を動かし、そしてその第一歩を踏み出そうとしていた。
「さっそくだけど、初任務よ。ライラックの町再建に向けてまずはその町に住む人々への支援をしてほしい。ここにある食糧と水、そして薬を持って行ってちょうだい」
ラングリーフの指し示す先には、何台もの荷車に積まれた物資が用意されていた。
それぞれに1頭ずつ馬がつながれている。
ひとつだけでも、相当な量がある。
莫大な国費がかかっていることだろう。
「これは大臣からではなく国王陛下直々の命令よ。必ず、やり遂げなさい」
「はっ」
国王と聞いて、若い隊員たちは背筋を伸ばす。
正直、これがライラックの町再建になるのかはわからない。
しかし足がかりにはなるはずだ。
単なる自己満足で終わらないためにも、ラングリーフは出来る限りのことをし続けてやろうと考えていた。
「私は別の仕事があるからライラックの町へは行けないけれど、ロディに案内を任せるわ」
チラリと、先頭に立つロディに顔を向ける。
一年前とは比べるべくもない、頼もしい顔つきになっている。
「お任せください、ラングリーフさん……じゃなくて、隊長」
とはいえ、多少の不安は残る。ライラックへの道は一度行ったことのあるロディが適任だとはいえ、入隊して一年、まだまだ未熟な部分が多いのも事実だった。
「……大丈夫かしら」
「オレもついてるんだから大丈夫だよ」
荷車に馬をつないでいたマースがひょこっと顔を出した。
彼はこの王宮で馬の世話の仕事を任されていた。ラングリーフの口利きとはいえ、幼い頃から妹の面倒を見てきたマースは飲み込みが早く、すでに何頭もの馬を任されるようになっていた。
今回、ライラックの町へと連れていくのはすべてマースが世話をする馬である。
「マース、あなたも心配よ。思い込みが激しい部分もあるから、道を間違えちゃうんじゃないかって」
「オレ、物覚えはいいから心配ないよ。もしかして、お姉ちゃんもついて行きたかったんじゃないの?」
「バカ言わないで。別の仕事があるといったでしょ。それと、この場ではラングリーフ隊長と呼びなさい」
ラングリーフはマースを弟として引き取り、家族となっていた。
お互い身寄りもない存在同士、今では何の気兼ねもなく話し合える仲となっている。
「では、隊長。行ってまいります」
ロディは敬礼をしてマースを促すと荷台につながれた馬に乗った。
「頼んだわよ」
それをラングリーフが腕を組みながら見送る。
「もし、ユーゴに会えたらあの時のお礼を言っておきますね」
「いるわけないじゃない。今回は人道支援なのよ」
ラングリーフにとって、ユーゴはこの混沌とした世界に現れた救世主ではないかと思っていた。邪悪な気を感じ取って現れる、異世界からの剣士。
邪悪な気がなければ決して現れることはないのである。
それが嬉しくもあり、寂しくもあった。
「まあ、会えたら、ですけどね。では」
ロディの掛け声とともに、特務部隊は大量の物資を持って出発した。
それは、この国が新たな一歩を踏み出そうとした証でもあった。
第Ⅴ部 勇者ユーゴ編 完