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第十七話

 ユーゴが殺気を解いたことにより、はじめに動いたのがガナフだった。

 彼はマースの身体を掴み自分胸元に引き寄せると、その喉元にナイフをつきつけた。


「ああっ!」


 マースが声を上げる。


「マース!」


 それに気づいたラングリーフとロディが叫んだ。

 油断していた。

 目の前のユーゴにばかり気を取られて背後にいるガナフを警戒していなかった。


 ガナフはナイフを突きつけながら叫んだ。


「ユ、ユユ、ユーゴッ、そ、その剣を捨てろ!!」


 ガナフの顔は不気味に引きつっていた。

 もはや、王族としての威厳は微塵も感じられない。

 彼の頭にあるのは、いかにしてこの場を切り抜けるかだけである。


「お前の強さの秘密は知っている。その聖剣だ。それが、お前に力を与えているんだろう!?」


 ユーゴは表情を変えなかった。

 肯定も否定もしない。

 しかしラングリーフもロディも、ガナフの言葉にいくらか真実味を感じていた。

 ユーゴの強さは異常すぎる。

 いくら魔王を倒した勇者とはいっても、その発する気だけで身動きすらとれなくするなど、人間離れしすぎている。

 となれば見るからに妖しく光り輝く聖剣が何かしらの力を与えていても不思議ではない。


「早くしろ! 殺すぞ!? 本当にこのガキを殺すぞ!?」

「うあ……」


 プツ、とマースの首から血が流れ落ちる。


「や、やめて!」


 ラングリーフが叫ぶ。その隣でロディはどうしたらいいのかとあたふたしていた。

 それを見てユーゴは極めて冷静に答えた。


「……わかった。子供を離せ」


 言うなり剣を遠くに放り投げる。

 その瞬間、地面に落ちた聖剣から発せられていた白い靄がピタリとおさまった。

 その現象に、兵士たちも目を見張った。


「ふ、ふはははは、やはりな。その聖剣が貴様の強さの源か」


 ガナフが高らかに笑う。

 だが、正直ラングリーフにはユーゴの気が小さくなったとは思えなかった。

 しかし、現に地面に落ちた聖剣は輝きを失っている。

 それはひとえに聖剣の力が失われた事を意味する。


「子供を離せ」


 ユーゴが言う。

 ガナフはマースを掴みながら、兵士たちに命令した。


「お前たち、ユーゴを殺せ。今なら、ただの人間だ」

「で、ですが……」

「余の命令が聞けんというのか?」


 ガナフの言葉に、兵士たちは放り投げていた剣を拾い上げた。

 その顔は戸惑いでいっぱいだ。


「ははは、魔王を倒した勇者がガキ一人の命を助けるために死ぬとはな」


 ユーゴは焦る様子もなく表情を変えずに言った。


「これで三度目だ。子供を離せ」


 穏やかな口調に、穏やかな顔。

 しかしその表情とは裏腹に、辺りが異様な空気に包まれていった。


「……?」


 ラングリーフたちが、その変化に気がつく。

 さっきの激しいまでの殺気とは異質の、凍りつく空間。

 兵士たちも、何が起きているのかわからない。

 ただ一人、ガナフだけは戸惑いの表情を浮かべながら、身体をカタカタと震わせていた。


「か、身体が……?」


 まるで金縛りにでもあったかのように固まり、ブルブルと打ち震えている。


「ユーゴ、貴様……!!」


 ユーゴは、すっと腕を動かした。

 その指先はガナフに向けられている。


「な、何をしたッ!?」


 ガナフが叫ぶ。

 その顔は戸惑いから恐怖に変わっていた。


「貴様は一つ間違っている。オレの力の源は聖剣ではない。聖剣はオレの意志とは関係なく動いているからな」


 気がつけば、ユーゴが地面に投げ捨てた聖剣が消失している。

 ガナフの顔が醜く歪んだ。


「そして聖剣が意志を持って動くのは、邪悪な気を感じた時だけだ」

「な、何を……」


 瞬間、どこから現れたのか聖剣が矢のような速さで飛んできた。

 そして、恐怖に顔を歪めるガナフの胸に突き刺さった。


「……ぐ、ぐぅ?」


 ガナフは驚愕の表情を浮かべながら自分の胸に突き刺さった聖剣を見つめた。

 

 聖剣はマースの顔をかすめ、寸分たがわずガナフの胸に突き刺さっている。


「な…な……」


 血を吐き出しながらガナフはガタガタと震えていた。

 有り得ない、こんな事あるはずがない。


「バ、バカな……、こんな……」

「己の邪悪さを呪うんだな」


 指を突きつけながらユーゴが言った。


「……ふ、ふざけやがって。殺してやる、このガキを殺してやる!!」


 ガナフが手にしているナイフに力を込めた。

 しかし、金縛りにあっている身体は言う事をきいてくれない。


「忘れたのか? オレの力の源は聖剣じゃない。オレ自身の能力だ」

「ぐ、ぐうぅ……?」


 ガナフはよだれと血にまみれた口を歪めてユーゴを見据えた。

 彼の誤算は、ユーゴの力の源を聖剣と思い込んだことだ。

 しかし、この力はユーゴ自身の力だった。


「あ、ありえぬ……、一人の人間がこんな力を持つなど……」


 ガクガクと打ち震えるガナフの胸から、聖剣が抜かれていった。

 その傷口から勢いよく血が噴き出す。


「がはっ……」


 口から血を吐きだしながら、ガナフは目の前で起こっている現象を凝視していた。

 聖剣が、勝手に動いている。

 透明な人間が持っているかのように、ゆらゆらと宙に浮いている。


 その隙に、マースはガナフの手をすり抜け、飛ぶように離れた。

 慌ててラングリーフが抱き寄せる。

 そして、彼女もまた信じられないものを目撃していた。


 聖剣は空中でゆらゆらと漂いながらガナフの頭上まで浮遊していくと、ぴたりとガナフの眉間の前で止まった。


「な……な……」


 ガナフはガクガクと震えながらその光景を眺めている。


 有り得ない。

 自分は次期国王なのだ。

 こんな所で死ぬ男ではないのだ。

 これは夢だ。

 常日頃、ユーゴの影を恐れていた為、たちの悪い夢を見ているのだ。


 そう思いながら顔を醜く歪ませるガナフの眉間に、勢いよく聖剣が突き刺さった。


「……うげ」


 激しい血しぶきとともに、脳漿のうしょうをぶちまけながら聖剣はそのままガナフの頭を貫いていった。

 ガナフは持っていたナイフを落とす。

 カラン、とナイフが乾いた音を立てた。


 聖剣はガナフの頭から刃を引き抜かれると、すうとユーゴの手に戻っていった。

 そして、再び白い靄に包まれていく。

 ぽかん、と見つめる兵士たちに、ユーゴは言った。


「まだやるかい?」


 兵士たちは剣を投げ捨て、本当の降伏を宣言した。

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